第11話 高田 紗奈 ✕ 悪夢
何やら人の話し声が聞こえる。
あたしはベッドの中で寝返りを打つと、部屋の外から聞こえてくる声に、ゆっくりと瞼を開けた。
そしてまだ眠い目を擦るとそろそろとベッドから降り、子供部屋のドアを開けるとドアを閉める事なく、声のする一階に降りて行く。
あたしは一階に行くと、薄暗い廊下に明かりが漏れているリビングのドアを僅かに開けて、中を覗き見る。
するとそこではパパとママがいつも様に言い争っていた。
「何時だと思ってるんだ」
「別にいいでしょう。家事は終わらせてから出掛けてるんだから」
ママはよくパパが仕事から帰って来る前に出掛けている。
そして私が眠った後にパパとママは喧嘩をしている。たぶんあたしとお兄ちゃんにバレない様に喧嘩をしているつもりなんだろうけど、あたしもお兄ちゃんも2階まで聞こえてくる怒鳴り声で気付いていた。
「お前にみたいな女は母親失格だな」
「はぁ、何言ってるの。家事も育児も一切手伝わないくせに」
「うるさい。どうせ他の男の所に行ってるんだろ」
あたしがパパのあまりの剣幕に、目をつぶって視線を逸らすとバシッと大きな音がした。
そしてあたしが恐る恐る目を開けると、左手で自分の頬を押さえたママがパパを睨み返している。
「何するのよ、この暴力男。あんたのそういう所が嫌なのよ」
たぶんパパがママを殴ったんだろう。唇の端が切れて、血が滲んでいるママをパパは心配するでもなく、蔑む様に見ている。
「男を
「あの子はまだ小学校2年生よ。無理に勉強させなくてもいいじゃない」
パパが今度は拳を振り上げると、反射的にママが頭を両手で庇う様に押さえた。するとパパはママを床に突き飛ばした。
ママは突き飛ばされ、床に倒れて手を着いたが、それでも自分を見下ろすパパを睨みつけている。
「口答えするな。お前みたいな女、後妻に迎えるんじゃなかった。お前みたいなふしだらな魔女の血を引いてるから、紗奈の将来もどうなるんだろうな」
「紗奈の事を悪く言わないで」
パパの言ってる事の意味は殆ど分からなかったけど、ママを虐めている事は雰囲気で分かった。
そしてその両親の様子にあたしが釘付けになっていると、あたしの左手を温かな両手が包んでくれた。
お兄ちゃんだ。お兄ちゃんは私が両手の喧嘩を覗いていると、いつも受験勉強を途中で止めてあたしの側に来てくれる。
「お兄ちゃん、ふしだらな魔女って何?」
「紗奈は知らなくていい事だよ」
優しいお兄ちゃんは、両親の様子に釘付けになっているあたしと目が合わなくても、あたしに視線を合わせる様に
「お兄ちゃん、ママを助けに行かなきゃ」
「駄目だよ。お父さんに気付かれたら紗奈も叩かれてしまう」
あたしの左手を包むお兄ちゃんの両手にギュッと力が入った。そのお兄ちゃんの様子に、あたしがようやくお兄ちゃんの顔を見ると、お兄ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
「紗奈、ベッドに戻ろうか?眠るまで側にいてあげるから怖い事はないよ」
お兄ちゃんがあたしの手を引いて2階に戻ろうとすると、あたしはそれに大人しく着いて行った。
「紗奈、僕が大人になったら、僕が紗奈をここから助けてあげるからね」
階段を登るお兄ちゃんの呟きを、深く考えもせずにあたしは聞くとお兄ちゃんの後ろ姿を見上げた。
そして約束通りベッドの脇で、あたしを見守るお兄ちゃんに安心してまた眠った。
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