第13話 国王の侍者は彼の為に苦手を克服する
「エディ?」
ぼんやり外の風景を見つめるエディフィス。
以前より、ぼんやりしている事が増えたと思う。
彼の執務室にいれど、仕事は一向に捗らない。
あれから3日経った。
山のように積み上がった書類を前に、俺は溜息をついた。
エディは完全に、覇気を失っていた。
(そりゃそうだよ。1番大切な者の記憶を封じられたのだから――しかも相手はマグノリアの現国王。俺が手も足も出るわけはない)
マグノリア国王が言った通り、フラン様を忘れて生きていけばいいのかもしれない。
だけど、そこにはエディ個人の幸せはない。
この数日間、とても幸せそうに笑うエディを見ていた。
見てきたからこそ、彼の心の傷は深く、今でも崩れ落ちそうだ。
封じられた記憶を解いてやれば、いいのかもしれない。
どんな結果になるかはわからないが、自分が納得する形で結果が出れば良かったのかもしれない。
(それにあの様子は――2人とも想いあっているように見えた……)
マグノリア国王の現れる前。
まるで告白の場面のような、むず痒くてこちらまで赤面してしまうようなやりとりが繰り広げられていた。
エディはじきに、退位するつもりだ。
それなら――フラン様との未来は不可能ではない。
(だが俺1人で、何が出来る?)
ふう、と溜息をつき、思い浮かぶのは祖母の顔。
(あの人に頼る他ないか――)
領地に住む、我が祖母。
祖母はマグノリアから嫁いできた、生粋の魔法使いだ。
(あの人なら、何らかの手立てを思いつくかもしれない……)
昔から、祖母は苦手だった。
何を考えているのか分からない。
俺に魔法を教えてくれたが、何一つ勝てたことはない。
だが背に腹は変えられない。
俺の苦手で、エディを不幸にする事はできないのだから。
そこに――自分自身の打算もあることは否定できない。
「エディ、少し出てきます」
「――ああ、分かった」
俺は、執務室から直接、祖母のいる領地まで転移した――。
******
景色が一気に、田舎町へと変わる。
祖母の住む領主館。
館の後ろには鬱蒼と茂る森林。
「おや、珍しい事もあるもんだね」
祖母に庭に出ていたようだ。
突然来た俺を見て、少し驚いた様子だ。
「お祖母様、実は――」
「お前が来たということは、あの王様に何かあったんだね?ひとまず中へ――魔力回復の丸薬を飲みなさい」
そう言うと、館の中へ招き入れられた。
馴染み使用人達が、俺に頭を下げる。
そのまま、祖母の使っている部屋まで案内された。
無数の薬草に覆いつくされている。
祖父はつい先日亡くなり、祖母は今は1人暮らしだ。
じきに俺の弟が、この館へ来る事になっている。
水と丸薬を手渡され、一気に飲んだ。
苦いが効果は抜群だ。
途端に身体中に魔力が行き渡る感じがする。
「つい先日、マグノリアの魔法を近くで感じたのだけど――どうやら何かあったんだね?」
俺はこくりと頷き、手を出した。
「直接、観てもいいのかね?」
「口で話すより、早いですから」
俺の様子に、祖母は溜息をついてから、俺の手を握った。
「ぐっ!」
記憶を探られるのは、多少の苦痛を伴う。
だけど、見たものをそのまま伝えれる。
それに時間が惜しい。
5分くらい経っただろうか。
祖母は俺の手を離した。
「――随分と酷い事をなさる。これではエディフィス様とフランローズ様が、あまり可哀想だ」
そう言うと、祖母は立ち上がり、煎じた薬草の壺と、何個かの粉薬の入った袋を手渡した。
「――無理矢理封じられたものは、少しずつ解いていくしかない。毎日少しずつ、エディフィス様へ与えなさい。一気に与えるんじゃないよ」
念押ししたように祖母は言うと、もう一つの袋を手渡した。
「これは、お前に――回復の丸薬だ。持っておいき」
俺はうなずき、受け取る。
「ありがとうございます、お祖母様」
「――少しは顔を見せにおいで。まだまだ私は衰える事なんてないだろうけど、孫の顔が見れるのは嬉しい事だから――さあ、早くお帰り」
祖母の厚意に深く感謝すると、その場で転移魔法を発動させた。
景色が入れ替わり、再びエディの執務室へ。
「エディ――」
ソファに座るエディに声をかけようとして、寸前で止まる。
エディと向かいあうように座っている人物が目に入ったから。
「よお。ノルバース、久しぶりだな」
そこには、学生時代の悪友――ウェスター=ブリーズが座っていた。
この国より少し離れた国、ブリーズ国。
彼は今、そこの王太子だ。
俺とエディが留学していた隣国に、俺たちと同じように留学していた時からの付き合い。
学生時代の無茶な行いも、全てこの男と主にやってきた。
エディには劣るけど、中性的な顔立ちで優男。
2人で人気を2分していたのは、良い思い出だ。
「なんで君がここに?」
俺の問いに、ウェスはにっこり笑うと、俺の側まで来た。
「親友の様子を見に来ただけだよ?ノル」
そう言いながら、俺の耳元で「君達の事情は知ってる」と囁いた。
俺は目を見開き、ウェスを見た。
(そういえばこいつの結婚相手、マグノリアの王女だ)
フラン様は、紫根の瞳を持つ王族で。
ウェスの嫁は、きっとフラン様の姉上だろう。
あそこの兄妹は、とても仲が良いと聞く。
きっとエディとフラン様の事を聞いて、こちらの様子を見に来たに違いない。
「ちょっと、ウィス。こっちへ」
俺は慌てて、ウィスを隣にある俺の執務室へ引っ張りこんだ。
「一体どうゆうこと?」
「――俺の奥さんがさー、フランちゃん命なのよ。いわゆるシスコン。だからこの事態を打破しようと躍起になっちゃってさー」
「それで?」
「俺さ、今では奥さん一筋じゃない?お願いされた事を無下には出来ないわけよ」
「だから様子を見に?」
「そうそう。しっかし、義兄上の魔法は完璧だな。まるっとフランちゃんのこと忘れてるみたいだわ」
ウィスの目から見ても、エディにかけられた魔法は完璧で。
俺は正直落胆した。
「で、そんな事で諦める、お前じゃないだろう?ノル」
目を細めて俺を見ているウィスは、俺が手に持つ物を見て行った。
「ああ――お祖母様に薬をもらってきた。少しずつ与えてやれって」
「やっぱりそうか――予想通りで安心したよ」
ウィスはそう言うと安堵の笑みを浮かべた。
「エディにかけられた魔法を解くとしても、ノルの協力は必須だったから――うん、これなら奥さんに良い報告ができそうだわ」
「お前、何を考えて――」
「とりあえず、マグノリアへの挨拶、予定に入れて」
「えっ?」
「あとはこっちでどうにかするからさ」
ウィスはそう言うとウィンクして見せた。
「あ。俺もう1件寄らないといけない所あるんだった。じゃあな、また来るよ、ノル」
そう言うと、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
(いや、まずエディの説得からかよ……)
エディはマグノリアへの挨拶を拒否している。
どうせすぐに、王位を譲るつもりだからだ。
でもそれなら――。
(そこを逆手に取るか)
俺はどうやってエディをマグノリアへ向かわすか、思案していった――。
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