第10話 鳴海 涼 ✕ 紗奈の兄

翌週の土曜日はいつもより遅く10時過ぎに起きた。

それというのも昨日、業務トラブルが有り、事務職の鈴木さんと私もそのカバーに回った為、通常業務が送れ珍しく残業で帰宅が遅くなったからだ。


私は普段とは違う時間に起きた為に、まだ眠気が襲ってくるまぶたを擦ると私服に着替える。

そしていつも通り洗面台で洗顔と口を濯ぐと、キッチンにある冷蔵庫を開けた。


「牛乳がない……」


私は冷蔵庫の有るべき場所に、いつもあるものがないのに気付くと、無意識に声に出し溜め息をついた。


昨日の朝、カフェ・オレを作ってなくなり、仕事が終わったら、帰宅する途中に買ってこようと思っていたのだが、珍しく残業をした為にすっかり忘れていたのだ。


カフェ・オレでなければコーヒーを飲めない訳では無いが、いつもと違う事をするのが何となく気持ち悪い気がすると、私は冷蔵庫を閉めると寝室に財布を取りに行った。

そしてサコッシュに財布だけ入れると鍵を持って玄関に向かう。


私は玄関の外に出て鍵を締めると車庫の横を素通りした。

そして自宅の近くにあるコンビニに向かって歩く。


まだ10時半を過ぎたばかりとは言え、夏の日差しは強く額にうっすら汗が浮かぶ。


そして私がコンビニに行くだけだからと思わず、帽子を被って来れば良かったと後悔しているうちにコンビニに着いてしまった。


コンビニに入ると、外とは明らかに違う冷房の効いた空気に、思わず頬が緩んだ。

そして迷わず奥の棚に行くと牛乳を取りレジに向かったが、レジの直ぐ側にあるおにぎりも、遅い朝食にしようとついでに2個手に取ると会計をした。

そして現金を支払うと、ついさっき来たばかりの道をまた戻る。


コンビニの中と外の寒暖差に目眩がしそうになる。

けれど往復20分の道のりはいい運動になるな。とどうでもいい事を考えてているうちに直ぐに自宅が見えて来た。


だが自宅に着く前に、自分の車とは違う見た事のある黒い車に気付くと歩きながらつい見てしまった。

あれがもしかしたら紗奈の兄の車だろうか?

そして丁度、紗奈の家の前を過ぎようとした時、車庫の直ぐ側の門扉が開いた。


「今日はご馳走様でした。また紗奈ちゃんに会えると嬉しいわ」

「いえ、こちらこそ」


良く知っている声に視線を向けると、いつもより僅かに表情の硬い紗奈と、初めて見る女性と男性が一緒にいた。

女性は栗色のセミロングの髪にワンピース、男性は黒い髪にパンツとシャツと至って普通の服装の男女だ。

年齢は二人とも私より2、3歳上に見える。


「次は3人で食事でも行こうか?」


男性の明るい声に、あまり視線を向けては不躾かと思い、目線を外すそうとすると丁度私に気付いた紗奈と目があった。

そうなると今度はあからさまに視線を外す訳にも行かず、どうしようかと逡巡しゅんじゅんしていると紗奈が右手を上げてを振った。


「涼さん、おはようございます」


私に向かって紗奈がやけに元気に手を振ると、紗奈の前にいた男女の視線も私に向けられた。

正直面識のない男女の視線に気まずかったが、そこで無視するわけにもいかず私は平静を装って紗奈に近づく。


「おはよう、紗奈」

「珍しいですね。こんな時間に外にいるなんて」

「今日は偶々たまたま、昨日残業で買い物出来なかったから、コンビニまでね」

「そうなんですね」


私と紗奈の会話に、居心地悪そうに男性が紗奈に視線を向けると、紗奈は一度男性に視線を向けてから、また私に視線を戻した。


「えっと、涼さん紹介しますね。隣りにいるのは私の兄で高田尚人たかだなおとと言います。兄の隣にいるのは兄の彼女で笹野梓ささのあずささんです」

「紗奈の兄の高田尚人と言います。宜しくお願いします」

「こちらこそ宜しくお願いします」


尚人さんに頭を下げられ、私も反射的に頭を下げると、紗奈は今度は自分の兄に視線を向けた。


「お兄ちゃん、こちらは鳴海涼さん。うちの二軒先の家に越して来た方で、よくうちの庭の手入れをお手伝いしてくれる友達よ。」

「えっ?いつもうちの庭を?すみません、全く存じませんでした。有難うございます」


尚人さんは紗奈の言葉に初耳とばかりに目を白黒させると、深く頭を下げた。


「いえ、気にしないで下さい。私が好きでお手伝いさせてもらっているので」

「ですが、お礼をさせて頂かない訳は……」


私が尚人さんに頭を上げてもらう為、首を横に振ると、尚人さんは申し訳なさそうに頭を上げてくれた。

そして歯切れ悪く話す尚人さんはたぶん義理堅い人なのだろう。


私がどうやって断ろうかと思案していると、紗奈が尚人さんの服を横から引っ張った。


「ちょっとお兄ちゃん、いつまでもここで話していたら暑いし、涼さんに悪いわよ」

「そうだな」


紗奈の言葉に苦笑する尚人さんに、私は渡りに船とばかりに頭を下げると、尚人さんに笑顔を向けた。


「それじゃあ、私はそろそろ失礼しますね。紗奈またね」


私が紗奈に軽く手を振ると、尚人さんの隣りで梓さんが会釈をしてくれたので、私も会釈をして歩き出す。

まさか買い物帰りに、紗奈のお兄さんに会うとは思わなかったが、特に気にする事もなく自宅に帰ると、私は買って来たおにぎりで朝食を食べ始めた。


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