第7話 王女様は公爵令嬢の口撃に合う?

 翌朝。

 まだ夜が明けきらぬうちに、紋章の入った大きな豪華な馬車がやってきた。


「陛下はじき参られますので、先に向かいましょう」

 迎えに来たのは、陛下の側近でもあるノルバース様。


 エスコートされ、リアナとアリソン叔父様、シシリーと馬車へ乗る。

 ふかふかの座席で、長距離移動も楽そうだ。

 中の装飾もシンプルではあるが、高価そうである。


 5人で座っても広々としている馬車は、快適だ。


 (またエラン様の格好で来られたら、どうしようかと思ったけど……)


 どうやら本当に陛下は、今はいらっしゃらないようだ。


 (お忙しい方でしょうから……何だか私、残念がってない?)


 まだたった3日。

 出会ってからの日数も、時間も、会話も。


 (だけどこんなに印象に残って、気にかかる人、初めてかもしれないわ)


 「それでは、参りましょうか」

 ノルバース様も乗り込むと、馬車はゆっくりと、段々速度を上げて走り出した。

 揺れをほとんど感じない。

 まさに乗り心地最高の一品だろう。


 しばらく走ったところで、ガタンっと音がした。


「危ない!」

 

 ノルバース様の声が先か、馬車の急停車が先か。

 それでもそんなに衝撃がなかったのは、咄嗟にノルバース様の魔法の発動のおかげかもしれない。


「皆様、大丈夫でしょうか?」

 乗っていた全員で目を見合わせて頷き合うと、ノルバース様はほっと安堵した表情を浮かべた。

 

 静かになった馬車内とは打って変わって、外から言い争う声が聞こえてくる。


「――様子をみてきます。カーテンを閉めて、外から見えないようにしていて下さい」

 ノルバース様はそう言うと、腰につけている剣の柄を握りながら馬車を1人で降りて行った。


「大丈夫なのかしら……?」

「ノルバース様は、腕の立つ方だ。何があっても大丈夫だろう」

 リアナの問いに、アリソン叔父様は答えると、深く座り直した。

 


「――かなり言い争ってますね」

 シシリーは聞き耳を立てて聞いているから、外での会話が、全部聞こえているようだ。

 騎士の一面もある彼女は、耳が良い。

 しばらくしてから、シシリーは口を開いた。


「お嬢様、どうやらランディス公爵令嬢のようですよ」

「――こんな早朝から、迷惑な話だな」


 シシリーの言葉に、アリソン叔父様は溜息混じりにそう言った。


「どんな様子なの?」

「――お嬢様と話がしたいとの一点張りですね。ノルバース様も苦戦なさっているようです」

「そう……いいわ、わたくしが出ます」

「お嬢様!?」

「フ――リサちゃん?!」


 私の言葉に3人が一斉にこちらを見た。


「叔父様だって、このままじゃ埒が開かないって思っていたでしょ?」

「そうだが、この国の事で迷惑をかけるつもりは……」

「良いのです。わたくしが交渉してまいりますわ」


 私は笑顔で答えると、叔父様は深い溜息をついて頷いた。


 私は、シシリーのエスコートで馬車から降りる。


 (さて、久しぶりに王女モードのスイッチを入れますか)

 

 その姿を見たランディス公爵令嬢は、すぐにこちらに駆け寄ってきた。


「貴女がリサ様ね」

「――お初にお目にかかります、ランディス公爵令嬢様」


 見事なまでのカーテーシをすると、公爵令嬢が少し怯んだ感じがした。

 側に立っていたノルバース様や、馬車の御所台にいた人達、数人の騎士様も息を呑んで見つめている。


 (うちのマナーの先生にも褒められているカーテーシですもの。そこいらの令嬢よりも美しい所作なはずだわ)


 私は頭を上げると、にっこり微笑んだ。


「わたくしに何かご用でしょうか?」

「――はっ!貴女、陛下のプロポーズ、断りなさい!」


 呆気に取られていた公爵令嬢は意識を取り戻すと、私に詰め寄ってきた。


 シシリーがすっと私達の間に立ち、近づけすぎないようにしてくれている。

 

「――まったく、お行儀の悪いお方だ」

「シシリー」

 背筋が凍るほど冷たい目と言葉で、威圧しているシシリーを、私は止めに入る。


 (やりすぎたら話どころではなくなるわ)


 シシリーは、あの完全無欠のラファエルお兄様も一目置くほどの私の侍女だ。

 普通の令嬢を威圧のみで、震え上がらせる事も簡単だ。


「はい、お嬢様」

 シシリーは一歩退くと、私に頭を下げた。


「――公爵令嬢。陛下の御心はどうなのか、わたくしが知る由もありません。何かを意図されて、そうされたのかも。直接お話されたらどうですか?」


 私の言葉に、公爵令嬢はかっと真っ赤になって、睨みつけてきた。


「それが出来れば、貴女に関わってなんていないわよ!」

 目の端に涙を浮かべて叫ぶ姿は、とても必死そうで。


 ちらっとノルバース様を見ると、深い溜息をついているように見えた。


 (どうやら避けていらっしゃるようね……)


 私に突然求婚した理由は、この公爵令嬢の事があるからかもしれない。

 どうやら、陛下は彼女の事が苦手なようだ。


 (だと言って避けてばかりいても、お互いよくないと思うわ……)


 私は、公爵令嬢を見つめて、優しく諭すように言う。

「――それでは、ご一緒されますか?今から王族の別荘地へ向かうところだったのです。陛下が来られる保証はありませんが、温泉地らしいので、宿屋もあるのではないでしょうか?」


 私が勝手に、王族のお城へ泊まらせることはできない。

 あちらの使用人達も困るだろう。

 だから敢えて行き先を明確に伝えることにした。


 ノルバース様や、周りの騎士様達はぎょっとした顔をしている。

 まさか私が一緒に行くなどと、提案するとは思ってなかったのだろう。


「――いいえ、結構ですわ。わたくしは、次のお茶会を待つことにします」

 公爵令嬢は、きっぱりとそう言うと踵を返した。


 (何だろう?プライドを傷つけたかしら?)


 シシリーの方を見ると、苦笑いを浮かべている。


 下に見ていて私から、施しをうけるような印象を与えたのかもしれない。


 (引き下がってくれるなら、良いのだけど)

 

 公爵令嬢は、自らの馬車へ乗ると去って行った。


 (まるで嵐のような人ね)


 私は溜息をついて、先程の馬車へ戻る。


「いやー、ヒヤヒヤしましたよ、リサ様」

「――勝手に申し訳ございません」

「いえ。私だけでは、引き下がってくれなかったでしょうから」

 馬車に乗り込んできたノルバース様はそう言うと、再び馬車は出発した。


 (これでよかったのかしら?)


 公爵令嬢が突撃してこないなら別荘地に行く必要もない気もするけど、温泉は何気に楽しみにしていたので、このまま向かう事にしたのだった。

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