第4話 王女様は彼の国でマグノリアの魔法を見る

 今日は朝早くから起きて、お風呂に入り、朝食後、馬車に揺られている。


 昨夜は、3人でディナーを食べたまでは記憶にあるけど、その後の記憶はあまりない。


 (魔法の使いすぎで寝てしまうなんて、いつぶりかしら……)


 無尽蔵にある魔力が、底をついた途端に眠気がやってくる。

 そして翌朝には、また満タン状態――のはずが、感じ的には95%くらいかな?


 マグノリアを出て、3日目。


 朝から、シシリーにお風呂に入れてもらった。

 このお風呂のお湯が良い匂いがするのと、魔力回復薬が混ぜられているらしい。

 ほぼ全快というところまで回復していた。


 (マグノリアにいる時には気づかなかったけど、魔力を回復させてもらえていたのね……)


 変化の魔法を使っている今は、魔力を常時使っている。

 しかも認識誤認魔法と並行して使っている今は、わりと消費しているようだ。

 だが大きな魔法を使わなければ問題ないはずだ。


 こうやって馬車に乗るのも久しぶりだ。

 マグノリアでは、ほとんど乗る機会がないのだ。


 (転移魔法は、便利だけど――魔力の消費が激しいから、仕方ないわ)


 それにいつもと違う事をしているというのは、なんとなく旅をしている気分にさせてくれる。


「ついたよ、フラン」

 アリソン叔父様とリアナに連れられてやってきたのは、リルバー商会。

 叔父様の店だ。


 オーナーとその娘一行がやってきただけに、店の前にはずらっと従業員達が並んでいた。

 リアナに倣って頭を下げてから、中へ入っていく。

 店舗の1番奥、貴賓室のような部屋に通された。


「ドレスはすぐに持ってこさせよう。リアナ、頼むぞ」

 アリソン叔父様はそう言うと、店の従業員と部屋から出て行った。


「お父様はついでに仕事を片付けるらしいから、終わるまでゆっくりしましょう」

「ええ、分かったわ」


 従業員がお茶を用意してくれ、出してくれたお菓子に目を輝かせていると、ドレスが大量に持ち運ばれた。


「――フラ……リサは、この色の系統の方が似合うわね。この系統で用意してくれますか?」

「――畏まりました、リアナお嬢様」


 従業員達が、次々とドレスを持ってきてリアナに渡す。

 リアナは私の肌色や髪色、瑠璃色の瞳(今は魔法発動中)に会わせて、首を横に振ったり、寸法を確認したり忙しそうだ。


 私は、リアナが活き活きと働く姿を見て、何となく嬉しくなった。


 小一時間ばかり、そんな時間が過ぎていった。

 

「ドレスはこれと、アクセサリーはこれで。ふう、あとは少し寸法直しをお願いできますか?」

「はい、勿論でございます。出来次第お屋敷の方へ」

「はい、頼ます」

 

 従業員達は、一礼をして部屋から出て行った。

 寸法は、既にシシリーから情報をもらっていたらしく、スムーズに進んでいく。


 部屋には、リアナとシシリーの3人だけになった。


「ふう」

 私は認識誤認魔法を解いて、お茶を飲んだ。


「お疲れ様です、リサ様」

「リアナ、様は無しって言ってるでしょ?貴方が宗家の娘なんですから」

「ごめんなさい、つい癖で……」

「ふふ、いつも叔父様みたいに愛称で呼んでくれていいのよ?」

「――善処します」


 リアナと2人で笑顔を交わす。


「あっ、そういえば。叔母様の描いた魔法陣は一階の売場に展示されているの。非売品としてね。見に行く?」

「行くわ!」


 私は改めて、認識誤認魔法を使うと、リアナと共に一階の店頭へ出た。


「こっちよ」


 一階も広い造りで、何部屋かに分かれているようだ。

 リアナに連れられて行った部屋の先に、壁一面に紙に描かれた魔法陣が並べてられていた。


「うわあ」

「ふふ、凄いでしょ。私も少し見てくるわね」


 リアナは、売り場担当の従業員と話し始めたので、ゆっくりと店内を回ることにした。


「これが、お母様の……」

 部屋の1番奥。

 額縁に入った、紙に描かれた魔法陣。

 微弱だけど、お母様の魔力を感じる。


 つーっと頬に涙が伝う。


 記憶にあるのは優しく強かった母。

 いつも笑顔で。

 どんな事があっても、母は弱音を吐かなかった。


 (私を精一杯愛してくれていた……)


