第20話 高田 沙奈 ✕ 父親
私はその日の昼間、リビングのテーブルで向かい合う様に座る父と葬儀屋の社員に麦茶を出すとキッチンから3人の姿を眺めていた。
父は私が兄が死んだ事を連絡してから、自身が医院長を務める実家の病院で急ぎの仕事を終わらせて、部下に仕事を采配してからここに今朝方来た。
私が父に連絡してから3日である。いくら仕事が1番とはいえ、自分の息子が死んだのだからもう少し早く来れなかったのだろうか?それともやはり父にとって子供は単なる道具なのだろうか?
私がそんな事を鬱々と考えていると、女性社員が出した葬儀の見積もりの書類を男性が指差しながら滑舌良く説明する。
「では金額はこれくらいになりますが宜しいですか?」
「構いません。あまりに低い金額の葬儀ですと病院の
「さすが医院長先生ですね」
「お世辞はいりませんよ。本来なら私の
私は偉そうに話す父に吐き気を催しそうな気分だ。兄の遺体と対面した時に涙を流す事もなく、今もいなくなった兄を悼むのではなく病院の事しか考えていない。
「左様でございますか。では跡はお嬢さんが継がれるのですか?」
「娘なんて役立ちませんよ。母親に似て不出来な娘です」
「その様にご謙遜なされるなんて、医院長先生は謙虚な方ですね。ではこちらにサインをお願いします」
葬儀屋のお世辞に笑いながら答える父の顔が他人だったら良かったのにと思う。
けれど私は幼い頃からこの父に怯え、言いたい事もまともに言えなかった。その為、父から逃げる様に実家から遠いこの街の大学への進学を選んだのだ。
そしてその私を守る様に兄は父から離れ、この街の病院に来たのだ。
私はこれから一体どうなるのだろうか?体裁を気にする父の事だから、大学を中退し家に連れ戻される事はないだろうが先がが見えなかった。
私が気力のない瞳で父と葬儀屋を眺めていると、いつの間にか話が纏まったのか父と葬儀屋が立ち上がった。
そして私は父の後を着いて行く様に玄関に向かうと、玄関から外に出て行こうとする葬儀屋に向かって頭を下げた。
そしてその夜、仄暗い自分の部屋に戻るとスマホの着信ランプが点滅しているのに初めて気が付いた。
SNSの新規トークを教えてくれるランプだ。着信時間は17時過ぎ。そのトークを確認して私は初めて涼さんに兄の死を連絡していないことに気が付いた。
私はいくら多忙だったとはいえ、お世話になっている涼さんへの連絡が遅れた事を申し訳なく思いながら兄の死と通夜、葬儀の日程をSNSで伝えた。
すると直ぐに私の心情を
「誰か助けて……」
無意識に呟くと私はそのままベッドの上で眠りに落ちた。
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