第2話 王女様は兄達のシスコンを知る

「おや、フラン」

 柔らかな笑みを浮かべた、リヒトお兄様が目の前にいる。


 転移魔法で移動した先は、リヒトお兄様の執務室。

 まだ朝早く、書類を取りまとめていたようだ。


 私はリヒト兄様に飛びついた。

「聞いて!リヒト兄様!ラファエルお兄様が、お母様の国へ行って良いって!」

「へえ、ラファエルお兄さんが許すなんて、フラン、どんな手を使ったの?」

「何もしてないわよ、私」


 リヒト兄様の言葉に、私は思わず頬を膨らます。


 リヒト兄様は、ラファエルお兄様とは違った意味で男前だ。

 ラファエルお兄様の美しさは欠点がなく、神々しすぎてあまり人間味がないように見えるけど、リヒト兄様はそれを少し甘くしたような顔立ちで、髪色さえ違わなければ、2人はよく似ている。


 ラファエルお兄様の髪色は、お父様譲りの白金で艶やかで腰まで長いのに対して、リヒト兄様の髪色は王太后様譲りの夜を思わすような深い紺色。

 本人は髪色を気にしていて、短くしている。

 

 そして距離感も、ラファエルお兄様には身構えてしまうけど、リヒト兄様はもっと身近に感じる親しみやすさがある。


 そういったわけで私が相談するのは、まずリヒト兄様から。

 最終判断は、ラファエルお兄様になるのだけど、どういう言い方をすれば通りやすいとか、的確なアドバイスをいつもくれる。


「あのシスコンのラファエル兄さんがねぇ」

「はっきり言われたわよ?指輪もくれたし」

「指輪?」


 ラファエルお兄様から頂いた指輪をリヒト兄様に見せると、兄様は目を細めた。


「これは――何ともまあ……」

 その後破顔した兄様は、ごめんと言いながら笑い続けている。


「やっばり、兄さんだわ。こんなガチガチに自分の神力込めてるなんて」

「――やっぱり、そう思った?」

「思うさ。なんというか独占欲の塊?」

 そう言いながら笑い続ける兄様は、私にガーネット石がついたピアスを見せた。


「じゃあ、僕はこれだな」

「――これも、兄様の力を感じるわよ?」

「まあそう言わずに、フラン、つけてみてよ」


 そう言うと、兄様はすっと手を挙げ、私の両耳に魔力を使いピアスをはめた。

 そして満足そうに微笑んでいる。


「うん。これで悪い虫もつかなくなった」

「――虫って何よ」

「フランも年頃だからね。変な男に捕まったら駄目だからね?」

「――そんな奇特な人、いないわよ」


 お兄様たちには、よくお転婆と言われている。

 17歳なっても木登りも得意だし、剣術も体術も神力を使った魔法でも、そこいらの男性に負ける気はしない。


 そんな私に言い寄ってくる奇特な男性なんて――。


(この世界で、簡単に見つかるわけないわ)


「そんな事言って――グリフィスがいるじゃないの」

「――彼は単なる幼馴染よ?」


 グリフィスは私と同い年で、常に私の後ろについて回るような子だった。

 学園を卒業して、リヒト兄様の元で働きだしてからは、会った回数は少ない。

 だけど、彼はこの国の公爵の息子で。

 何となく、ラファエルお兄様はグリフィスと結婚させたがっている気がしている。

 素の私でいられる分、気を使わなくても良いとは思うけど……。


 (物語に書かれているような、ドキドキ感はないわね)


 良いところも悪いところ、お互い知り尽くしていて。

 異性として見れるかと言われれば、疑問に思うこともある。


「彼、頑張ってるよ?」

「知ってるわよ。兄様の元で働き出してから、ほとんど会ってないもの」


 同じ王宮内にいても、私は居住スペースにいることが多いし、グリフィスは職場スペースにいるからか、偶然でも中々会う事はない。


「ともかく、だ。ちゃんと無事に帰ってくるんだよ?フラン」

「もちろんよ、兄様」

 そう言って軽くハグしてから、私は再び転移魔法で自分の私室に飛んだ。



「シシリー!行けるわ!」

 私室にいるはずの私専用の侍女の名を呼ぶ。


「はあ、よくラファエル様が許しましたね……」

 漆黒の長い艶やかな髪を1つに無造作に束ね、大きな漆黒の瞳の美女――シシリーは腰に手をあてて溜息をついた。

 背も高く、私の護衛騎士も兼ねている為、常に帯刀しているが、彼女は魔法も使える魔法剣士兼侍女だ。


「多分、あの2人が原因だと思うの」

「ああ、フレイド姉妹ですか。確かにお嬢様への八つ当たりが酷かったですからね……」

「それに関しては、ラファエルお兄様も悪いと思うのよね……」

「そうですね……」


 私達2人は、そう言うと溜息をついた。


 (私が戻ってくるまでには解決していたら良いけど)


 それもきっと、ルカ様次第。


「2週間って言われてるから、行くわよ!シシリー!」

「えっ、もう行くのですか?お嬢様、少しお休みになられては?」

「そんなの中継点で休めば良いのよ!」


 転移魔法で行ける距離は限られていて、無尽蔵に魔力があるといわれている私でも、2回は中継地点を挟まなければ、お母様の祖国には辿りつけない。

 もし馬車で行くことになれば、1ヶ月以上かかる距離だ。


「はあ、分かりました。すぐに準備します。お嬢様も大層なドレスは脱いで軽装に」

「分かってるわ!」


 ドレッサー部屋からお気に入りのワンピースを2、3着、魔法で取り出すと、さっとカバンに詰めた。

 もう1着は、魔法でさっと着替えてしまう。


「――あちらの国ではそれ、やらないで下さいね。変化の魔法を常時かけることになるのですから」

「勿論、そのつもりよ!」


 この紫紺の瞳を隠すため、彼方の国では常時瞳の色を変える魔法と、存在感を消す魔法を使うつもりだ。


 遠く離れた国とはいえ、私の絵姿なんてあったら、身バレして即ラファエルお兄様に強制送還されてしまう。


「ふふ。楽しみだわ!」

 私は期待に胸を膨らませて、準備に取り掛かるのだった――。

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