第48話 竜胆からの贈り物
「さあ、顔をあげろ。そして俺が君のために選んだ着物をまとった、可愛い君の姿を見てくれ」
竜胆に促されて、鈴はおそるおそる顔を上げる。
――鏡に映っている自分は、先ほどとは別人だった。
白に近い淡い水色に伝統的な古典柄や縁起物の吉祥文様、そして蝶と淡紫の藤が施された振袖は、竜胆が異能で作り出す氷の世界を切り取ったかのごとく静かな華やかさがある。
(髪の色も、私も、なにも変わってないのに……どうしてだろう?)
この振袖をまとっているだけで、まるで竜胆に守られているかのような安堵感を覚えて、息がしやすくなったではないか。
(もしかして、竜胆様が選んでくれたから?)
今まではたくさんの着物がある中から、呉服屋の女将さんが主導でいろいろな着物を見せてくれていた。しかしこの着物だけは、竜胆が選んでくれたものだ。
目をぱちくりしている鈴に、竜胆は鏡越しに微笑みかける。
竜胆の瞳には、己の神気をまとっているなににも代えがたい番様の、可愛らしい姿が映っていた。
竜胆は手ずから選んだ淡い青と紫色の花々が咲き誇る髪飾りを、鈴の結われていた髪に挿す。
「初夏の淡い色合いが君を引き立てていて美しいな。『婚約の儀』では、ぜひこの着物を着てほしい」
「……はい」
愛おしげに鈴だけを見つめている竜胆の褒め言葉に、鈴はいてもたってもいられなくなってうつむこうとしたが、そうしたいのをなんとか押しとどめると、頬を染めて唇をきゅっとつぐむ。
氷晶の異能を操る〈青龍〉であり、涼しげな青い双眸が印象的で美しい竜胆。
その隣に立つ自分の灰色の髪も、こうして見ると氷のような色合いで悪くないように思えてくるから不思議だ。
「いい返事だ」
竜胆は満足そうな様子で頷くと、「普段着もいくつか見繕いたい」と女将さんへ声を掛けた。
それから……小一時間が経過しただろうか。
客間の風景は随分と様変わりしていた。
「そうだな、あとはこちらの――」
「はい、こちらもですね。ありがとうございます」
鈴は、「あ、あのっ」と声を上げる。
「竜胆様、もうお着物は十分では……?」
普段使い用の着物から明らかに高価そうな振袖まで、すでに部屋には多くの購入予定の和服が積み重なっている。
合わせて買うことになった帯や下駄、髪飾りなどといった一式まで含めたら随分な量だ。
「こんなに買っていただかなくても、一枚ずつあれば私はそれで……」
(今までは日菜子様の着物のお古や、お下がりの制服を何度も手直ししながら生活してきたし……)
だから、竜胆の番様としての狭霧家の格式に合わせた普段着と、『婚約の儀』で使用する振袖が一枚あれば、あとは制服でもやっていける。
「いいや、足りないくらいだ」
眉間にしわを寄せて、竜胆が首を振る。
「四季幸いをもたらす十二神将は青龍の番様である君に、季節折々の花々が彩る着物をまとわせないなど……〈青龍〉としてのプライドが許さない」
「で、ですが、あまりにも高価すぎて、私が着こなせるようなお品物では……っ」
「高価? これくらいなんてことない。今までどれほど俺が君を飾り立てる機会を渇望していたか、君は知らないだろうが――」
竜胆は鈴を抱き寄せ、悪魔のように艶やかな顔で囁く。
「男が衣服を贈る意味をよく考えた方がいい」
「……へ?」
「それくらい、君を求めているということだ」
疑問符をいくつも頭上に浮かべる鈴に対し、竜胆は長い睫毛に縁取られた双眸を美しく細めた。
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