 懐かしさと、切なさと。

 もう会えない事が。


「はい、ハンカチ」

「えっ?」


 差し出された真っ白のハンカチを見つめる。


 私は人目につかないはずだ。

 何をしていても。

 なのにこの人は私を認識して、ハンカチを渡してきた。


「あ、ありがとう」

「ん」

 慌てて返事を返すと、青年はにっこり微笑んだ。


 (何、この違和感)


 動作は至って普通で。

 なのに違和感が拭えない。


「受け取らない?」

「あ、ごめんなさい」


 慌ててハンカチを受け取ろうと、青年の手に直に触れてしまった。

 その瞬間、青年の本来の姿が見えた。


 (何、これ)


 艶やかな黄金の髪、そして瑠璃色の瞳。

 精悍で、とても男性とは思えない中世的な綺麗な顔立ち。

 一目で恋に落ちる女性も多い事だろう。


 (綺麗な人、だわ)


 一瞬見惚れてしまったが、手が離れると、霞んだ色の髪とそばかすだらけの顔に変化する。


 (これはマグノリアの変化の魔法だわ)


 近くに魔法使いがいる――。

 遠く離れたこの国にいるなんて。


 (お父様もお忍びでくるぐらいだから、こちらにいてもおかしいことではないわ)


 そして魔法をかけた相手は、私より力が下。

 だから私は、彼の本来の姿が見えてしまった。


 (マグノリアの直系である私より強い魔法使いなんて、早々いないわ)


「それじゃあ」

「あ、あの!」


 思わず彼を呼び止めてしまったが、何て話そう。

 マグノリアの魔法を使える人が、貴方の近くにいますか?なんて聞けるわけない。


「は、ハンカチは洗って返します。ですから、お名前を伺っても?」

 取り繕うように私は言うと、青年の顔をじっと見た。


 (うん、腕は悪くないわ。直視しても綻びが見えないもの)


 まだ見ぬ魔法使いに、私の興味をそそられた。


「エランだ。そう言う君は?」


 変化の魔法が使われているのだから、名前も偽名だろう。


「リサです。あの、いつもこの時間に此方に?」

「……ああ。毎日来ているわけではないが、あの魔法陣が綺麗だなといつも思って」

「わ、私も。初めて見たのに、何だか懐かしくて……」


 私はそう言うと、俯いた。


 (涙を見られたのですもの。それ相応の言い訳は必要だわ)


 そう思うと何だか恥ずかしくなってきた。


「エラン」

「リサお嬢様」


 それぞれに呼ばれた方を振り向く。

 シシリーが側に来ており、青年に頭を下げていた。


 エランと呼びかけた青年を見ると、深く帽子を被っていてよくは見えないが深い蒼い色の髪と瞳の青年だった。


 (きっと、彼だわ)


 マグノリアの魔法使い。

 こんな所で同胞に会えるなんて。


「どうやら連れの用事が終わったようだ。それではリサ嬢。また」

 エランはそう言うと、手を挙げてそのまま去っていった。


「何があったのです?お嬢様」

「マグノリアの同胞だわ、彼」

「えっ」

 私の言葉にシシリーは驚いた表情を見せる。


「あ、連れの彼の方よ。エラン様から感じた魔力と同じものを発していたから」

 青年は目立たぬよう、認識誤認魔法を使っていた気がする。


 だけど、一度認識してしまえば。

 魔法の効力は落ちてしまう。

 次回会えば、きっとわかるだろう。


「――お嬢様。お気をつけください。彼らは私達と何度も会えるわけではないのですから」

「――わかってるわよ」


 そう、この時は。

 何度も顔を合わせる事はないって。

 そう思ってた――。

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