第16話 戦場の厨房

涼子はビール二杯と浅漬けセット2つを先にサーブする。

「では、先にこちらを」

「お! ここ提供早いじゃん!」

「ここは当たりの店だな!」

二人の男性は楽しそうに言う。


「メインはもう少しお待ちください」

「ああ、頼むぜ姉ちゃん」

「かしこまりました……」

涼子は苦笑いのままホールからキッチンへ向かう。


「忙しいね」

ジーンは必死にフライパンを振るっている。

特製オムライスの為だ、と涼は即座に感じ取る。


「店長、フライパンは俺が……。調味料だけ指示してくれれば作れると思う」

「いや、ここは僕で良いんだ。涼くんはお客さんの対応をお願いしたい。今日みたいに人が少ない日は特にね」

「……わかりました」

涼は一応、納得した返事をする。


「涼くん、悪いんだけどそこの寸胴あっためて!」

「はい! ご飯は……」

「まだ良いよ」

厨房はまるで戦場だった。

二人であちらこちらと走り回る。


「あいてっ……」

ジーンが脚立を置きっぱなしにしていて、涼はつまずく。

「大丈夫かい?」

「は、はい……。あ……でも料理が……」

「ごめんね。でも、まず料理を見せて!」

ジーンは今までにない剣幕で言う。

「は、はい!」

「これなら大丈夫だ……。少し手直しを入れよう」


ジーンはそっとトングで手直しをする。

「うん、これなら問題ないと思う」

「あ、ありがとうございます……」


「ちょっと、店長! 次の料理のサーブは!? 寅彦さんのメインまだ?」

「ああ、彼のメインはそこに……」

「ありがとう! すぐ出すわ!」

キルシェは急いでサーブする。

寅彦のメインは、ジーン特製のローストビーフだ。

彼曰く大好物だという。


「店内も慌ただしいね」

「申し訳ありません、寅彦さん」

「ああ、いや。謝らなくていいよ。それだけここが繁盛している証拠だよ」

「恐れ入ります」

「まあ、こちらとしては、いつまでも安定してくれるとありがたいかな」

「店長に伝えておきます」

キルシェは苦笑いして言うほかなかった。

ジーンは一季節だけ、と決めて経営をしているのは、キルシェが良く知っているからである。


「店長」

「はいはい、なんだい!」

キルシェの問いにジーンは投げやりに答える。

「忙しいのね」

「見たらわかるだろう? あ、これをあっちのテーブルに!」

「はいはい!」

キルシェは苦笑いして、ジーンが指さしたテーブルに運ぶ。


「お待たせいたしました。シェフの気まぐれオムライスです」

「お、来た来た!」

「これ、どんな具なんだろうな?」

「さあな。シェフの気まぐれだし」

男二人は笑って言う。

キルシェは苦笑いしてその場を去る。


「店長、あれは?」

「今日は僕の気分でシーフードだよ」

「へえ、じゃあ賄いは期待できそう」

キルシェは笑って言う。

というのも、キルシェはシーフードが好きだからだ。

「さあね」

ジーンは不敵に笑った。

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