第26話 特異体質

少し長めの前髪をし、170㎝あるかないかくらいの背をした、いかにもおとなしい、という印象を受ける青年。

彼がトールだと分かった理由は一つ。

ドーリッシュと顔を合わせた後、もう一人の男性スタッフがいるとジーンが言ったからである。


「ぴぃは俺が連れていきます。その方が、ぴぃもおとなしいでしょうし。それに、飲食の業界でバイトしたこともあるから、制服の管理はできます」

涼はトールに対し、穏やかな声で言う。

何も知らないぴぃは、ぷいぷいと機嫌よく鳴いている。


「涼、ぴぃちゃんの荷物はあるの?」

「ええ、俺のとは少し分けてあります。このボストンバックのはぴぃの基本的な荷物ですが、俺が運びます」

「分かったわ」

「おーい!」

パソコン画面の奥から声がする。

そこには、魚を手に持っているドーリッシュがいる。


「遅いじゃないの」

キルシェは厳しい声で言う。

「ごめんごめん、船の掃除と店長に魚を渡しててさ」

「そうなの……?」

キルシェは不機嫌な声で言う。

「ちなみに、どうでしたか?」

涼は興味津々に聞く。

「大漁だったよ! 今日の賄いは魚のフルコースも期待できるぞ」

「やるじゃない、ドーリッシュ!」

キルシェはあっさり機嫌を直す。


「じゃあ、トールくんとキルシー、涼くんが荷物をこっちに転送して、僕が運ぶって段取りでいいのかな?」

「ええ、そんなところね。砂浜に移動地点を変更してる?」

「ああ、問題ないよ」

ドーリッシュは外に移動している。


「じゃあ、運んでいきましょう」

涼は少し心配になる。

トールは明らかに涼より小柄だからだ。


軽々と荷物を運ぶトールに、涼は仰天する。

「え? それ、結構重いですよ……?」

「実は……僕、重量を感じにくいっていう特異体質なんです」

「重量を……? 引っ越し屋さんで活躍しそうだね……」

涼は苦笑いして言う。

「でも、なかなか受からないんですよ」

トールは苦笑いして言う。

恐らく、外見的に引っ越し屋などで作業は向いていないと思われやすいから、なかなか採用がもらえない、と思われる。


トールが荷物を運んでくれるおかげで、作業はかなりはかどった。

「後は、俺でも運べるよ」

「後って……」

「ぴぃに関する物ばっかりなんだ」

「ああ、その子の……」

ぷいぷいと機嫌よく鳴いているぴぃを、トールは眺めている。


「……可愛い」

ぴぃはトールを見て、じっとしている。

涼はピーマンをひとかけらあげている。

ぷぷぷっ、とさりげなく鳴きながら、ぴぃはピーマンを齧っている。


「ぴぃちゃん、だったっけ」

「ああ、ぴぃがどうした?」

「すっごく可愛いな、と思って」


「盛り上がってるとこ悪いんだけど」

パソコン画面の奥から、呆れたような声がする。

キルシェとドーリッシュは、台車に荷物を載せている。


「早くこっちにきてちょうだい!」

キルシェの怒った声がする。

「今行きます!」

涼とトールは苦笑いしながら、ドーリッシュとキルシェの元に急いだ。

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