第10話 次の顧客は……

キノはまだSternen zeltにいたいようだ。

「……ねえ、パパ、ママ、まだここにいちゃダメ?」

「でも、今日はピノがお留守番しているだろう? 一人ぼっちっで寂しい、早くお姉ちゃんが帰ってこないかな、って言ってるかもしれないだろう?」

カプレはキノに優しく言い聞かせるように言う。

「ピノが? じゃあ、早く帰らなきゃ」

キノはそう言って椅子から降りる。


ピノ、という存在は、話を聞く限りどうやらペットか何かのようである。

「キノちゃん、ピノって誰?」

ジーンは気になって声をかける。

「えっとね、ウサギさん。でもジーンさんみたいにお話もできるの」

「そうなんだね、きっと可愛いんだろうね」

「うん! すっごく可愛いの」

キノが笑顔で話してくれる。


「キルシー、お会計をお願いするよ」

「はい、ただいま!」

キルシーがレジに立つ。

そして、手際よく会計を済ませた。


「ご馳走様、ジーン、キルシー、それに涼くん……だったね」

「はい、喜んでいただけてうれしいです」

涼は笑顔で言う。

「ばいばい、キルシーお姉さん、お兄さん」

「また来てね」

キルシーは笑顔で手を振る。

「今日もありがとうございます」

涼は頭を下げる。


見送りを終えて、三人で店内に戻る。

「カプレさんたち、良い人でしたね」

涼はグラスを三つ持ちながら言う。

ジーンはお皿を器用に重ねる。

「そうだろう?」

「さあ、早くテーブルを片付けましょう」

キルシェは厳しい声で言う。


「そろそろ、次の予約のお客様が来るね」

ジーンは時計を見て言う。

「次の人はどんな方なんだろう?」

涼はさり気なく尋ねる。

「……あー、今日は機嫌悪いかもしれないね」

「え?」

ジーンの言葉に涼は思わず驚き、間の抜けた声が出る。


キルシェは肩をすくめる。

「次の方のお気に入りのスタッフがアンネロッテなの」

「アンネロッテ……さん?」

「ああ、涼はまだ会ったことがなかったわね」

ジーンはその言葉に、壁を指さす。

「あそこに写真があるだろう?」

「はい……、あ、もしかして……」

「そうそう、帽子を被った短髪の女の子だよ」

「へぇ……」

とても若く見えるが、涼よりは恐らく年上だろう。


「アンネちゃん、って呼ぶから、すぐにわかるわ」

「まあ、キルシーのこともお気に入りみたいだけど……、何分彼は男が嫌いでね」

ジーンは苦笑いする。

「店長も男ですよね?」

「だから、よくにらまれちゃうよ」

ジーンはごそごそと箱をあさる。

「えっと……、何やっているんですか?」

「……キルシー、頼んだ」

「はーい、ほら、急いでこっちに着てちょうだい」

キルシェはバックヤードに涼を連れ込む。


「え? あ、あの……一体……?」

「彼が帰るまで、俺というのは禁止! あと、目を閉じて」

「え?」

涼は戸惑いながらも、キルシェの言葉に従う。


ポフポフと柔らかいものが顔に付けられる感覚。

そして、ふんわりとした香りが鼻腔をくすぐった……。

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