第10話 王女様は奔放な彼に振り回される

 翌日。

 アリソン叔父様は、2日酔いで部屋から出てこない。

 シシリーや、リアナはケロっとしており、街の散策へ出かけることにした。


「私とした事が……お嬢様の側を離れるなど……」

 シシリーは朝から、ずっとそう呟いており、私は苦笑いを浮かべるほかない。

 

 あの後、部屋に戻ってきたノルバース様は、私達を生暖かい目で見つめ、陛下を起こした。

 そして、陛下は寝ぼけたままノルバース様に抱えられ、ふらふらと部屋へ帰って行った。


 ぽつんと残された私も、すぐに部屋へ戻ったわけだが――。


 (酔っていたとはいえ、初めて愛しいと言われたわ……)


 政略的な意味でプロポーズしたわけではないと、はっきり言われた。


 正直に言えば、心が歓喜した。

 陛下にそう言われて、喜んでしまった自分に戸惑っている。

 

 人は酔っていればいるほど、本音が出やすいらしい。

 それは私自身にも当てはまる。

 

 だけど、受け入れる事は出来ない。

 喜んで、なんて口には出せないのだ。


 (私が王女でなければ……彼が国王でなければ違っていたのでしょうけどね……)


 ただのフランローズと、エディフィスなら。


 だけど私はマグノリアの王女で、彼はこの国の王だ。 


 お互い国を離れられない。


 (あまり近づかないようにしないと……)


 お互いの為によくない。


 だけど、そう考えていても。


 エラン様の姿をした陛下が、護衛代わりについてきてしまったから。

 側には、メガネをかけたノルバース様もいる。


 どうやら二日酔いのアリソン叔父様に、頼まれたらしい。


「さて、行きましょうか。色々とピックアップしてるのですよ」

 仕事ができるノルバース様は、こういう面でも力を遺憾なく発揮できるらしい。

 リアナとシシリーとで、回る箇所を決めているようだ。


「リサ……嬢は参加しない?」

「エラン様……」


 少し離れたところから3人を眺めていた私に、声をかけてきた。


「私の好みは、シシリーがよく分かっているから」

「それもそうか」


 エラン様は、にっこり笑う。

 昨夜の事が思い出されて、思わず顔を背けた。


 (私、きっと真っ赤な顔をしてるわ……)


 あんな距離でいた男性なんて、お兄様達以外はいない。

 姿はエラン様でも、中身は陛下だ。

 意識しない方がおかしい。


 それに自分の気持ちを自覚してしまった今では、エラン様の姿をしていても、陛下のキラキラとした笑顔が重なって見えるのだ。


 (もう、手遅れ、なのかもしれない……)


 私の気持ちを抑える事も。

 気づかないままなら、やり過ごせた事も、今では無理な気がする。


 エラン様が、馬車へとエスコートの為に手を出した。

「リサ嬢、行こう?」


 彼の手に自らのを添えると、ぐっと握られた。

「良い思い出になると、いいのだけど」

「そう、ですね」


 せっかく他国へ来たのだ。

 色々と楽しないと損な気がしてくる。


 (今は、今だけは、自分の立場も彼の立場も忘れて楽しみしまょう)


 きっと、良い記憶になるに決まっている。

 彼との未来は見えなくても、この記憶を想いを、辛い時に思い出して過ごせば良い。


「ねえ、ガーネットが好きなの?」

「えっ?」


 エラン様は、私の指に嵌っている指輪を見つめている。

 ラファエルお兄様から頂いた、指輪だ。

 指輪に魔力を流せば、鳳凰の印が出るが、今は普通のただの宝石のついた指輪だ。


「そういうわけでは……上の兄がお守り代わりに持っていけと」

「そうなんだ。じゃあピアスも?」

「こっちは下の兄が」

「そう、随分妹思いのお兄さん達だね」


 いえ、過保護なシスコンの兄達ですとは言えない。


「その、随分高価そうなアクセサリーだから、婚約者とかから贈られたのかな、って」

 そう言いながら、エラン様は顔を赤くしている。

 

「婚約者は、おりませんから……」

「そう、良かった……」


 最後は消え入りそうな声だった。

 ぎゅっと胸が締め付けられる。


 (ああ、私の馬鹿。ここで婚約者がいるといったら、陛下は諦めてくれるようだったのに……)


 だけど、そうしたくなかった。

 避けなければという思いと、誤解させたくないという思いがひしめき合ってる。


 そんなやり取りをしている間に、馬車は出発し、最初の目的地へ着いたようだ。

 降りる時のエスコートも、エラン様。

 ノルバース様は、リアナを下ろし、エスコートを拒否しようとしたシシリーの手をがっつり握っていた。


「わたくし、お邪魔虫だったのかも……」

「そんな事ないわ。行きましょう、リアナ」


 リアナを促し店に入ると、雑貨屋さんのようだ。

 宝飾品から、お土産ものまでずらっと並んでいる。


「これ、素敵よ!リアナ!」

「ええ、本当ね、リサ!お揃いで買いましょう!シシリーも!」

 3人で、安価だけど可愛らしい装飾の指輪を手に取った。


「是非、俺たちからプレゼントさせてくれ」

 エラン様とノルバース様はそう言うと、さっさと店主に話をつけ、ラッピングされた箱を渡された。


「良いのですか?」

「安価なものだけど……気に入ってくれたなら」


 シシリーは騎士だから、ネックレスも渡されていた。

 指に嵌るよりも、首からの方が良いのだろう。

 細かな気遣いに、私達は頭を下げた。


「ありがとうございます」

「これくらいは、ね」


 エラン様とノルバース様はそう言いながら微笑み、次の場所へと移動して行く。


「何だか――とっても良い人ね」

 リアナは、エラン様が陛下とは知らないから、とっても嬉しそうに微笑んでいる。


「そうね」

 私は曖昧に微笑むと、包みを見つめた。


 (思い出の品になりそうだわ……)


 初恋の印。

 きっと未来に何があっても、これを持っていれば勇気が出てくる気がした。


「私までもらってしまって……」

 シシリーは、普段にはない温和な笑いを浮かべて、うっとりと包みを見つめている。


 シシリーは美人だけど、国ではどちらかといえば私付きの侍女として、騎士として、尊敬の念をもって恐れられているから、こういった物を男性から貰ったことは、皆無だろう。


「ふふ、良かったじゃない、シシリー」

「はい!」

「あら、大変。あの2人だいぶ先まで行ってるわ、急ぎましょう、リサ、シシリー」


 男性陣2人の背中を見つめながら、私達は彼らの後を追って走って行ったのだった。

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