第8話 鳴海 涼 ✕ 買い物

金曜日、私は就業後に会社の駐車場に車を止めたまたドーナッツ屋さんに来ていた。 

会社から歩いて五分の位置にあるドーナッツ屋さんは夕方の為、商品数も大分減っていたが、若い女性客で混み合っている。 


私はトレーとトングを持つと、目の前の美味しそうなドーナッツをトレーに載せていた。

すると私の横で女子高校生くらいの年齢の女性が、隣の友達らしき女性の腹を肘で突付く。

  

「ねえ、あの人カッコよくない」

「馬鹿、女よ」 


女性は友達の言葉に再度、私をチラチラ見てくる。 

私は正直その失礼な視線に溜め息を吐きそうになるが、それをぐっと堪えた。


「嘘、男かと思った」 


これもいつもの事だ。

私は買い物に行くと、一般女性より身長が高い為、一見すると性別の判断をしにくい私を見て、ヒソヒソと話しをされる場合が多い。

だが気分は良くないが、これまでの経験から馴れたくないが馴れてしまっていた。それに赤の他人の話しにいちいち腹を立てていたら切りがない。

だから聞こえないフリをしてそんな人の横を通り過ぎる。


私は自分をチラチラ横目で見る女性の横を通り過ぎると、カレーが中に入ったドーナッツをトングで取った。

ドーナッツ屋さんに来て初めて気付いたが、私は紗奈と仲が良いと思っていたが、紗奈の食の好みを知らない。

だから甘い物から甘くない物まで満遍まんべんなく選ぶ。

別に悲しくはない。友達の趣味や好みを知らない人なんて、探せば幾らでもいるだろう。 

私は余らせても仕方がないので、無料引換券を全て使いドーナッツをテイクアウトすると、会社の駐車場にある自分の車に向かった。 


助手席にドーナッツを置いて自宅に向かうと、私は初めて紗奈の家の駐車場に車が止まっているのに気付いた。

紗奈と友達にならなければ、他人の家の駐車場なんて全く気にならなかったはずだが、紗奈から、兄が残業であまり帰宅しないと聞いてしまった為、ハンドルを握りながらつい車を見てしまう。 

紗奈の兄とは一体どのような人だろうか? 

理由は知らないが大学生の妹を養うくらいなのだから、出来た人ではあるのだろう。


私は車を自宅の駐車場に止めると、ドーナッツが入った箱を持って車を降り、玄関の鍵を開ける。

明日は紗奈の自宅でお茶の約束をしている。

もしかしたらその時に、紗奈の兄の顔を見る事があるかもしれない。

けれど相手がどの様な人でも私は挨拶をするだけだ。

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