第8話 一組目のお客さん

[そろそろ開店だよ!]

ジーンの声に、二人はドアの前に立つ。

そして、キルシェは先に左の扉を開けた。

涼はそれに倣って右の扉を開ける。


「いらっしゃいませ!」

そこにいたのは、まるでホワイトシェパードのような人のような、そんな家族だった。

「キルシーと店長、今日は二人だけ?」

「いや、新人の涼くんがいるよ。涼くん、彼らは常連の長耳族、父親のカプレさんと母親のラッテさん、娘さんのキノちゃんだ」

「ご紹介にあずかりました、水月 涼です。よろしくお願いします、カプレさん、ラッテさん、キノさん」

「よろしく」

カプレが握手を求めて手を差し出す。

涼は笑顔で握手に応じた。


ふにゃん、とした妙な柔らかさがある。

だが、あえて見ることはしなかった。

彼らにしては、指摘をすることが失礼になると思ったからだ。


「どうしたんだい?」

「手が柔らかいですね……、手首や手を大事に扱うお仕事をされているんですか?」

涼はさりげなく話を聞く。

「ハハ、そう思うかね。ドーリッシュやアンネロッテは真っ先に肉球だと騒いでいたんだがな」

涼は思わぬ言葉に笑いを堪える。

というより、笑ったことで彼らを不快にさせないか不安だったからだが。


「笑いたいなら笑いたまえ。店員の笑顔も、我らへのサービスだ」

「カプレさん、素敵な心情ですね」

「キルシー、君もお世辞が上手い」

カプレはそう言って笑っていた。


「パパー、キノお腹空いた」

キノがカプレの手を握りながら唇を尖らせて言う。

「それは済まなかったな」

「今日はキノちゃんの好きな食べ物、いっぱい用意したからね」

ジーンは笑顔で言う。


「キルシーお姉ちゃん、今日のご飯はなあに?」

「今持ってくるから、少し待ってね。あ、お飲み物はどうしましょう?」

「ああ、私とラッテにはいつものを。キノは何が欲しい?」

「キノ、ミルクがいい」

「いつものエールを二つとミルクですね、かしこまりました」

キルシェは急いでカウンターに戻り、飲み物を用意する。

先に飲み物をサーブ、つまりは客人に飲み物を提供してのどを潤してもらい、それから食事を用意していくという段取りのようだ。


「キルシー、上がった料理はここだから」

「ありがとう、店長。先に飲み物をサーブしてくるわ」

「うん、よろしく」


キルシェは三人に先に飲み物を提供した。

「わあ、ミルク!」

「ここのミルクは質が良いと評判なんだ」

「ええ、ハーキストのミルクです」

「それはまた……、とてもいいミルクをこの子に飲ませてあげられてよかったよ」

カプレは嬉しそうに言う。


キルシェはすぐに料理を取りに行く。

「お待たせしました」

カプレとラッテのプレートはオムライスのような料理が、キノのプレートにはハンバーグにナポリタンなどが盛り付けられたお子様セットが提供された。


「おお、さすがジーンだな」

「ええ、今日もとても美味しそう……、さあ、いただきましょう」

「うん。いただきます」

三人は嬉しそうに料理を食べる。


「あら、キノったら」

ラッテは笑って言う。

「なあに、ママ?」

「お口にソースをいっぱいつけちゃって。ナフキンでお拭きなさい」

キノは照れ笑いをしながら口を拭く。

三人の楽しそうな食事の様子を見たキルシェと、そっと様子を盗み見た涼はほっこりと幸せな気持ちになった。

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