終章 結婚祝い

1 綿飴の中から

 え?

 昨日きのうで、喪服もふく撮影会さつえいかいわったんじゃないの?


 わたしはぼけていた。

 行員こういんだれかがすで用意よういした、「衣類いるい下着したぎ類」がすべくろだった。しかも、ウェディングヴェールならぬ、真っ黒いレースのヴェールまで。


「黒い衣しょうなんて、伝統的でんとうてきですね。

 ソーレ、死んじゃったんですか?」

「そんなわけ、あるか!

 ……結婚けっこんして一年いちねんは黒いふくなければならないんだ」

おとこ貴方あなたまで伝統をおもんじたいんですか?」

「いや、すこしでも『この偽装ぎそう結婚』をえんじるうえで、誰からもしん婚さんあつかいされるように。

 わたしも黒い服そうだよ」



 ぞうわるくて、はだけた寝着をいで。

 なんとか一人ひとるで伝統的なドスぐろ花嫁はなよめ衣裳に着える。

 それにしても、子どもようのサイズがこんなに豊富ほうふなのは何故なぜだ?

じつは、幼児ようじそうおおあつか葬儀そうぎしゃ相談そうだんしたら、花嫁衣裳ふうにニにじゅっちゃく仕立したなおしてくれたんだよ」

「そうですか、そうですか」

 しかけて仮面かめんをした女性じょせい行員によって、死に化粧げしょうまで勝手かってにされて。

 まさか、食事しょくじまで真っ黒なものをべろとか、心配しんぱいしていたが。

 仮面の女性行員が無言むごんで、朝食ちょうしょくつくってくれた。

「ヒルダ、ご苦労くろうさま。

 かの女はこの偽装結婚住居じゅうきょ管理かんりをしてくれる。衣食住と、我々われわれが新婚旅行中も清掃せいそうたのむことにした」

「システィーナ・ソーレ夫人ふじん。結婚いあわいがヴィーニュよりとどいております」

「……ヒルダ、危険きけんぶつじゃないだろうな?」

強制きょうせい転移てんいなどの誘拐ゆうかい道具どうぐではありません。

 これは、結婚祝い以上いじょうでも以でもございません」

 ヒルダのふるえる両腕rよううでおおきなはこかかえ、わたしにさしだす。



「……宰相さいしょうからの結婚祝いだ」

「あのかたに祝いの気持きもちもともなわないのに、ですか?」

けてみろ。

 ヴィーニュのほうだ。

 いや、安物やすものちたか。

 おい、ヒルダ。

 御前おまえがっていろ」

「ヒッ……失礼しつれいします!」

 ヒルダのこえひらきかけの箱におそれをなして、うわずった。そして、カカカカッと靴音くつおとを立てて、共有きょうゆう廊下ろうかへと出ていってしまった。

「……あく趣味しゅみでありますし、国際こくさい問題もんだいでしょう」



 箱にめられた綿飴わたあめ

 あまったるく、すこげたようなかすかなかおり。

 そのフワフワした中で、ビクビク痙攣けいれんしつつも、うつろなふたつの眼球がんきゅうは。

 真っ暗だった視界に、突然光が差し込んで、驚いているようだった。

 神経しんけい確実かくじつ切断せつだんされている。何故なぜなら、人体じんたいの眼球以外のパーツが箱のどこにも見当たらないからだ。それなのに、視かく情報じょうほうはどこかへ転移てんいしている。


「おはようございます、どこのだれかわからないおばさん。

 結婚祝い、ありがとうございます。

 くちうごきはれるでしょう?」


 ソーレは眼球をずっと見ているのが苦痛くつうのようだ。

ほかの子どもに見せびらかすなよ。

 宰相夫人ふじんは『静養せいよう』を続けられるんだからな」

 箱の中身なかみがとてもまぶしそうに反応はんのうするのがたのしくて、窓辺まどべちかくへって、箱をめする。

 パカパカパカ。

 ひかり反応はんのうする。

 やっぱり、きている人間にんげんの眼球だ。


「この眼、防腐ぼうふ処理しょりはしなくても大丈夫だいじょうぶかしら?」

くさったほうが良いにまっている。

 御前のような子どもを少年兵しょううねんへい選抜せんばつした政府せいふ連中れんちゅう家族かぞくだぞ?」

 こちらへ入国にゅうこくするさいに、いろいろなものうしなったけれど。

 たものは価値かちある物ばかり。

 とくに、視覚情報という「当たり前にあるのに再現さいげん出来ないもの」は魅力みりょくてきだ。

 そして、この両眼球には転移てんい魔術のほか様々さまざまな魔術が付与ふよされているし、わたしがむこともできる。

 研究けんきゅう甲斐がいのある物だ。




「ソーレ、誰にもいませんよ。これは、貴方あなたとわたしの秘密ひみつの魔術遺産いさんです」




「……まさか、持ちあるくつもりか?」

「ええ、もちろん」

「腐ると、新婚旅行りょこううそくさくなるどころか、憲兵けんぺい通報つうほうされてしまうぞ。見つかれば、人身じんしん売買ばいばいうたがいで、拘束こうそくされかねない」


すみれいろの眼球

 人の死をうつかがみ

 いたみに

 くるしみにふるえろ」


 詠唱えいしょうわらせると、ふたつの眼球は一個いっこしろ色のペンダントになる。

 これで、くびからぶらげていれば、肌身はだみはなさず持ちあるける。

「おいおい、変身へんしん魔術なんか。

 こんなものけて、ブラブラあるくつもりか?

 ヴィーニュに情報漏洩ろうえいしかねない」

「だから、にごらせました。

 人の死しか見ることは出来ませんから、あのおんなも、きはしませんよ」

 ヒルダが戻ってくる前に、朝食ちょうしょくませて。

 新婚旅行へお出かけする準備じゅんびはじめる。

実験じっけん材料ざいりょうです。

 魔術遺産の実験じょうにもれてきます。

 良い防壁ぼうへきになりそうです。

 結界けっかいり過ぎると、実験観察かんさつが見にくくなりますから」

「御前。

 このくにに来て、結婚した翌日よくじつうことか?」

 ヒルダが恐る恐る共有廊下から部屋の中に、戻って来る。

「システィーナ様、わたくしが荷造にづくりをいたします!」とあわててって来るが、どことなく、ぎこちない。

失礼しつれい

 キョロキョロあたりを見まわしている仮面の行員は、白色のペンダントを見て。

「あら、ソーレ様からのおくり物ですか?

 装結婚とはいえ、よろこばしいことですね」とお世辞せじを言われる。

 しかし、ドバドバ白色のペンダントからみずのようなものがながれ出たので。

 また、ヒルダが「ヒッ」とちいさな悲鳴ひめいらした。

 指先ゆびさきでピンピンピンとペンダントをき続けると、ペンダントはなみだながさなくなった。


 ヒルダは悲鳴を上げたとき、グシャグシャにしてしまった、「指令しれいしょ」のしわ一生いっしょう懸命けんめいのばし終わると。

 ようやく、ソーレに指令書を手わたした。

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