第27話 夢幻の逢瀬
(彼女の霊力を奪い、魂の存在を完全に消失させるほどの儀式をしたに違いない。でも……いったいなぜだ? なぜ、わざわざ神々から遠ざける必要がある?)
あの時の春宮家の第一印象を、ひと言で表すならば『傲慢』である。
そんな家が、わざわざ霊力の高い巫女候補を二度も神々から隠そうとする理由がわからない。
隠さずにいれば、彼女はじきに春宮家にさらなる栄華と莫大な富をもたらすだろう。
(傲慢な春宮家なら、喉から手が出るほどに欲しい要素をすべて持って生まれた娘。――そのはずだ)
竜胆はあれこれと考えてみるが、人の子の欲望は多岐に渡る。幼い自分では経験が浅く想像もつかない。
悔しいが、一度推理を諦めることにした。
(家族になにかされたのか? と聞くのは簡単だが、残酷な儀式だとしたら……。…………今はまだ、夢だと思っていた方がいい)
成長するにつれて『あれは現実だった』と、〝夢〟ではなく〝記憶〟として思い出すかもしれない。
けれども、それはきっと彼女の心がもう少し大人になり、堪えられるようになった時だ。
(彼女を追い詰める存在にはなりたくない)
竜胆はそっと口元にあたたかい微笑みを浮かべて、心細そうな彼女を見つめる。
「ここは見ての通り、ただの神社だ。君の家の近くかもしれない」
竜胆は彼女をこれ以上不安にさせまいと嘘を吐いた。
創造途中の己の神域に瓜ふたつの空間ではあるが、ここは夢幻の精神領域。
神域に〝神隠し〟できたわけではないので、彼女の意識を翌朝には返さねばならない。
もしも彼女が家族に内容を喋ってしまっても、『どこかの神社の夢を見た』くらいならば、『もしかすると十二天将宮の加護があったのかもしれない』と思われる程度だろう。春宮家に警戒されるおそれは低い。
「……自分の名前は覚えているか?」
真名とは言わずにあえてそう問うと、少女はふるふると横に首を振る。
「名前、は…………わかりません。失くしたのかも……」
「失くした?」
(まさか真名を奪われたのか!?)
真名の剥奪は、相当な重罪を犯した者の魂を縛りつけ従属させる刑罰だ。
彼女がなにか犯したとは百パーセント考えられないし、それ以上に幼い少女に行う処罰ではない。
「私が、先に産まれたせいで。……わ、私にも、名前がちゃんとあったはずなのに……」
彼女は大きな瞳いっぱいに涙を溜める。
「お、お母様がつけてくれたのに。お母様が、わ、私のために考えてくれた、大切な名前だったのに……なくなっちゃった……!」
悲痛な面持ちで双眸からポロポロと大粒の涙を零し始めた少女は、小さな両手で顔を覆った。
「…………っ」
竜胆は、穏やかな微笑みを見せてもらうどころか、目の前で大切な番様を泣かせてしまったという衝撃に打ちのめされ、どうしたらいいのかわからず狼狽える。
「だ、大丈夫だ。名前も、僕がきっと見つけてみせる。だから……泣かないでくれ」
零れる涙を一生懸命に拭う少女の手の甲に、竜胆はそっと、自分の手のひらを添える。
「う、……ぐすっ…………ふう……う…………っ」
(ああ、そんなに涙を溢れさせていたら、綺麗な瞳が溶けそうだ)
指の腹で優しく拭っても、それでも次々にポロポロと零れ落ちる大粒の涙に、竜胆も困り果てるしかない。
(彼女の涙を止められる方法はなにかないのか)
頭を悩ませていると、思いのほかすぐにその方法を考えついた。
竜胆は自らの着物の懐に手を入れて、小さな巾着袋を取り出した。伝統的な織物を使った古風なそれには、きらきらと輝く色鮮やかな金平糖が入っている。
神世で有名な老舗和菓子店の代表作である、珠玉の逸品。
普段から頭脳や神気を酷使する機会が多い竜胆が、神として目覚めた後もなんとなく欲してしまう甘味である。
神世で作られたものだが、原材料の産地は現世だ。この場所は夢の中なので、肉体が直接摂取するわけでもない。彼女が食べても問題ないだろう。
巾着袋を開くと、残りは三つだけだった。
こんな時に、と眉根を寄せてしまうが仕方がない。
「手を」
竜胆は涙に濡れていた彼女のこぶしをそっと目元から下ろし、手を添えてゆっくりと開かせる。
巾着袋から彼女の手のひらの上にころんとまろび出た砂糖菓子を見て、彼女は涙に濡れた睫毛をぱちくりとさせた。
「……こ、これは……?」
「金平糖だ」
「金平糖……?」
「砂糖で作られたお菓子と説明したらわかるか?」
「は、はい。……お星様みたい。初めて、見ました」
彼女は不思議そうな表情で手のひらの上の金平糖を見つめる。
「食べてみるといい。少しは元気になれるはずだ」
竜胆は彼女の手のひらからひと粒を摘み、彼女の口の中にころんと放り込んだ。
「んっ。…………わあっ、甘い……っ。美味しい、です……!」
とっさに唇を閉じた少女は、舌の上にじんわりと広がる甘さに感動したのか、涙の残るきらきらと瞳を輝かせながら竜胆を見上げる。
(ころころと変わる表情が可愛いな)
夢幻の中で金平糖の味が伝わったことを不思議に思いながらも、どうやら泣き止んだ様子に竜胆は安堵する。
そして己の番様のあまりの愛おしさに、思わず微笑みを浮かべずにはいられない。
「……こんなに美味しいものを、私がいただいても、いいのでしょうか……?」
「ああ。たった三つだけだったが」
「そ、そんな、ことないです。あとふたつもあるなんて……! ありがとう、ございます」
少女はまるで稀少な宝石でも渡されたかのように金平糖を見たかと思うと、震える声で竜胆に感謝を伝えた。
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