第6話 先輩

男は海の波打ち際でぼんやりと空を眺めているようだ。

腰のポーチからあるものを取り出そうとしている。

そして、彼はようやく涼に気がついた。

「君は……、見ない顔だね」

「え、あ、今日からこちらに来たので……、あ、水月 涼って言います」

「ふーん、水月 涼くんだね。よろしく。僕はドーリッシュ・ポラテック。好きに呼んで」

ドーリッシュはポーチから煙草を取り出し、火をつける。

どうやら彼は喫煙者のようだ。


「え、えっと、じゃあ、ドーリッシュさん」

「うん、なんだい?」

「ここって……、どこなんですか?」

「さてね……、僕も期間限定で働きに来ているだけの身さ」

ドーリッシュは煙草の煙を吐き出す。

「え?」

「シュテルンツェルトで働いているよ。君と同じようにね」

「ど、どうしてそれを……?」

「さっき、君が口に出して言っていたじゃないか」

ドーリッシュは笑って言う。

涼はその答えに納得するほかない。

確かに、声に出していたのだから。


「さてと、僕はそろそろ行こうか」

「え?」

「今夜、夜釣りに行くんだ。店長の船を借りてね。明日の昼までには戻ってくるし、良い魚が引っかかれば店で使うようにするんだ」

「そ、そうなんですね……、お気をつけて」

「ああ、ありがとう。それじゃあ失礼するよ。またね、涼くん」

ドーリッシュは煙草を携帯灰皿に擦り付けて火を消し、ポーチにしまってから歩いていく。

「ドーリッシュさん、なんかかっこいい人だな……」

涼はドーリッシュの後ろ姿に思わず本音が漏れる。


涼は砂浜を少し散歩する。

「そういえば、他のスタッフってどんな人なんだろう……?」

これから一時的とはいえ、同僚になる。

早めにどんな人物か知りたい、涼はそう思っていた。

「と言っても、今日はみんな用事があるって言ってたっけ……」

涼はジーンとキルシェの会話を思い出しながら言う。


「店長、いるー?」

ドーリッシュはSternen zeltに顔を出していた。

「ああ、ドーリッシュくん。船の鍵の事?」

「うん、借りてくね」

「はいよー。気を付けてねー」

「美味い魚、釣ってくるよ」

「まあ、期待半分で待っておくよ。あと、煙草はちゃんと始末するようにね」

「分かってるよ」

ドーリッシュは笑って指で鍵のリングを回した。

チャリン、と小気味の良い金属のぶつかる音がした。


「あー、そういえば」

「うん、何だい?」

ドーリッシュは不思議そうな顔をして立ち止まる。

「今日、新しいスタッフが来てね」

「ああ、もしかして涼くんのことかい?」

「知り合いなの?」

「いいや。ちょっと海辺で一服しようとしたときに、たまたま出会ったよ」

「そっか。じゃあ、ドーリッシュくんには紹介しなくていいね」

「そうだね。まあ、僕も名前しか知らないけど」

「そっか。じゃあ、また自己紹介の時間を作らないとね」

「……それは良いんだけどさ」

「うん?」

「店長、気を付けなよ。火を使っている時は」

「そうだった!」

ジーンは少し体を反らして茹で物をする。


「じゃあ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃーい!」

ジーンは笑ってドーリッシュを見送った。


「正直、テディベアが料理してるなんて誰も思わないよな」

ドーリッシュはジーンが料理をしている姿を思い出して、笑いそうになるのをこらえながら船へと向かった。

そして、エンジンを始動させ、ポイントへと運転して行った。

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