第16話 高田 尚人 ✕ 電話
金曜日。俺は職場の自分の席に座ると溜まっていた書類の作成をしていた。
すると近くの席の同期が俺の側に近付いて来て、俺の机に紙コップに入ったコーヒーを置いた。
「尚人、お前そんなに忙しくて彼女との時間取れてるのか?もうすぐ結婚するんだろ?」
「ん?取れてるよ」
俺が書類から目を離さず下を向いたまま答えると盛大な溜息が聞こえた。
正直、顔を見なくても付き合いの長いこの同僚がどんな顔をしているのか想像がつく。
「お前って奴はそんな書類ばかり見て、こんな男の何処が彼女もいいんだか」
「失礼だな。こんな俺を梓はいいって言ってくれてるんだ。それにこの間の日曜日も一緒に花火を観に行ったよ」
「えっ?お前、彼女と2人で夏祭りにいったのか?」
意外とばかりに素っ頓狂な声を上げる佐藤に今度は俺が溜息をつく。そして顔を上げると佐渡の間抜けヅラを
「俺と梓と妹の3人だよ」
「なんだ妹ちゃんも一緒かよ。相変わらずのシスコンだな」
「シスコン言うな」
俺は佐藤の言葉に軽く苛ついて反論したが、こいつは全く気にする素振りがない。
「本当の事だろう。大学生にもなればこんな兄貴と2人で暮らすんじゃなくて、妹ちゃんも1人で暮らしたかったんじゃないのか?それなのに頭の硬い兄貴で可哀想」
「頭が硬くて悪かったな。それに今回は妹からの提案だ。沙奈も梓と話しがしてみたかったみたいだからな」
「えっ?意外」
「何が意外なんだ?」
俺の言葉に同僚は目を見開いたが、直ぐに平静を取り戻すと俺の机に片手をついて俺の質問にニヤニヤと答える。
「尚人から何回か妹ちゃんの話しを聞いたけど、シスコンの兄貴のせいで随分と人見知りみたいだからな」
「しつこい。沙奈も気を使ってくれてるんだろ。そう言うお前こそ、そのニヤニヤ笑いをやめろ。患者さんに気味悪がられるぞ」
仕返しとばかりに俺が佐藤のヘラヘラとした顔を指摘すると、両手をヒラヒラとさせて否定してきた。
「残念。俺のこの笑顔が俺の患者さん達は好きって言ってくれてるの。
俺はため息を吐くと机に向き直った。実際、こいつは小児科の子供達に人気があった。
たぶん内科で大人ばかり相手にしている俺には真似出来ないだろう。俺もこいつみたいになれたら沙奈も普通になれたのだろうか?
俺が1人物思いふけっていると急に肩を叩かれた。
「おい、急にどうしたんだよ。てか尚人のスマホ鳴ってない?」
「悪い」
俺は一度ビクリと肩を震わせると我に返り、佐藤が指差す机の上に置いてある、手帳型のカバーの付いたスマホに手を伸ばす。そしてカバーを外しスマホの画面を確認すると立ち上がった。
「ありがとう。俺よく電話に気付かないから助かる」
俺はスマホを通話にすると佐藤に目配せし、この事務所の隣りにある大きなガラス窓のある資料室に誰もいないのを確認し、電話をする為に資料室のドアを開けた。
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