第15話 神の国の王は自らの過ちを悔いる

「陛下、最後の謁見です」

「何を言う、今日の謁見は終わったはずでは――」

「お願いします、宰相」


 いつもは隣で微笑むだけのルカが、今日は珍しく発言した。

 しかも、僕の言葉を遮るように。


 (一体どういうことだ)


 グリフィスに薬を飲ませたルカの姉、アリス嬢はこの島から追い出した。

 加えて、ルカを虐げていたフレード公爵も断罪するように、ブレッゾ国の国王にお願いした。


 (いや、あれは命令――半ば脅しだがな)


 そしてルカは――責任を取って島から出ようとした所で、説得し僕を選んでくれた。

 事実囲うように、外堀を埋めた自覚はある。


 初めから、僕の聖獣が選んだのはルカの方だった。

 横槍を入れてきた、フレード公爵とアリス嬢は排除するつもりだった。

 だけど、自ら僕を選んで欲しかった。


 身体だけではなく、心までも全て欲しかったから――。


 その我儘に、フランを巻き込む形になってしまったのが申し訳なくて、以前から行きたがっていた祖国への旅行を了承したのだが――。


 (あんな虫を気にいるとは)


 フィッツ国の現国王、エディフィス。

 僕は初めから、あの男が嫌いだった。


 この国からの恩恵を受け取りつつ敬わない。

 こちらから何か仕掛けないのは、そこに暮らす少数のマグノリアの血を引く民と、フランの母の功績があってこそだ。


 (それなのに、アイツは――フランの心を絡め取ってしまった)


 その事実に、僕の心は真っ黒に染まり、強硬に及んだといっても良い。


 (大切なフランに手を出すことは許されない)


 だが、全てを成し遂げ帰ってきたまでは良いが、フランは僕のことを避けるようになった。

 お互いの為だと言いながら、己が欲求を抑えられなかった僕を責めるように。


 今日も王座の隣に立ちながら、僕とは一切目を合わせない。


 その事が、どんどん精神的に僕を追い詰めていくことも知らずに――。


「フィッツ国のエデフィス陛下です」

「何?!」

「――お通しして」


 今まさに考えていた男が、大きく開け放たれた扉から入ってきた。

 優雅な足取り。

 この場にいた、女性の使用人達が溜息をつくほどの、綺麗な所作。

 

 そして、王座の隣に立つフランから息を飲む音が聞こえてきた。


 (くそ、妹弟達か)


 本来なら、2度と会わせるつもりはなかったのだ。

 時が過ぎれば、全て忘れてしまうほどの淡い恋など、フランには不要だ。


 魔力を持たない、ただの人間。

 容姿が綺麗な事は認めるが、ただそれだけ、だ。


「お久しぶりです――ラファエル陛下」

 エデフィスは王座の前まで来ると片膝をつき、敬うように頭を下げた。


「エディ様……」

 眩しい者を見るように、フランは彼を見つめ、彼もまたフランを見て息を飲んだ。


 (まだ完全に解けていないのだな)


 あやつがフランを見えげた時、淡い恋心が浮かんだ。

 だがあの時のような、苛烈な愛の炎ではない。

 綻びがだいぶ進んではいるようだが、もう1度かければ――。


「お兄様、悪戯がすぎるのはでなくて?」

「そうですよ、兄上。馬に蹴られて死んでしまいますよ?」


 いつの間にやら、王座の両隣に立つのは、血を分けた妹と弟達。

 腕を拘束され、王座に縫い付けられている。


「お前達!何を!」

「そこまでになさいまし。お兄様」

「そうですよ、兄上の聖獣もそう言っています」

「何だと……?」


 ふわりと半透明な姿を現すのは、僕の聖獣。

 僕の前に立ち、悲しげな目をしていた。


『もうおやめなさい、ラファエル』


「フラン、行きなさい」

「お姉様、でも――」


 不安気に紫根の瞳を揺らすフランは、先程までの無表情ではなく、うっすら涙を溜めていた。


「大丈夫だから――さあ」


 妹弟の言葉に後押しされるように、フランはエディフィス侯の前に立った。


「貴方に祝福を」

 フランはそう言い、手を差し出す。


 エデフィス侯は大きく目を見開いて、手を取り、そのまま手に口ずけた。


 途端に眩い光が、辺りを照らす。


 光が収まった後、目に飛び込んできたのは、抱き合う2人。


「ごめん、俺――」

「良いの。今こうして、また出会えたのだから」


 そのまま2人は熱い口づけを交わす。


 僕は見ていられなくて、顔を背けた。


「お兄様、往生際が悪いですわよ」

「そうですよ、兄上」

「ラファエル様……」

『ラファエル』


 僕は深い溜息をつき、特別な言葉を口にする。

「マグノリアは君を歓迎する、エデフィス侯」


 途端に、城全部が湧き立つような歓声が上がった。


 (ちっ、僕が悪者か)


 恐らくこの事は、城に働く者の総意。

 そして、ここのやり取りは全て筒抜けになっていた事を意味する。

 今更撤回など出来ない。


「――ラファエル様、私がいます」

  潤んだ目で、僕を見つめるルカはとても美しく愛おしい。


「ルカ――」

「ルカ様。お兄様は、義妹にも執着して束縛して。その矛先が今度は貴女様にも向かうのです。無体な事を言い出したらすぐに私達へ。いつでも殴りにきますから」

「――サマンサ、煩いよ」

「はい、お義姉様」

「はあ〜可愛い!」


 妹はルカに抱きついたが、すぐに夫でもあるウィルに引っぺがされた。


「君の天真爛漫なところは大好きなんだけど、目の前で抱きつかれるのはちょっと……」

「ふふ、旦那様は可愛いわね」


 そう言いながら、熱い抱擁を交わしている。


 (まったく、こちらはまだ結婚出来てないのだから、見せつけないで欲しい……)

 

 我が妹ながら奔放すぎる。

 

 僕はルカの手を取り立ち上がった。


「部屋へ戻る」

 僕がそう言うと、皆が一斉に頭を下げた。


 (まったく、横槍なんて入れるんじゃなかった)




 後日――。

「なんで、兄さんはエディのこと、嫌うのさ」

「そうよ、ラファエルお兄様。彼は中々良い人よ?」

「フランの――」

「えっ、何?」

「フランの、可愛い妹を、全部持っていくからだろ!一目で分かったよ!目線も心も!全部!アイツで全部埋め尽くされしまうからだよ!」

「「はあ?」」

 僕の叫びに、弟妹の呆れた溜息が、部屋中に響き渡るのは明らかだった――。

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