第25話 春宮家


「事情聴取の際にお前の両親から、『先月の十二天将宮への参詣さんけいから、なにかに取り憑かれたみたいに根を詰めるようになった』と聞いた。参詣に同席した使用人からは、『七五三詣でに来ていた春宮家の者に会った』とも」

「どこから春宮家へ情報が漏れるかわからないので、あえて誰にもなにも伝えていなかったのですが……バレていた、と」


「いいや。懸念するような意見は散見されなかった。使用人たちにはお前の神としての能力を評価する意見が多く見られたが、『危険だ』と我々の前でわざと悪評を立て不必要に騒ぎ立てる者もいた。彼らは内部対立に勤しむばかりに、誰も真実には到達していないようだったな」


「そうですか。それはなにより」

「だが……。神域をどうこうしようとしていたのなら、同じ神ならば想像がつく」


 つまり六合の推理の結果、というわけだろう。

 それは神のみの入室が許されている狭霧邸の禁書蔵に、竜胆の許可なく六合が踏み込み、開かれていた禁書の数々を読まれたことを意味していた。

 竜胆が六合をぎろりと睨み上げると、「そう毛を逆立てるな。この件は誰にも伝えていない」なんて、野良の子猫にでも接するかのごとく彼は横に首を振った。


「……それで? 六合上級刑務官殿はなにが仰られたいので?」

「私が神嫁にと望んだ〈六合の巫女〉が輿入れしたのは、――春宮家だ」

「……春宮………………」 


 大きく双眸を見開いた竜胆の瞳孔が龍の如く縦長に開き、きゅっと狭まる。

 竜胆の頭の中ですべてが繋がった。

 春宮家の家系図にあった直系長子の鬼籍に入っている壱ノ妻こそ、無理やり輿入れさせられた〈六合の巫女〉。

 その〈六合の巫女〉の壱ノ姫こそが、他の家族から不当な扱いを受けていた〈青龍の番様〉であると。


 そして強い確信が生まれる。

 彼女はなんらかの形で、意図的に神から隠されているに過ぎない。


(――彼女は、まだ、生きている)


 一縷いちるの希望を見出すと同時に、ふつふつと沸く怒りから、龍神の青い瞳が手負いの獣のように爛々と輝く。

 溢れ出す強い神気に黒髪がふわりと浮き上がり、膨張した神気が執務室内に張られていた結界の壁に触れて、バチバチと音を立てた。

 そんな竜胆を見て、さすが現存する十二の神々で最高峰の神格と謳われるだけのことはあるな、と六合は胸の内で冷静に判じる。


「……運命が。番様と成りえる人の子の存在が、お前を強く気高い神にする。そして衝動的な本能こそが神の証であり、また人の子とは一生理解しあえない部分なのかもしれない。……だが」


 六合は金色の双眸に遠い日の憂いと憧憬を滲ませる。


「私はお前の神としての生き方を、羨ましく思う」


 かちり、と時計の長針が静かに十八時を指す。『特殊区域監査局』から釈放される時間が迫ってきていた。




   ◇◇◇




 竜胆は定刻通りに釈放されたものの、一度堕ち神となった神として、今後三ヶ月に一度のペースで『特殊区域監査局』に召喚されることになった。

 現段階で堕ち神と化す傾向がないかの面談と、精神や肉体に蓄積された穢れの侵蝕と深度の検査が主だそうだが、要は討伐対象として認定すべきかどうか、『特殊区域監査局』がいち早く判断するための監視が目的だ。


 数年後には半年に一度、一年に一度、三年に一度のペースとなるだろうという話ではあったが、億劫である。

 しかも一度堕ちた神へ適用される罰則として、〈神巫女〉が見つかるまでは十六歳以降も〈準巫女〉を伴わずに現世に降り立つのは禁止されてしまった。

 法で定められているとはいえ、事故と判断された今回の件にも適用されるとは。

 彼女が『巫女選定の儀』の会場にいなかった場合、最悪の未来が待っている。

 竜胆は恨みがましい視線を六合へと向けたが、六合は「また三ヶ月後に会おう」としか答えなかった。


 その後。狭霧本家の邸に帰宅し、神気と瘴気の暴発で負傷させてしまった者達に謝罪をした竜胆は、再び最近の根城である禁書蔵に引きこもることにした。


 禁書蔵の外だけでなく蔵内もさぞ変わり果てた姿をしているだろうと思われたが、過去の〈青龍〉が張った神域に近い結界のおかげで、ほとんどが無傷だったことには驚くしかない。

 竜胆は今からしようとしている禁術の記されている禁書を急いで探し出し、支度を整えると、六合の見よう見真似で強固な防音結界と守護結界を張る。


(……一刻も早く、真実を突きとめたい)


 準備は万端だった。


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