第8話 王女様は別荘地を堪能する

「――温泉って、気持ちいいのね!」

「はい!お嬢様!」

「本当に!肌もすべすべに!」


 リアナとシシリーと3人、古城の大浴槽で温泉を堪能する。

 いつも使用人達に世話されているが、今日は3人だけだ。

 ゆっくり浸からせてもらっている。


 陛下は執務に追われているらしく、今日は来れないかとしれないと連絡が入ったと、先程ノルバース様はおっしゃっていた。


 (残念――とか思ってないわよ?――いや、ちょっぴりは思ってるかな)


 まだ名前もついてない、この感情。

 知らない、気づかないふりをした方が良いに決まってる。

 

 だって、私はマグノリアを出て暮らせない。

 この国で暮らすのは、不可能なのだ。


 だけど、この地に来てから少しだけ身体が軽くなった。

 離れているけど、地脈がマグノリアと繋がっているのかもしれない。


 (僅かだけど、魔力が安定しているもの)


 湯船に魔力回復の薬草を入れなくても、回復しているのだから。

 常時消費している今は、僅かでもありがたい。


「それで――フランは、陛下の事をどう思っているの?」

 リアナはこの地に来てから、私に対して敬称も敬語も無くなった。

 温泉での裸の付き合い?のおかげで、距離感が近くなったからかもしれない。


「んー、どうと言われても――私はあの島から離れて暮らせないもの」

「――そうなの?」

「私も離れてから知ったのよ。どうやら長時間離れられないみたいなの」


 外の世界では、この紫紺の瞳を隠し続けなければならない。

 それが身体への負担になってきている事を、初めて感じたのだ。


「魔法使いって憧れていたけど、色々大変なのね」

 リアナはそう言うと、溜息をついた。


 リアナ自身が、私に対して嫌悪感を抱いていないのは、その憧れがあるからなのだろうと思う。

 外の世界では、得体の知れない化物扱いされる事を多いと聞いていたから――。


「リアナはきっと、縁があれば島で暮らせる気がするわ。お母様の血族なのですし」

「そうかしら!」


 キラキラした目をして、私を見つめるリアナは年相応の好奇心を覗かせる。


「私もそう思います、リアナ様。いつでも遊びにいらして下さい」

「ええ!絶対、また行くわ!シシリー!」


 実際、アリソン叔父様が許すかどうかは疑問だが、旅行へということなら、きっと許してくれると思う。


 そんな話をしていたら、私達が泊まる部屋前が騒がしくなってきた。


「――様子を見てまいります。お嬢様達はお待ち下さい」

 シシリーはそう言うと、部屋から出ていく。

 数分後、遠慮がちにノックが聞こえ、私が「はい、どうぞ」と返事すると、爽やかな笑顔で陛下が入ってきた。


「まあ、陛下」

 私とリアナは、立ち上がり頭を下げる。

 

「あ、楽にしていいよ。プライベートの時には、そんなのいらないから。楽しんでくれているかな?」

「はい。このような機会を、ありがとうございます」


 私がもう一度頭を下げると、陛下はキラキラと輝く笑顔を振り撒く。

 

「夕食はもう食べてしまったと聞いた――その、お酒はどうだろうか」

 少し顔を赤くして微笑む姿は、エラン様の表情と重なる。


「嗜む程度でよいのでしたら――リアナはどうする?」

「えっ!あっ!行きます!私もそんなに飲めないですが……」

「じゃあ、サロンで待ってる」


 そう言い残すと、陛下は部屋から出て行った。


「どうしたの?リアナ」

 なんだか先程から、そわそわしていてリアナの様子がおかしい。

 

「陛下の笑顔にも驚いたけど、あんな照れてる姿見るの初めてだったから、驚いてしまって――陛下は本気なのかもしれないわよ、フラン」


 その言葉に、私は曖昧に笑って返すしかなかった――。


 ******


 皆でサロンへ移動し、地元のお酒だというものを堪能する。

 わりとキツいお酒だと思うけど、飲みやすいからか、旅の開放感なのか、皆どんどん呑んでいっている。


 料理長が作ったおつまみも、とても美味しく、和やかな空気が漂っている。

 

「いやー、陛下。良いところに別荘をお持ちですなあ」

 最初に酔い潰れたのは、アリソン叔父様。

 どうやら風呂上がりに飲んだらしく、すぐに酔いが回ってしまったようだ。

 いつもより饒舌で、声が大きく、上機嫌だ。


「――侯爵に気に入ってもらえてよかったよ」

「陛下かあああ!」


 アリソン叔父様は、陛下に抱きつこうとして、逃げられた。


 (千鳥足だし、危ないわ)


 この古城の管理人を勤めている男性に言い、担がれて部屋へ戻っていった。


 私はちびちび飲んでいたけど、隣でぐいぐい飲んでいたシシリーも酔ってしまったようだ。

 普段お酒に強いシシリーとしては、珍しい。


「私が部屋まで連れて行きましょう」

 素面のように見えるノルバース様に連れられて、シシリーも部屋へ下がってしまった。


 (ノルバース様も結構な量を飲んでいたと思うけど……)


「私も部屋へ戻るわ……」

 リアナもふらふらとした足取りで、サロンから出て行ってしまった。


 部屋には、私と陛下の2人きりだ。


「――リサが楽しんでくれていて、良かったよ」

「こんな機会、中々ないですから」


 私がにっこり微笑むと、陛下は真っ赤な顔をした。


 (お酒のせい?それとも照れていらっしゃるのかしら)


「自分で言うのも何なんだが――女性の接し方は心得ていたはずなんだが――リサといると、その……」

「?」

 陛下は困ったように微笑まれると、私の手を握った。


「どうして良いか、分からなくなるんだ。これが本当に人を愛するという事なんだろうな――今までは、それなりに女性と付き合ってきたはずなんだが……」


 (真っ赤な顔をしたまま、照れたように微笑む陛下は、破壊力抜群だわ……)


 伝染したように、こちらまでドキドキしてくる。


 元々、とても綺麗な容姿をされているのだ。

 何をやっても絵になる人。


 お酒の具合もあるけど、これだけ色気たっぷりに微笑まれたら――意識せざるを得ない。


 (こ、これは非常にマズいのでは……)


 部屋に2人きりで、お酒を飲んでいて――。


 陛下はゆっくり私の隣に座ると、距離を詰めてきた。


 (いい匂い……って、それどころじゃないわ!)


 自分の心臓の音が、外へも聞こえているのではないかというほど、ドキドキしていて。


「リサ……」

 陛下の顔が近づいてくる。


「へ、陛下?!あの!?」


 私の動揺した声を他所に、陛下はそのまま崩れるように倒れ込んでしまった。


 陛下の規則正しい寝息が聞こえてきた。


 (寝たの?!)

 

 私の肩を枕にして、すやすやと寝てしまったようだ。

 顔を見つめると、うっすら隈が見える。


 (無理、されていらっしゃったのね……)


 そもそも来れないと言っていた、ここへの訪問。

 無理してやってきたのだろう。


 優しく、陛下の頭を撫でる。

 さらさらの黄金の髪が、触り心地もよい。


 この人は、本気でプロポーズしてくれたのだろうか。

 勢いだけではなかったのか。


 本気だったとしても……。


「――お受けできないのですよ、陛下」

 

 それならばせめて。

 この時間だけでも。

 私はそう願わすには、いれなかった。

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