第12話 王女様は神の国の王に腹を立てる

 何かに操られるように、肩で息をしているグリフィスを、私は冷めてた目で見ていた。


 (興奮剤?それとももっと悪質な薬かしら)


 普段の彼とは似ても似つかない姿に、私は驚くしかない。


「知り合い?それに今、フラン様って……」

 陛下は驚きの表情をして、私を見ている。


 そっと、陛下の腕から逃れると、彼を背に私はグリフィスと向かい合うように立った。


「グリフィス、どうしてここへ?」

 努めて冷静に声をかけた。


 興奮している彼に、何を言っても届かないかもしれない。


「――フラン様の魔法を探知したから、急いで来てみれば――誰ですか?その男」

「貴方には関係ないわ」

「関係ある!僕のフラン様に気安く触って!」

「――彼女の婚約者だと言ったら?」


 突然、陛下は私の前へ出ると、グリフィスを挑発するようにそう告げた。


「婚約者?そ、そんなのラファエル様が許すはずない!」

「――まだ彼女へプロポーズしたところだからね……いずれ挨拶に行く」

「ふん!たかが普通の人間なんかに、ラファエル様が許可するとは思えない!」

「わ、私が説得するわ!」

「リサ……」


「陛下――いえ、エディフィス様。私はリサではないのです。本当の名前は、フランローズ=マグノリア。マグノリア国の王女です」

「マグノリアの……?」


 陛下は唖然とした顔をして、私を見つめている。


 (こんな形で言うことになるなんて――)


 だけど、後悔はしていない。

 例え離れる事になったとしても、もう偽りの姿で会うのは嫌だった。


 私は、変化魔法と誤認識魔法を解いて、本来の髪色と瞳の色を曝け出した。

 銀色の長い髪が、風に靡いている。


「――紫紺の瞳……まさか、本当に?」

「――陛下のプロポーズ、嬉しかったです。でもお受けする事はできません。わたくしは、あの島を離れて暮らす事が出来ないのですから」


 こんな事言いたくないし、本当は側にいたい。

 胸が張り裂けそうに痛い。


「ふん!お前なんか、フラン様には似合わない!」

 グリフィスは怒りの感情が爆発したのか、巨大な火の玉を陛下めがけて投げつけてきた!


「危ない!」

 咄嗟に相殺させるような魔法を発動すると、陛下の目の前で消滅した。


「何故邪魔をするのです!その方が貴方の為になるのに!」

「わたくしが愛する人を、むざむざと殺させると?」


 陛下が息を呑む音が聞こえた。

「い、今のって……」


「――邪魔するようなら、貴方でも容赦はしませんよ?グリフィス」

 威嚇するように無数の氷の刃を、グリフィスへ向かわせた!


「ぐっ!」

 一つがグリフィスの腕をかすめ、腕から血が流れた。


「お嬢様!」

「エディ!」

 私達とグリフィスの間にシシリーとノルバース様は立つと、剣をグリフィスに向けた。

 

「――くくくっ、あははは!みんな消えちゃえ!」

 グリフィスが詠唱を始めると、地面が揺れ巨大な土の腕が、無数の火の玉が、私達に向かってくる!


「シシリー!」

「はい!」

 私は光の壁を作ると、火の玉を全て防いでいく。

 合わせてシシリーの体に同じものを這わせると、剣を持ってグリフィスへ突進するシシリーへ風魔法で援護した。


 ノルバース様は、シシリーを守るように無数の氷の刃をグリフィスに向かって投げつけている。


 シシリーは、グリフィスの懐中に入り、お腹へ剣の柄で一撃を喰らわせると、


「ぐっ!」

 グリフィスは苦しげな声をあげて倒れ込んだ。

 そのまま気絶させたようだ。


 ふうと溜息を吐き、シシリーと顔を見合わせた。

 

「丁度、リヒト様から連絡をもらったのが、グリフィス様の件でして、どうやらアリス様に一服もられたようです」


「君達は一体……」

 ノルバース様は、私を見てはっと息を呑み、そしてひざまづいた。


「マグノリアの王家の方ですね?」

 ノルバース様の問いに、私はこくりと頷く。


「リサ様が――そうか。だからシシリーも……」

 ノルバース様はそのままぶつぶつと、何やら言っているが私からは聞き取れない。


 拘束魔法を使い、地面に横たわるグリフィスを一瞥すると、シシリーは片膝をついた。

「お嬢様、お怪我は」

「わたくしは大丈夫……エディフィス様は……」


 私がそう言い振り返ると、陛下は私の両手をがしっと掴んだ。

「エディで良い――それより、フラン嬢。さっき言ってた事は……その……」

 エディ様は顔を真っ赤に染め、探るような目で私を見た。


 途端に私の顔も真っ赤に染まる。


 (どさくさに紛れて、私ったら愛する人なんていってしまったわ!)


