第5話 鳴海 涼 ✕ 出会い
私は普段ならば、他人の家の庭を覗くなんて失礼な事はしない。
けれどその日は、猫が入っていった庭がどうしようもなく気になり、半分開いていた
そして感嘆の溜め息を漏らした。
「綺麗……」
そこには赤、青、黄色と様々な色の夏の花が咲き乱れる庭園があったのだ。
花に詳しくない私でも、その庭の花の手入れが行き届いているのが分かる。決して広い庭ではないが、私の自宅の三倍程の広さの庭は、庭の狭さを感じさせない様に様々な花がバランス良く植えられている。
そして門扉から一番離れた庭の奥には、あの白い花が咲く木があった。
そこで直ぐに帰れば良かったものの、私が探していた花が見つかった嬉しさで、その場に立ったままでいると、家と白い花の木の間から園芸用のシャワーヘッドの付いたホースを持った女性が現れた。
ヤバイと思った時には手遅れだった。
そして女性と目が合ってしまった。
その女性は低い身長にふわふわの長い髪、そして丸い目と何もかもが私と正反対だった。
女性は私と目が合うと、最初はホースを持ったまま固まった様に動きを止めたが、当然だろう。
彼女から見たら、知らない人間が自分の家の庭を覗いているのだから、不審者に思われても仕方ない。
けれど女性はその場にホースを置くと、悲鳴を上げるでもなく、しっかりとした足取りで門扉に向かって歩いて来た。
私は逃げたら余計に面倒な事になると判断すると、女性が私の元まで来るのを大人しく待つ事にした。
「私の家に何か御用ですか?」
私の前まで女性は来ると、私を見上げて臆するでもなく、はっきりした口調で尋ねてくる。
「あの、猫を追いかけて……」
「猫?」
ふわふわした見かけとは真逆のしっかりとした問い掛けに、萎縮しながら答えると彼女は首を傾げた。
その様子は非常に可愛らしく、男性なら皆虜になるのかと思われたが、私は残念ながら女性だ。
そして私が塀の下にある、花壇の
「ササミじゃない」
「ササミ?」
「あの
猫を見る女性の目は非常に優しい。
私は彼女の様子を見ると怒られる事はないのかもしれない。と思ったが念の為、恐る恐る話しかける。
「違ってたらすみませんが、もしかしてあの猫は貴方の飼い猫ですか?それなら、追い回してしまったみたいで、すみません」
私が謝罪をすると彼女は鈴を転がす様に笑った。
「誤解をさせてしまったみたいで、こちらこそすみません。ササミは私が勝手に付けた名前です。前にうちの庭に凄くお腹を空かせて来て、可哀想だったので、ボイルしてあったササミをあげたら、その食べっぷりが凄くて、それ以来ササミって呼んでるんです」
「そうだったんですか」
彼女は話しながら、初めて猫に会った時を思い出したのだろうか、下を向いて目尻にほんのりと涙を浮かべて笑っている。
そのあまりにも正直な笑いに、私は緊張が解れ肩の力がストンと抜けた。
一体どれだけ凄い食べっぷりだったのか、気になってしまう。
そして彼女はひとしきり笑うと顔を上げたが、その顔に警戒の色はもうなかった。
「話しの腰を途中で折ってすみません。それで貴方はササミと仲良くなりたくて、ここに来たの?」
「そう云うわけじゃなくて、その猫から毎日届け物があって……」
「届け物?」
彼女が
「こちらの庭のあの白い花を毎日、私の家の玄関に届けくれるんです。それで何処から来るのか気になって、着いて来たんです」
私が指差した方を彼女は向くと納得した様に頷いた。
「クチナシの花ね」
「クチナシ?」
彼女は再度私に顔を向けると丁寧に説明してくれた。
「貴方が指差した花の名前よ。
「そんな事は無いです」
私は申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、慌てて謝罪の必要はないと頭を横に振って否定する。
「有難う。そう言って貰えると助かります。けどササミがそんな遠くに持って行くとは思えないし、貴方もしかしてこの近所の方?」
「あっ、はい」
私はそこで初めて、庭を
「名乗るのが遅くなりすみません。一ヶ月前に、こちらの二軒先の家に越してきた鳴海涼と言います。普段は仕事に行ってるもので、ご挨拶が遅れました。宜しくお願いします」
「本当に近所の方だったのね。私は
これが私と高田沙奈と出会いだった。
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