第13話 料理の心得

ジーンの指示のもと、涼は魚の串焼きを焼く。

「あちっ……」

顔に汗が滴る。

だが、拭こうとしてもジーンが首を振る。


「涼子ちゃん、お化粧が落ちちゃうから」

「だから、俺は……!」

「我慢だよ、彼が帰ったらすぐにお化粧を落としていいから」

「……その約束、忘れないでくださいよ!」

涼は懸命に魚を焼きあげた。


「良い焼き加減だね!」

「あっちー……。全身汗だくだよ……」

「悪いんだけど、焼き魚をこのプレートに置いてくれる?」

「はいはい……」

涼は言われた通りに焼き魚の串をプレートに置く。

そのプレートには、青もみじが敷かれていた。

「後は僕でトッピングをするよ」

涼は興味深くその様子を見ていた。


右側に紅白はじかみを添え、さらにニンジンのグラッセを添える。

彩りは圧倒的に美しくなった。

「わっ……キレイだ」

ジーンが盛り付けたプレートを見て、涼は感動する。

これならきっと、寅彦も喜ぶだろう。

その様子を見たジーンは、涼に笑顔を見せる。

「盛り付けはね、美しいほどいいんだ」

「え? そうなの?」

「食は五感で味わうというだろう?」

「聞いたことあるような……」

涼は記憶を探ろうとするが。ジーンは言葉を続けた。

「視覚で彩を楽しみ、嗅覚で香りを楽しむ。そして、味覚で味を楽しみ、触覚で食べる感触を楽しみ、聴覚で食べた音を楽しむ」

「だから、五感で……!」

「そういうこと。食を楽しんでもらうための出発点となるのが、視覚なんだよ」

「そっか、そういうことか……」

涼は納得したようで頷いた。


涼の遠い記憶に、家族で行ったレストランが浮かぶ。

『お待たせいたしました』

その言葉と共に出された、涼の大好物のカレードリア。

真ん中にだけ溶けたチーズと、さらにその中央にだけ散らされたパセリ。

涼はそれを口にして、美味しいと喜んでいた。

配置のバランスが、まず視覚を刺激し、食欲を増進させたということに今更気付いた。


「あの時のドリア、だからあんなに美味しく感じたんだ……」

「思い入れのある料理かな?」

「……はい」

涼は恥ずかしそうに言った。


「ちなみに、どんな料理か聞いて良いかな?」

「あー、でも……。ありきたりな料理ですし」

「良いんだよ、うちは定食屋なんだから。それくらいたまには賄いで出せると思うから」

「……笑わないでくださいよ?」

「何で笑うんだい? 好きな料理なんて千差万別なんだから」

ジーンは笑顔だが、穏やかな声色で言う。


「俺の思い入れのある好物は、カレードリアですよ」

「カレードリア、なるほどね」

ジーンはその言葉にメモを取っている。

「早速、明日の賄いにしよう」

「あ、でも先輩方の賄い優先で」

「ドーリッシュくんもカレーが大好きなんだ。明日は彼も仕事に来るからね。その応用レシピだから、僕に苦はないよ」

ジーンは笑って言う。


「オーダーの焼き魚は?」

「もう提供できるよ」

キルシェはプレートをお盆にのせ、寅彦に提供する。


「おお、今日も美味しそうだ」

「特製のにんじんグラッセを添えて。お召し上がりくださいね」

キルシェは笑顔で言う。

「ジーンが作ったと思うと複雑な気持ちになるが。ここの食事は美味しい。何より、彩が美しいからだろうな」

寅彦は箸を手に取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る