第14話 国王様は消えた記憶を探しだす
「陛下――ご気分が優れませんか?」
令嬢の声にはっとして、俺は目の前の令嬢を見た。
あれ程苦手だと思っていた、レティシア公爵令嬢。
何故だか、以前よりも嫌悪感が薄れてきている。
以前よりも、ケバケバしくなくなった見た目。
言動も以前は、もっと媚びていて、時には金切声をあげていた気がする。
(俺が変わったからか?――いや、レティシア嬢が変わったのか)
今日は恒例のお茶会。
そう言えば、今日はレティシア嬢の番だったか。
一通りの令嬢達とお茶会を催したのち、数人に絞られた令嬢達とのお茶会が続いている。
以前は苦痛に感じていたお茶会。
なにせ、どうしても王家とのつながりが欲しい者達は、令嬢の歳が幾つだろうが関係なく連れてきていた。
(俺はロリコンじゃない)
何度そう言いかけたか。
だが2巡目になる今では、それ相応の歳の女性達だけになった。
それだけでも心労は少なくなる。
だけど――。
何か大切な事を忘れている気がする――。
それが何かしら、靄がかかっているようで、はっきりしない。
「――やはり体調がよろしくないのですね。ご無理されずに――わたくしは失礼しますわ」
「――レティシア嬢、すまない」
俺が中々返事を返さないことで、そう判断したのだろう。
だとすれば、申し訳ない。
そう思い、彼女に合わせて立ち上がった。
「陛下――わたくしが風避けになっているのです。早めにリサ様とのこと、公表されたらよろしいかと」
それだけ言い残し、レティシア嬢は去って行った。
「――リサ……リサって誰だ……?」
この名前を聞いただけで、胸がはち切れそうに痛い。
頭がズキズキ痛む。
途端に記憶を掠めるのは、紫根の瞳の女性。
俺を潤んだ瞳で愛おしそうに見つめ、そして俺は――。
ズキっ!
頭が鈍器で殴られたように痛む。
俺は思わず、頭を抱えて倒れ込んだ。
「エディ!」
ノルバースの声が、薄れいく意識の中で聞こえた気がした――。
******
「……すまない。寝てしまっていたか……」
俺は意識を取り戻すと、自らの寝台に寝かされていた。
「まったく――心配させないでくださいよ、エディ」
ノルバースは呆れた声を出して、寝台の隣にある椅子に腰掛けた。
まだ外は明るい。
お茶会は午前中だったはずだ。
2、3時間寝てしまっていたというところだろうか。
上半身を起こし、サイドテーブルにある水を飲んだ。
少しだけ頭がクリアになった気がする……。
(何だろう……この水は――)
コンコン。
「はい、どうぞ」
俺の代わりにノルバースが返事をし、中に令嬢が入ってきた。
「リアナ侯爵令嬢……?」
「へ、陛下!」
リアナ嬢は入口で頭を下げると、扉を閉め、中へと入ってきた。
そして持っていたバックから、大きな魔法陣を描いた紙を取り出すと、俺の寝台の横の床に置いた。
自らがそれの上に立つと、ノルバースと手を繋ぐ。
「えっ、どういう――」
「陛下!――いえ、今だけはエラン様だと思うことにします!」
「はっ?」
なんで俺の偽名を知っている――という疑問を口にする前に、リアナ嬢に腕をガッツリと掴まれた。
「今です!お願いします!リヒト様!」
その途端、魔法陣から眩い光が放たれ――。
俺の景色は一気に変わった。
「いてっ!」
先程まで、ふかふかしていた寝台ではなく、冷んやりとした石造りの床に投げ出されたという事に気づくのは早かった。
「シシリー!」
「ノルバース様!」
謎の美女と、ノルバースの熱い抱擁が目の前で繰り広げられている。
(俺は何を見せられているのだ……?)
「よしよし、リアナは偉いね」
「はい、リヒト様」
リアナ嬢の頭を撫でるのは、謎の美男子。
紫根の切れ長の瞳に、濃紺に髪、驚くほど顔の造形が整った長身の男性だった。
その顔に、どこか既視感を感じる。
(会った事ないはずだ――こんな美形、覚えていないわけはない)
「君が、エディフィス=フィッツ侯だね」
手を差し出され、俺は素直に手を取り起き上がる。
「ああ、貴公は……?」
「リヒト=マグノリア。この国の王弟だよ」
「マグノリアの王弟……?」
「すみません、エディが頑なにマグノリア行きに反対するから、強行手段に出ちゃいました」
そう言いながら、美女から身体を離し、舌をぺろっと出したのはノルバース。
「悪いけど、あまり時間がないんだ。完全防御しているこの屋敷でも、兄上から逃れるのは難しいから」
そう言うと、リヒトは歩みを進める。
「ああ、すまない」
リヒトが俺の足元に手を翳すと、いつの間にかサイズピッタリの靴が履かされていた。
階段を登り、3階だろうか。
一際大きな扉の前で止まり、ノックする。
相手の返事を待たずに、扉を開けた。
「ああ、良かった。姉さんのいちゃつきとか見たくないので」
「あら、ところ構わず盛ってると思われているのは心外だわ」
中にいたのは、美女。
大きな藍色の瞳に、シルバーアッシュの長い髪、色気たっぷりの表情を浮かべている。
その横に立つ男と2人は見覚えがあった。
「ウィス?」
「やあ、エディ。一昨日ぶり、かな?」
こいつがいつもやってくるのは、突然で。
一昨日も執務室を開けたら、いたのだ、この男が。
従者も従えずに、いきなり1人でふらりとやってくる。
そしてその隣の美女は奥方。
あんなにやんちゃに遊び回っていたこの男が、見事に絡め取られて今や愛妻家だ。
(そうだ、確か妻はマグノリアの王女だった)
マグノリアの王女と考えただけで、少しだけ頭が痛む。
それでも、今朝感じたものよりは軽微だ。
「お久しぶりですね、エディ様。さあこちらへ」
促され、部屋の中心にある椅子に座らされた。
「うん、やっぱり良い具合に解けてきてる」
「まあ、さすが、エクセル侯爵の方ね」
マグノリアの姉弟は頷き合い、そして俺に手を翳した。
「ここはこうで……」
「そうね、こっちはこうね」
「じゃあ仕上げはフランに任せようか」
「ふふ、驚く顔が目に浮かぶわ」
「フラン……」
その名前を口にしただけで、胸が疼き出す。
少しふわふわとした気持ちになっていく。
ここのところ、沈んでいた気持ちが嘘のようだ。
「さあ、後はめかしこまなきゃね」
そう言うと、奥方はパンパンと手を叩き、使用人達を部屋へ招き入れた。
「さあ、フランが見惚れるくらいの、いい男にして頂戴」
「「畏まりました」」
「さあ、ここからが正念場だよ、エディフィス侯」
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