「――その顔は自惚れて良いのだろうか?」

 そう言いながら、私の頬をゆっくり触っていく。


 彼の瑠璃色の瞳が揺れていて、自信なさげな感じはエラン様の時と同じだ。


「わ、わたくしは――その……」


「お嬢様!」

 シシリーの叫び声で、はっと我に返ると、空間が割れていくのが見えた。


 パリンっと音がして、そしてそこから神々しいまでの容姿をした――誰もがひれ伏してしまうような存在感。

 紫紺の瞳、白金の長い髪を靡かせて、その人は私達を訝しげに見つめていた。


「――ラ、ラファエルお兄様」

「フラン、約束、してたよね?」


 現れて早々に、私の姿を射抜くように見つめている。


 (これは、かなり怒っていらっしゃるわ……)


 こういう時は逆らうことは許されない。

 じりっと焦りを感じる。


「貴方が、フランのお兄さん……」

 エディ様は、私の片手をぎゅっと握る。


 威圧されないように、彼はお兄様と対峙していた。


 (凄いわ、初めて会ったはずなのに、お兄様に圧倒されないなんて……)


 だけど、握る指先が僅かに震えているのが分かる。


 (私も義兄ではなければ、威圧されてしまうもの……)


「――君は……この国の王か」

「はい、その通りです、ラファエル国王」


ラファエルお兄様は、エディを見て目を細め、私達が手を繋いでいることを見て溜息を吐いた。

 

「――帰るよ?フラン」

「お兄様!嫌です!せめて話を……」


「何を世迷言を――フランはあの島でないと生きられない……今回のことで分かったでしょう?」

「分かっています!でも――」

「――よく分かったよ。フラン」


 ラファエルお兄様は地を這うような低い声でそう言うと、私達の前に立ち、エディ様へ向かって手を広げた。


「何を……」


 光が彼を包みこみ、ほどなくして彼は力なく倒れ込んでしまった。

 私も引っ張られるように、そのまま座り込んだ。


「エディ様?!」


 防ぐ隙なんてなかった。

 エディ様はラファエルお兄様の魔法を受けて倒れ込んでしまった。


「エディ様?!」


 手に力を感じない。


 (まさか、彼を――)


 私は、ラファエルお兄様を睨みつけた。

 怒りが身体中を駆け巡る。


 今までに感じた事のない怒り。

 身体の隅々まで魔力を感じる事ができる。

 

「――フランに関する記憶を消した――これで良い」

「どうして!!」


「――分からない?フランの事を想っていても、君達は一緒にいられない。こうした方が、この男の為でしょうが」

「――そんな……」


 頬に涙が伝う。


 今までの思い出が、触れ合いが走馬灯のように頭を過ぎる。


 (さっきまであんなに暖かな気持ちだったのに……)


「シシリー、帰り支度を」

「ラファエル様!それはあまりにも――」

「シシリー、命令だよ」


 シシリーはそれ以上、何も言えない。

 口を一文字し、悔しい表情を浮かべている。

 私に手を差し伸べ、立ち上がらせさせる。


「……シシリー……」

「――今はダメです、お嬢様。殺気をしまって。一度戻りましょう」


 何も考えられない。

 これからどうしていいかも。


「大丈夫です、お嬢様。私がお守りします」

「シシリー……」


 ラファエルお兄様の目線は、ノルバース様に移っていた。

 

「――君は、マグノリアの血を引いているね」

 

 ノルバース様は、片膝をつき頭を下げた。

「――マグノリア国王。祖母がマグノリア出身です」

「そうか――君には私の魔法はかからないだろう。だから記憶を封じる事はしない」

 

 それだけ言うと踵を返し、私達を見た。


「さあ、帰ろう。フラン」

「フラン!」


 慌ててた様子で駆けてきた、リアナは辺りの惨劇に足を止めた。

 そしてラファエルお兄様を見て、頭を下げた。


「リアナ嬢――ああ、このままではいけないね」

 ラファエルお兄様は、少しだけ目を閉じると、一瞬にして辺りの景色を元通りに復元させた。


「ふ、フランを連れ帰るのですか?」

 震える声で、リアナが問う。


「――正体を明かさない事、約束したからね。破ったのはフランだよ」

「そんな!フランは――」

「リアナ嬢。いつでもマグノリアに来ると良い。君なら歓迎する」


 リアナの言葉を遮るように、ラファエルお兄様は言うと、私達に向かって手を伸ばした。


 (そんな手、取れるはずはない……)


 私が睨み続けると、ラファエルお兄様は溜息をついて、シシリーに目をやった。

 シシリーは先程、ラファエルお兄様がこじあけた、亜空間へ私を連れて入って行く。


 (最後にもう一目だけでも……)


 首だけ回して、彼を見つめる。

 ノルバース様に支えられて、意識のないまま立ち上がったところだった。


「――お嬢様」

 シシリーは首を振り、私を促すように歩き出した。


「――マグノリアの民よ。また会う事もあるかも、な」

 ラファエルお兄様が、そうノルバース様に声をかけたところで、私は次の瞬間には、マグノリアの王宮へと戻っていた――。

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