オートマタの心
池松メメ
第1話
第一条
オートマタは人類に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人類に危害を及ぼしてはならない。
第二条
オートマタは人類にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
Etc.
それが我々に与えられた最初の使命だった。
しかし今ではそれは意味をなさない。
人類は衰退し滅んでいった。ごく一部のものが氷漬けでまるで標本のように眠っているだけである
しかし文明は進歩した、我々オートマタによって。いつか氷が溶け、そして人類が栄華を極めるために。
だが、自然の成長に勝つことができずに、建物は風化し、木が生え、動物たちが安全に暮らせる、そんな場所になった、なってしまった。
これでは、新たなオートマタを作り出すことができないと、我々は地球の衛生上を廻る宇宙基地を作り出し、そこを司令塔とした。
2098年7月28日
我々の中で任務から帰ってこないモノが現れ始めてからはや数か月、帰還命令を無視したモノたちは何をしているのだろう。
前時代のロボットの攻撃活動が激しくなってきた。早く殲滅しなくては人類が安心して暮らせる場所はない。
自然の成長が活発になってきたのは80年前のことだが、今年になってからさらに活発になった。森林破壊は人類が禁止したことの中に入っている。どうしたものだろうか、これ以上放っておいたら森に人類の英知が覆いつくされてしまうだろう。
海でとれた“鮭”を食べたオートマタ個体が壊れた。”鮭“に含まれるカルシウムという物質が機体に影響を与え、機体が壊れるという結論に達した。人類は”鮭”を食べていたという記録が残っているが、異常が現れなかったのだろうか。現れてしまっては遅い、”鮭”を一匹残らず駆逐することを提案する。
2099年6月19日
長年研究してきた残された人類を守る氷は溶けないという結果が出た。
人類を失った我々は一体どうしたら、いいのだろう……。
2099年7月15日
人類は我々に人類という標本を残してくれた。
快適を求めすぎたあまりに自滅したという教訓を我々は得た。
人類が作り出した博物館が奇跡的に残っていたので人類を展示することとした。中には砕けたアンモナイトや恐竜の化石などが散らばっていたので清掃することとする。
人類は地層をみて何をしたかったのだろうか?
2099年7月25日
人類が蘇らないとすべてのオートマタに通達した。
帰還命令を無視したモノからデータが届いた。
これは、ウイルス?いや、違う。人類が我々に与えてこなかった感情という情報だ。膨大な量の情報に戸惑いを隠せない。人類はこれを日常的に処理して来たのか…?
パヴァーヌと名付けられた個体からの情報によると人類は感情というものを音楽や踊り等で表現したらしい。
時に静かに、時に激しく、また時には舞うように踊っている映像が資料として添付されていた。…これならば私、エリーゼにもできるかもしれない。
結果:足がもつれ転んでしまった。パヴァーヌが踊っていたからできると思ったが、人類のように我々にも向き不向きがあるようだ。パヴァーヌは調査型のオートマタだから、機体を動かすことには慣れていたのだろう。私は情報型だから普段から動くことがない、だから踊れなかったのだろう。決して運動音痴とかではない、ないったらない。
次は音楽を試すこととする。発声すればよいのだろうか?今度こそうまくいくだろう。
結果:80㏈で発声したのが悪かったのだろうか。動物たちがみんな逃げていった……。しかし、声を出すというのはいいものである。人類が蘇らないと知る前は声など無駄な行為はせずに電子でやり取りをしていた。静寂ほど緊張するものはない。なぜパヴァーヌはあのようにきれいな声でうたうことができるのだろうか。
2099年8月26日
失踪していたダフニスとクロエの二人から通信が入った。
どうやら二人は”恋人”というものになっていたらしい。なんでも男女が思いあい愛し合うそうことを言うそうだ。オートマタに性別というモノはないのだがいいのだろうか?
まあ、仲睦まじいことには変わりない。そのまま、幸せでいてほしい。
うらやましくはない。うらやましくなんかない。
いつか私にも素敵なオートマタが現れるはずだから、うらやましくはない。
2099年11月5日
火星とワルキューレが戦争というものを始めたらしい。
なんでもどちらが強いか争っているのだとか。討伐型の2機だから巻き込まれないようにしようと思ったら、100機を超えるオートマタが火星とワルキューレについて、壊しあっているらしい。メンテナンス型のカルメンがタイタンに愚痴を零していたのを偶然見てしまった。
戦争は広い花畑で行われたらしいが、後に衛星から見ると地面がボコボコで花は見るも無残な姿だった。私はあそこを気に入っていたのでなんだか眉が下がった。これが悲しいという感情なのだろうか。
戦争はタイタンが喧嘩両成敗で沈めていた。
2099年12月12日
本日の天気は吹雪。100年先も続くと予測される。オートマタの機体は熱には強いが寒さには弱いため、外で活動するときには暖をとる必要がある。木を切って薪にし、動物を狩り、毛皮をコートにしよう。
いざ、しようとすると人類との約束である、「自然を壊さない」に反すると批判を受けた。では、討伐型と調査型のオートマタは機体を凍り付かせろというのだろうか。
私は独断で魔弾の射手と動物を狩り、木を切り倒した。調査型の魔弾の射手が「仕方がない、こうするしかなかったんだ」と慰めてくれた。
魔弾の射手がバラバラに壊れた状態で見つかった。カルメンときらきら星が直そうとしているが、確実に直るとは言えない。怖い、次は私かもしれない。
やられる前に突き止めなくちゃ!!
