第9話 鳴海 涼 ✕ 紗奈の家
翌日、その日は紗奈と庭の花への水やりの約束はしていなかったので、普段より1時間遅く起きた。
そして朝食の後に溜まっていた洗濯をする。
紗奈の家は近所なので、遊びに行くのも手土産を用意するくらいで、他に準備するものもなく楽だ。
私は壁にかけている時計を見るとソファから立ち上がり、まだ半分お茶が入っているカップを流しに持って行く。
そしてキッチンに置いていた昨日、買ったドーナッツの箱をを持ち玄関に行った。
玄関のドアを開けるとタイルの上の白いクチナシの花の中には、茶色く変色して枯れているものもあった。
そして歩いて直ぐの紗奈の家の前に着くとインターホンを押した。すると直ぐにガチャリと子機を取る音が聞こえる。
「はい、高田です」
「おはようございます。鳴海です」
「直ぐ、開けるね」
紗奈は私の声を確認すると、一言だけ話してインターホンを切った。
そして一分も経たずに玄関の鍵を開けると、私を部屋に招きいれてくれた。
「これ良かったら食べて」
エアコンの効いたリビングに招き入れられると、私は座るのを勧められる前に、ドーナッツの入った箱を紗奈に差し出す。
「ドーナッツだ、有難う。じゃ、今から食べよう。涼さんはコーヒーと紅茶のどっちがいい?」
紗奈が両手でドーナッツの箱を受け取り、破顔した顔がキラキラ光って見える。
そしてこういう顔を眩しい笑顔というのだろうかとなんとなく思った。
「じゃあ、コーヒーで」
「分かりました。涼さんは適当に座って待ってて下さいね」
紗奈は視線でソファーを指すと鼻歌でも歌いそうにしてキッチンに向かった。
時折、外見とはアンバランスな雰囲気を感じさせる紗奈だが、こんな所は非常に可愛らしい。
そして私がソファーに座って間もなく、飲み物の準備をすると紗奈はドーナッツの箱を開ける。
「色々な種類がありますね。こんなに有難うございます」
「気にしないで、職場の人から丁度ドーナッツの引換券を貰ったから」
「職場の人?」
紗奈は私が引換券の話しをすると首を傾げた。もしかしたら普段仕事の話しをする事がないから、珍しく思ったのかもしれない。
「私の机の隣りの鈴木さんって人なんだけど、凄く面倒見のいい人なの。私が移動して来てから凄くお世話になってるの」
「いい人ですね」
「凄くいい人だよ」
「羨ましい。私にはそんな人いないから」
「けど紗奈になにはお兄さんがいるじゃない」
「うん。でも忙しくてあまり帰って来れないから……」
私はさっきとは真逆の伏し目がちに話す紗奈の寂しそうな様子に胸がチクリと傷んた。
けれど私が紗奈の兄の仕事に口出しをする訳にもいかず、私まで暗くなっても仕方ないのでわざと明るい声で、当たり障りない様話しを続けた。
「そうなんだ。でも昨日、車庫に車があるの見たよ。昨日は会えて良かったね」
「はい。私に紹介したい人がいるから、今度家に連れて来たいって話しでした」
「紹介したい人?」
「彼女だそうです」
紗奈は私に話しながら困った様に笑った。
普段なかなか自宅に帰って来れない兄から、突然紹介したい人がいると言われ、戸惑っているのかもしれない。私には兄弟がいないが、もし私が紗奈と同じ立場なら私も驚くと思う。
「いい人だといいね」
「そうですね」
紗奈は私の言葉に
その姿には先程までの兄があまり帰って来ないと、不安気にしていた様子が微塵も感じられない。本当に不思議な魅力のある女性だ。
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