第1話 王女様は母の祖国へ行きたい

 マグノリア王国。

 周りを海に囲まれ、神の島と言われている。

 選ばれ者しか、その土地には行けないし、住めないとされている。

 

 国王となるものには、必ず自らに従う神獣がいるという。

 つまり王族へ産まれようが、神獣を持たなければ王位は継げない。


 島の人々の目は紫紺。

 神秘的な色に、皆惹かれ、ひれ伏す。

 魔力がこの瞳には宿っており、うっかり島の外で命を落とすものなら、死体さえも人買いに取引されてしまうという。


 そんなおどろおどろしいことを聞かされて育った、私はフランローズ=マグノリア。

 だけど、好奇心旺盛な私はそんなことで怯まない。

 

 国名が名乗れるのは、王家の者のみ。

 つまり、この私はこのマグノリア国の第3王女だったりする。


「お願い!お兄様!お母様の祖国へ行ってみたいの!」


 何度も何度も、お願いしては却下され。

 それでもめげずに、兄に言いよる。

 毎日の日課のようなやりとり。

 使用人達は、またか……といった様子で何事もないように給仕を行なっている。


 今は朝食の席。

 1番上座に座っているお兄様は、長い白金の髪をかきわけると、深い溜息をついた。


「はあ、分かったよ、フラン」

「えっ!?」


 まさか了承を得れるとは思ってなかった。

 毎度毎度、頼み却下される――一連の流れを想像していた私は、その返事に呆気に取られた。


「ただし」

 

 お兄様はそういうと、懐から指輪を取り出した。

 我が国の紋章、火の鳥をあしらったガーネットの指輪。

 離れたところでもわかる、お兄様の魔力込められているのは一目瞭然だった。


「これを必ず身につけていること。この紫紺の瞳を持つものは狙われやすい。常時変化の魔法をかけること。侍女はスカーノを。あとは期日は2週間だ」


 お兄様はそう言うと、極上の笑みを浮かべた。


 私の向かいに座る、2人組の女性から悲鳴にもにた声が上がる。


 3日前からいるお兄様の婚約者候補。

 海を渡ったプレッゾ国という他国やってきたフレード国公爵の達、姉妹――特に姉の方から、殺気を感じる。


 (そんなあからさまにしなくても、良くないかしら)


 お兄様は神の化身ではないかと言われるほどの、美男子だ。

 とびきりの美形。

 普段、あまり緩んだ顔を見せない人が、私に対しては甘々で。

 母親が違うから、半分しか血は繋がっていないけど、いつも親切にしてくれている。

 他の兄姉も、お兄様のお母様である王妃様もとても親身に、本当の家族のように私に接してくれていた。

 正妃の子供、お兄様の妹達は、この紫紺の瞳は引き継がれなかった。

 その為、他国に嫁いでいった。


 前国王であった父親が亡くなり、その後を追うように私の母であった側妃も亡くなり。

 今この国に残っているのは、1番長兄で国王になったラファエルお兄様、次兄で公爵になったリヒトお兄様、私の弟であるヒカリだ。


 島ではなく、別の大陸から嫁いできた母。

 お忍びで王妃様とともに遊びに行った地で、母を見初めた父。

 王妃様公認で、側妃になった母。

 そんな母の祖国を見てみたい。

 外の世界に行ってみたい。

 長年の夢が叶うのだ。


 紫紺の瞳を持つ私は、他の国には嫁げない。

 私の身の安全の為に。

 世界の均等を壊さない為に。


 そして彼女の激しい嫉妬に、私は困惑し疲れていたので、いつもより縋るように今日はお願いしたわけだけども。


 お兄様が連れている龍の神獣に気に入られて、やってきた姉妹。

 恐らく、妹のほうだと思うのだけど、姉の方が気に入られたと思って過ごしているのがよく分かっている。


 (お兄様はどうされるおつもりなのかしら?)


 姉のアリス激情型。

 妹のルカは、おっとりしていて物静かだ。

 側から見ても、姉が妹を虐げているのは分かる。

 

 (全てをわかっていて、放置されているのだろうけど……)


 お兄様のことだ。

 何か考えがあるに違いない。

 お兄様は神獣とも会話することが可能だ。

 つまり自分が選んだのが、どちらかなんて分かっているのだ。

 それなのに放置している。

 放置しすぎてる気もする。


 (私としては役得だけどね)


 この姉妹の登場により、外の世界へ行けるようになったのだから。

 2週間、外に出ていろということは、その間にこの2人の事も決着をつけるつもりだと思うけど。


 (あとはリヒトお兄様ね)


 長兄のラファエルお兄様の次は、リヒトお兄様。

 彼も過保護だけど、もう少しラファエルお兄様よりは緩いはず。


「ありがとう、ラファエルお兄様」

 私が笑顔を浮かべてお礼を言うと、お兄様は満足したように立ち上がる。


 姉妹も2人とも立ち上がったけど、お兄様に手で制されてしまった。

「2人共、そのまま朝食を続けてくれ」

「「はい、ラファエル様」」


 2人は、お兄様が部屋を出ていくまで頭を下げていたけど、姿が見えなくなった途端、音を立てて椅子に腰掛け直した。


「あんたなんか、戻ってこなければいいのよ」

 ぼそっと聞こえた声は、姉のアリスの声。


 私は苦笑いを浮かべて、アリス様を見た。


「――私が戻ってくるまで、この城にいれたらいいですね?アリス様」

「なっ!?」


 真っ赤な顔をして私を睨みつけているアリス様を、ルカ様は慌てて止めに入った。


「お姉様、おやめ下さい!」

 あまり大声を普段から出さないだろうルカ様。

 目いっぱいに涙を溜めて、決死で止めようとしているのが伝わる。


 (少し意地悪を言い過ぎましたわね……)


「ふん!せいぜいこの箱庭から出て苦労すればいいわ!」

 アリス様は鼻息荒く、部屋から出て行ってしまった。


「――フランローズ様、お姉様が失礼な事を……」

 唇を震わせて、ルカ様は頭を下げた。


「いえ、わたくしが、意地悪を言いすぎたのです」

「そんな!元々悪いのはお姉様で……」

 最後のほうは、消え入りそうな声だった。


 私は1つ溜息をついてから、ルカ様に向き合った。


「ルカ様。遠慮ばかりしていたら、欲しいものは手に入りませんよ?」


 私の言葉にはっとして、ルカ様は顔を上げると消え入りそうな声で呟く。

「わ、わたしなんて、ラファエル様の隣に……」


「やってみないうちから、諦めるのですか?わたくしは、駄目だと言われても、何度もラファエルお兄様にお願いしましたわ。そして夢が叶いそうです。ルカ様はどうされるのですか?」

「わ、わたくしは……」


 その言葉きり、ルカ様は再び俯いてしまった。


「ふう――わたくし、またルカ様に会える事を楽しみにしていますわ。それでは、わたくしは次兄のリヒトお兄様の所へ行ってまいります」


 私立ち上がり、意識を集中させる。

 転移魔法を使って、リヒトお兄様の元へ行く為に。


「わ、わたくしも!フランローズ様に再びお会いできることを心待ちにしております……」


 転移魔法が発動するかしないかのところで、ルカ様の声が聞こえてきた。


 私はにっこり微笑み、魔法を発動させた。

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