2 子牛(酪農家ジョー・ハイソン視点)

 くに宰相さいしょう夫人ふじんおおやけ姿すがたあらわさなくなって、はやさんげつ

 あの御方おかた王族おうぞくよりも美人びじんで。

 新聞しんぶん雑誌ざっしなんかでも凛々りりしい横顔よこがおや、宰相に微笑ほほえかおなんかだい人気にんき


 女性じょせいたちは、おとこ魅了みりょうする宰相夫人に嫉妬しっとせず。

 かの女の使つかっている化粧けしょうひんうために、せっせとはたらく。


 女性たちはご懐妊かいにんか、おっと不仲ふなかか。そのどちらかだ、ときめめつけて。井戸いどばた会議かいぎで、激論げきろんわしていた。

 しかし、ここにて。

 かなりの重病じゅうびょううわさっている。

 まあ、のろがえしがはたらかずに、「かおのろいにわれた」なんてはなしも出た。

 まあ。

 そもそも、わるいのは旦那だんなだろう。

 病気びょうきにしろ、呪いにしろ。

 戦争せんそうわったのに、家族かぞくともにいることが出来ない宰相が悪い。

 いや、さん戦と戦ちゅう国政こくせい間違まちがえたおう族のせいだ。王族が駄目だめにしているのだから、宰相いっ家への同情どうじょうあつまってもいる。


 しかし。

 ここ最近さいきん、王からものばかりで、なんだか田舎いなかさわがしい。

 どうやら、夫人がこんな田舎へして来たそうだ。

 夫人の静養先せいようさきの田舎屋敷やしきとなり。そこがわたしいえふくめた、牧場ぼくじょうだ。

 やかし連中れんちゅうが来るとおもったが、だれちかづかなくなっている。


 お隣からは、いたみにえかねて「殺してくれ」と懇願こんがんするさけびがこえて来る。

 どんな呪いにかかってしまったのだろうか。

 近所きんじょうわさきの人々ひとびとも、宰相夫人がやって来た認識にんしきく、何故なぜ興味きょうみうしなってしまった。

 もしかすると、このひめめやかな静養が地元じもとみん邪魔じゃまされないよう、「訪問ほうもん遠慮えんりょ」の魔術が敷地しきち境界きょうかいにかけられているのだろう。



 では、何故、私にはかないのか。

 それは夫人に毎晩まいばん、贈り物をしているからさ。

 あまり心地ここちはなしじゃない。

 なんたって、ウシ一頭いっとう用意するんだ。


 牧場のしょう牛舎ぎゅうしゃは、子牛しかいない。

 な夜な夫人が、誰かにあやつられているかのように行進こうしんする。

 だが、両足りょうあしくついていない。

 そして、裸足はだしは牧そう地をんでもいないし、ってもいない。

 手足やくびをカクカクうごかしながら、操り人形にんぎょうのように、んだりねたりしている。


 石垣いしがきえてやって来ては。

「もう、こんなことをさせないで。

 ここはあの人の所有しょゆうしている地じゃ無いのよ。

 嗚呼ああ、かわいそうに。

 かわいそうに」なんて、おまりの台詞せいふを言うと、アレがはじまる。


 夫人は夜な夜な、子牛を殺す。

 そのたびに、どこからかやって来る使者ししゃあたらしい子牛を手はいしてくれる。

 いつしか、私の牧場は成牛せいぎゅうあつかわなくなった。

 そのほうがらくだからだ。

 夫人が成牛にみつぶされでもしたら、大変たいへんだ。

 それに、見舞みまきんと、あらたな子牛をただで。どちらもっていたほうがもうかっている。



 殺した子牛はかわと、血にくと、内臓ないぞうのこして。


 ほねだけがきれいさっぱりせる。


 どんな絡繰からくりかはわからない。

 血肉からスポン、スポンとける子牛の骨。

 まるで、あきのキノコりのようだ。

 血が一滴いってきもついていない白い子牛の骨を、夫人が眼球の無い眼し当てると、えてしまう。

 私のむすめが見たとさわいでいたこともあった。

 だが、これが我がの儲けばなしだ。

 娘のくちふさいでじこめておくのは簡単かんたん


 私たちはなにいていないのだ。

 そして、私たちは何も見てはいないのだ。

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塩と蜜 砂糖銀行戦後機密情報録 雨 白紫(あめ しろむらさき) @ame-shiromurasaki

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