第9話 国王様は偽りの自分に嫉妬する


「はあ、まったく。エディがヘタレなんて知らなかったですよ……」

「煩いよ、ノルバース」


 翌朝。

 温泉でさっぱりとした俺を待っていたのは、お小言を言うノルバースだった。


 あの後。

 戻ってきたノルバースに起こされて、ふらふらで部屋まで戻ってベットに倒れ込んだ。


「まあ、押し倒してたらどうしようかと思ってましたけど――良い雰囲気ではありましたけどね」

 そう言いながら、ノルバースは風魔法で俺の頭を乾かしてくれている。


 正直、途中からあまり記憶がないのだ。

 ほぼ徹夜で仕事をこなし、今日という休日を手に入れたまではよかったのだが、せっかくの2人きりのシュチュエーションで、すっかり熟睡してしまった。

 もっと会話でもして、彼女を知りたかったというのに――。


「いつもは追いかけられる側ですからね――追いかけるなんて、初めてじゃないですか?」

「まあ、な」


 そう言いながら袖を通すのは、簡素な服。

 どうやらリサ達は、今日は街に繰り出すらしい。

 アリソン侯爵が二日酔いらしく、起き上がれないようなようなので護衛を兼ねて、俺たちもついていくことにした。

 エランの姿で……。


 国王としての俺の顔は知れ渡っていて、混乱を避ける為でもある。

 それに無闇に整っている出立が、王の時には役に立つのだが、普段は目立ってしょうがない。


 (エランの姿のほうが、自由が効くのだが……)


 自分自身の姿で、リサと楽しめたらどんなに嬉しい事か。

 それができないのが恨めしい。


 (エランも俺なのだが――こっちの姿の方が、リサと長くいるからな)


 せっかくの観光なのだ。

 リサ達にゆっくり楽しんで欲しいとは思っているのだが……。


 (なんだか複雑な気分だな……)


 エランの事、いつかは打ち明けねばならないだろう。

 だけど、今はまだ早い気もする。

 せっかく、エランの時は警戒心少なく接してくれているのだ。

 少なくとも俺自身の時よりも。

 

 俺自身の姿の時よりも長い時間過ごしている事が、何だかやきもきする。


 リサの表情も態度も、俺に対するものとエランの時と、然程変わらない気がする。

 少しだけ、エランの時のほうが楽に構えずに接してくれているぐらいで……。


 (自分に嫉妬するなんて、どうかしてる……)


 一緒に過ごした時間は短い。

 それでも、こんなにも強烈に自分の心の中にいる人はいない。


 (そういえば、昨日愛してるって言った気が……)


 途端に顔が熱くなるのを感じる。


 (酔った勢いとはいえ、いきなりそんな事を……いや、でもプロポーズもしてるわけだし……)


「何、1人百面相してるのですか。気持ち悪いんですけど」

 鋭いツッコミを入れる、ノルバースは既に出かける準備は出来ていた。


「そういえば、もう反対しないのだな」

「ああ、リサ嬢の事ですか。エディは止めても無駄だと分かってますし――あの公爵令嬢への対応で見方が変わりましたよ。凛とした立ち姿。まるで一国の王女のようでしたからね。勿論、お付きのシシリー嬢も、ね」


 そう言いながら、ノルバースは少し黒い笑顔を見せた。


 (シシリー嬢の事が、気に入ったのだな)


 昨夜も部屋まで送り届けたようだ。

 時間的にもすぐ戻ってきたようだから、無体な真似はしてないだろうが。


 (なんで笑顔が黒いんだよ……)


 ノルバースは一途といえば聞こえが良いが、やや粘着質なところがある。

 俺に対しては忠誠を誓ってくれているようだが、敵認定した奴には容赦ないし、執拗に相手が破滅するまで追い詰める。

 その一方で、気に入ったり、自分が認めた相手にはとことん尽くすし、優しい。


 (敵にならなくて良かったのだけどな)


 有能で優秀。

 俺の補佐の代わりはいないと思っているが――。

 

 今までの女性遍歴を考えても、奴は芯の通った強い女性が好みだ。

 前に好きだったのは、確か隣国の公爵令嬢。

 既に結婚間近な婚約者がいて、お互い好き合っている同士だったから、何もなかったが――。

 あの時の落ち込みようは、見ていて此方も苦しかった。


 そんなノルバースが、シシリー嬢に対して執着が始まっているように見える。


 (可哀想にな、シシリー嬢)


 機会があればシシリー嬢には、一言伝えておくべきだろうが。

 触らぬ神に祟りなし如く、俺は敢えてスルーすることにした。


「さて、エディ。用意はよろしいですか?」

「ああ」


 そう答えると、ノルバースは俺に魔法をかけた。

 髪はくすんだ金髪で肩くらいの長さに、顔は薄黒くそばかすだらけ。


 これだけで、国王と気づかれないようになるなんて、本当に驚きだ。


「人の印象は、8割方、髪で決まりますから」

 ノルバースはにっこり微笑むと、黒い帽子を被る。

 伊達メガネをつけ、黒いローブを纏うと、いつも変装している格好だ。


 この地で、夜の闇に似た髪色を持つものは、珍しくない。

 ただ瞳が藍色なのが、魔法使いの特徴である。

 だから黒いローブを纏っていても、おかしくない。

 ただ普段は、魔法使いである事をあまり表に出してないから、俺的には違和感はあるのだが――。


「女性陣はお待ちかねですよ。行きましょうか、デート」

「デート?!」


 上機嫌で話すノルバースに背中を押されるように、俺たちは部屋を出た。

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