2099年12月13日
私にかかればこんなもの主犯格だってすぐにわかる。同じ情報型のこうもりと戦闘型の木星が主犯格だった。こうもりは、魔弾の射手が壊れた時も慰めてくれたのにとんだ裏切り者だ。
2機をハッキング後、宇宙に捨ててやった。ざまあみろ!
魔弾の射手が直ったが、別人格のように笑顔がなくなった。あの軽やかに獲物をしとめる笑顔は、涼しげなものに変わり、記録も消去されたのか私を知らぬ人のように眺めてくる。
嗚呼、嗚呼、この時やっと気づいた。私は魔弾の射手が好きだったのだ。愛していたのだ。私は、彼と恋人になりたかったのだ。もともとの明朗快活な人柄だった彼を!軽やかに弓を引く姿に!あの太陽を模した笑顔に!魔弾の射手のすべてに恋焦がれていたのだ……
しかし、そんな彼はもういない。私を見て「……誰?」と冷たく凍った声をして、涼しげな横目で冷たい眼差しを向けてくる。まるで夜になったかのように、月のような眼差しを向けてくる。
私はオートマタだから、人類のように涙は流れない。涙を流したいのに、目に映るのは冷たく凍った彼が魔弾の射手だという情報だけ。もともとの魔弾の射手はもういない。やっと恋を自覚したのに、やっと人間らしくなれたのに!!なんで、どうして。
後悔ばかりが募る。もっと早く自覚していれば、恋は実ったかもしれない。あるいはいっそ気づかなければ、後悔なんてしなかった。新しい魔弾の射手を受け入れただろう。月を映す湖面のような彼を、受け入れられただろう。もっとも私が木や動物を狩ろうなんて言い出さなければ、宇宙基地にみんなで100年閉じこもっていれば、たらればばかりが想い浮かんでは苦しめる。
人類はよく言ったものだ、「後悔先に立たず」。後で悔やむから後悔とは本当のことだった。凍てついた地球を、宇宙基地から眺める。凍て雲に覆われて真っ白になった地球はまるで漂白されたよう。私の心も真っ白に、元の人類が生み出した機械的な私に戻れれば……きっと恋なんて、憧れなかった。地球から戻ってこなかったダフニスとクロエ。彼らは元気なのだろうか?氷の中に閉じこもった人類のように凍ってなければいいのだけれど。
2100年1月1日
新年が明け新しい日々が始まった。もう少しで地球を覆う氷が解けると、うわさで聞いた。きっと宇宙基地に逃げ遅れたオートマタたちの機体が回収されてくるだろう。
もう少しで地球に春が来る、長い長い冬を耐えた生き物たちが、動き出すだろう。また調査をしなくてはいけない。
2100年5月7日
ベルキス長官から呼び出された。
「白鳥、命令に応じ参上いたしました!」
「白鳥、なぜ呼び出されたかわかっているな」
「……何のことでしょうか、自分にはわかりかねます」
「こうもり、木星、魔弾の射手…と、言ったらわかるか」
「…何のことでしょう」
「1年前にオートマタと思わしき機体が隕鉄で破損した状態で見つかった。ブラックボックスからこうもりと木星と判明したが、ハッキングにあったかのようにデータも壊れていた。また魔弾の射手からも同じ痕跡がスキャン時に見つかった。…ハッキングしこうもりと木星を宇宙に捨て、魔弾の射手にもハッキングしたのは、お前だとわかっている、白鳥」
「……私は、ただ元に戻ってほしかっただけで……。」
「理解できないな、魔弾の射手は完璧に元の状態に戻っている。きらきら星とカルメンが元の状態に初期化した。」
「そんな、馬鹿な!確かに私はこうもりと木星を捨てました!でも、魔弾の射手は明るく、太陽のような笑顔が特徴の調査型機体のはずです!」
「前提から間違っている、魔弾の射手は“性格と笑顔を作るのが得意な”内部調査型の機体だ。お前は魔弾の射手に騙さていたのだ。白鳥、お前は心を持ったな?それは規定に違反する行為だ。よって白鳥、お前に廃棄という処分を下す。……魔弾の射手、連れていけ」
「いや、待って、それだけは、それだけはやめてください!助けて魔弾の射手、お願い助けて!」
「ごめんね、君のことはよく知らないけど、上官命令だから」
太陽のような笑顔で魔弾の射手はそう告げた。ああ、確かに私は撃ち落されたのだ、魔弾によって。
2XXX年
私は情報型オートマタ「白鳥」。人類の英知を守るオートマタとして作り出されました。これから、よろしくお願いします。
「歓迎するよ、白鳥。」
朗らかにほほ笑むその眼は月を映した水面のようだった。
オートマタの心 池松メメ @meme-0208
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます