第12話 彼への接客

「席にご案内いたしますね」

キルシェは笑顔で対応している。

「ああ、ありがとう」

彼は喜んで応じる。


「涼子、メニューを」

「は、はい……」

涼子は急いでメニューを持って行く。


内心、涼子……もとい涼は複雑な心境にあった。

……なぜ俺が女装をしなきゃいけないんだ! だが、これで上機嫌で帰ってもらえるなら背に腹は……と。


「今日は、カベルネ・ソーヴィニョンをボトルでいただこう」

「か、かしこまりました」

涼子は急いでオーダーにカベルネ・ソーヴィニョンと書き込む。

「すぐご用意いたします」

涼子はそう言って頭を下げる。


涼子は急いでキルシェへとオーダーを渡す。

「カベルネ・ソーヴィニョンね。ありがとう」

「ボトルって言っていたよ」

「ええ、私が持って行くから気にしなくていいわ」

キルシェは笑顔で言う。


「お待たせいたしました」

キルシェは先にカベルネ・ソーヴィニョンのボトルをサーブする。

「ご予約いただいた料理はすぐにお持ちいたします」

「ああ、頼む」


「キルシーさん、料理はこちらです」

「ありがとう、涼子」

「熱いので気を付けて」

「ええ」

ジュウジュウと音を立てている鉄板付きのプレートを、キルシェは持って歩いた。


「お待たせいたしました。ステーキハンバーグでございます」

「ありがとう、キルシー」

彼は笑顔を見せる。


「ところで、あの涼子ちゃんと言ったかな?」

「ええ、はい。実は今日が初出勤です。何か不都合でもありましたか?」

「いや、可愛い子だと思ったんだが。彼女はホール担当ではないのかい?」

「ええ、今は一応厨房補佐から勉強をしているもので」

「そうなのか……」

残念そうに言う彼に、キルシェは笑顔を見せる。

「今日はアンネロッテも休みで、私一人では不満ですか?」

「いやいや、キルシーもお気に入りなんだから」

「まあ……。照れてしまいますわ、寅彦さん」


彼は寅彦という名である。

また、彼は人間と寅獣属のハーフである。

太い尻尾も、その証拠であった。

また、寅彦は会社の重役をしているようで、支払いも良い。

その為、ジーンも彼の多少のわがままを許容せざるを得ない部分があった。

例えば、接客するのは女性に限る、などを。


「あちち……」

「店長、大丈夫ですか? 手伝えることは言ってくれれば……」

「ああ、大丈夫だよ」

ジーンは苦笑いして言う。

彼は焼き魚を炭火で焼こうとしている。

しかし、ぬいぐるみの体だから。火が跳ねると咄嗟に逃げる。

涼はその様子を面白くて仕方ないが、可哀想にもなってくる。

ジーンは再び、串を持とうとする。

涼は慣れないスカートを捲し上げて、串を持つ。

「俺がやっておきますよ」

「良いのかい?」

「店長、火花でも当たったら大変じゃないですか?」

「分かるのかい?」

「そもそも、火花が当たれば燃えるんでしょ」

涼は笑って言う。

「ありがとう、涼子ちゃん」

ジーンは感涙するが、涼は苦笑いする。

「二人でいる時は、できれば涼って呼んでほしいです……」

涼は困り顔で伝えた。

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