第24話 奪われた巫女


「ああ、そうだな。本当にただの一般的な家庭だったのなら、まだ良かったのかもしれない。だが彼女の生家は古くからなる大地主で、しかし巫女見習いを輩出した経験のない、現世における由緒正しい名家だった。霊力は名門校への入学資格程度にしか捉えておらず、巫女見習いとしての授業も花嫁修行と考えていたらしい」


 六合の脳裏には、初めて彼女の生家へ挨拶に訪れた日に彼女の親族から向けられた恐怖の視線や怯えた悲鳴が蘇る。


「『娘を得体の知れない存在にはやれない』と言われてしまった。……だからだろうな。私は余計に、人間らしくあろうとした。――彼女に釣り合う、ひとりの男になれるように」


 六合は神世に留まらせようとしていた彼女を一度実家へ帰し、婚約期間を設けることにした。神城学園の大学部に通いながら、合間を見つけては菓子折りを持って両親に挨拶をし、彼女との時間を過ごしたのだ。

 あの時。人間らしく振る舞うことに徹さず、もっと早く気がつけたら……手遅れにならずに済んだかもしれない。

 六合は悔やんでも悔やみきれない思いを胸に、目の前に座る幼い神を見つめる。


「彼女の生家は山を含む多くの土地を所有していた。彼女の霊力が目覚めたのは、肉体のない神々、いわゆる土地神や山神の加護を幼い頃から受けるという、特別珍しい環境下で育ってきていたせいだ。土地神や山神は、快く私を受け入れてくれたように思えたが…………ある日、彼女の生家一帯は悪質な怪異に見舞われた」

「え…………」

「彼女が怪異に呑み込まれたことすら悟らせぬ、奇妙な怪異だった」


 竜胆は思わず息を呑む。


「怪異にいち早く気がついたのは、同じ現世に住まう四季を冠する名家。彼らは怪異を封じ、彼女の生家を見事守りきった。そして今後、その土地一帯を守護すると誓ったそうだ。命が助かった彼女の両親は、術者であろうと人間の彼らに『お礼を』と言い――――彼らが望むままに、娘を輿入れさせた」

「…………は?」


 狐につままれたみたいな話だと、竜胆は目を見開く。


「私がすべてを知った時には、彼女はすでに身ごもっていた。そして娘を出産後に、息を引き取ったそうだ」


 六合は胸の内の痛みを隠すかのように、無表情で言い切った。


(……どれほどの後悔と悲しみに暮れたのだろうか)


 すべてが明るみになった時、神嫁にと望んだ愛する〈神巫女〉が他の男に奪われていたなんて。

 予期せぬ政略結婚をした〈六合の巫女〉自身も、『怪異に触れて穢れた身では神嫁にはなれなかった』と、最後にはすべてを諦めてきっていただろうことが想像できる。

 けれど……ひと目、逢えたら、と切ない想いを抱えながら互いに思っていたに違いない。

 しかし、神は婚姻関係のない人の子の葬儀には参加できない。死に目にも会えず、最期のお別れすら伝えられなかっただろう。

 今は上級刑務官と呼ばれ『特殊区域監査局』でも恐れられている長身の美丈夫の想像を絶する過去に、同情せずにはいられない。


「私が人間らしくあろうとせず、有無を言わさず彼女の生家に結界を張り巡らせ、土地神や山神を眷属にしていたら、怪異に見舞われる心配もなかったのかもしれない。…………いや、それよりも。私が神らしく、最初から彼女を〝神隠し〟していたら、あるいは――……」


 付け入られる隙などなかったのに。


「後悔してもしきれなかった。そして、彼女の魂が黄泉路へ消える時……私はようやく本能で理解した。――彼女こそが、私の番様だったのだと」


 ……そう。これは、人間になろうとした自分への罰だ。

 六合は「おかしければ嗤うといい」と自嘲気味な笑みを浮かながら、長い足を組み替える。

 そんなことを言われても、竜胆には嗤うことなどできなかった。


「神が人間らしくあろうとするなど、くだらない。心底馬鹿げている。――今ではそう思う」

「良心的な大人が子供に教える言葉ではないかと」

「六合という吉将神が、青龍という吉将神に伝えているだけに過ぎない」

「物は言いようですか」


 竜胆が唇に排他的な笑みを浮かべると、六合は同じような笑みを浮かべてから眉を下げる。


「大切な番様の手を自ら離し、奪われたのは、……人間らしくあろうとした自分のせいだ。青龍、お前にはそうなって欲しくない」

「………………」

「お前の番様は、春宮家の娘なのだろう?」

「……どうしてそれを」

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