7 最上の菫色(ヴィーニュ王国カンタン・クノー宰相視点)

 七月しちがつ

 宰相さいしょうていには、どもの元気げんきこえひびいていた。


「……かぜ短剣たんけんよ、まと射抜いぬけ!」


 子ども部屋べやから、元気な詠唱えいしょうこえてる。

 いや、寝言ねごとか?

 すえ息子むすこ疎開そかいえて、何事なにごとく、上流じょうりゅう階級かいきゅうの子どもが在籍ざいせきする魔術まじゅつ学校がこう復学ふくがくした。

 魔術学校でよくまなび、学期末きまつには首席しゅせきとして表彰ひょうしょうされた。


「さすが、宰相のごちゃくなん」と、自分じぶんではなく、「ちち職業しょくぎょう」をかんしてこえをかけられても、反抗的はんこうてき態度たいどひとらない。

 威張いばらすこともい。

 かとって、寡黙かもくでもない。

 子どもらしい、純真じゅんしんさのあるままにそだっている。


 というか。

 戦時中せんじちゅう軍事ぐんじ教育きょういく攻撃こうげき魔術を訓練くんれんしていたせいだろう。

 軍事訓練以外いがいの、学もんとしての「幅広はばひろくてさいな魔術」に夢中むちゅうだ。


 夏休なつやすみを満喫まんきつする意欲いよくはあっても、まだ寝ぼけているのだろう。

ぼっちゃま、いけません。

 部屋へやなかで、風の魔術は!」と臨時りんじ家庭かていも、子ども部屋からの突風とっぷうによって廊下ろうかいつくばることしか出来できない。

 どうやら、家庭教師の授業じゅぎょう中に、ねむりをしてしまったようだ。


 コンコンコンコン。

 部屋をノックすると、末息子が椅子いすからころちた。

 つむじ風はかれてんとしていたため、彼のそばは風のうずの中心ちゅうしんで、mう状態じょうたいだった。

 まあ、ケガは無いようだ。

「……お父様とうさま、おはようございます!

 今日きょうこそ、魔術のとっ訓をしてくださいますよね?……お父様?」

 よだれともに、かみくちびるにはりついている。

 ずかしそうに、「いつもはこのような居眠りはいたしません」と涎でよごれた紙を口元くちもとからがして、クシャクシャにまるめて、ズボンのポケットへしこんでしまった。


「宰相閣下かっかはおいそがしいのですよ。

 さあ、授業再開さいかいまえにお部屋を片付かたづけましょう」

「お父様!

 かないで!

 最近さいきんがおかしいですよ!

 うわっ!?」

 末息子がわたしいて、めたので。

 おもばした。

 あのおんなているし、私にも似ているかおまんならなかった。

御前おまえは今日からこの屋敷やしきを出て、使用人しようにん屋敷で寝きするように」

「お、お父様?」


「あら、どうなさったの?

 寝ぼけていらっしゃるのは貴方あなたじゃ無くて?

 クレマン、貴方のいえはこの屋敷ですよ。あん心なさい、使用人屋敷などまわせません。

 お父さんはつかれていらっしゃるの。

 ほら、なんて、こわかおかしら」

 つまが私のほほをつねろうと、頬にれた。その瞬間しゅんかんつまからく。


「ねえ、パイをつくってくださらない?

 結婚けっこん前、貴方はご家ぞくのために、び切りのパイをいたって。お義母かあ様がおっしゃって」






「パイはもう焼かない」






「宰相のお仕事しごとが忙しいのは、他人たにん仕事しごとまかせられないから。

 采配さいはい下手へたでも、無能むのうではないでしょ?」

「御前はあの子によく意地いじわるをしていたね」

「ミエル・オス。

 妻のいるおっと色目いろめ使つかうなんて、気持きもちがわるい」

「あの子のまわりには、義肢ぎし使用しようしゃ職人しょくにんしかいない。

 もりあそ相手あいてがいなかっただけだ。

 義肢職人の家の子は、兵士へいしの家族にとって、不吉ふきつぎる」

「でも!」






「あの子は兵されていた」






「クレマン、自分の寝室しんしつっていなさい!」

「御前があの子のあね、パメラ・オスを推薦すいせんしていたのは知っている。

 だが、御前はミエル・オスを引っせる。

 パント義肢かんはたら父親ちちおやに、かねわたしていたな?」

「あら、追加ついか報酬ほうしゅうよ。

 義がん謝礼金しゃれいきんばらぶんいろをつけてね」




「やっと、完璧かんぺきな義眼がとどいたのだから。

 かったじゃない。

 もう、こわれないでしょ?」




 クレマンは母親ははおやうながされて、寝室へけていこうとするが。

 使用人によって、手首てくびをつかまれる。

なに

 いたいよ!

 はなして!

 お父様、使用人に、こんなことさせないで!」

「御前たちを見るために、義眼を使つかいたくない」


いやおんなわるかったわね。

 でも、つみも無い子どもをきこまないでちょうだい!

 クレマンはあんな職人の子どもとちがう。

 疎開さきでも、きちんとお勉強べんきょうつづけていたわ」

「あの子は義肢づくりにわれて、学校にかよいたくても、通えなかったんだ。

 一緒いっしょにするな」

「義眼や義肢使用者の妻は、あの子をおそれるにまっているじゃない。

 嫉妬しっとして当然とうぜんじゃない。

 あの子がいなければ、貴方あなたたち、戦争せんそう参加さんかした馬鹿ばかどもなんてこわれた玩具おもちゃと一緒で、……」

 使用人は妻にもにじりり、ゆかにねじせた。しかし、私は「それはやりぎだ」とはわない。

 使用人は主人しゅじんである私の手あしとなって、うごいているのだから。




「まさか、私と戦争離婚りこんなさるおつもり?」




 女があたまつづけるから、げたかみみだれ、耳飾みみかざりの宝石ほうせきはブンブンうごいている。

「いいや」

「じゃあ、どうして、そんなかおをしているの?

 使用人にこんなことをさせるの?」

「それでも、きみあいしているからだ。

 書類しょるいじょうはな」

「……どういうこと?」

 クレマンははなを出しながら抵抗ていこうするが。

 私が目くばせして、使用人が何発なんぱつも顔をなぐり続けて。やっと、身体からだからちからいて、いきをするだけになった。


「私はうそをついた。

 あのとき、完璧かんぺきすみれいろだと……わたしはあそこまで繊細せんさいな色をらなかった。

 だが、もう、あの色を見れなくなって。

 わたしのこころあくかりの義眼や代替だいたい義眼をこわし続けた。

 王都おうとの職人は、私の目の再現さいげんは出来ても、私のどんのうの再現は出来なかった。

 彼女かのじょの見ている景色けしきらしかった……」


「思い出してしまうなら、ててしまって!」


 女は使用人の拘束こうそくりほどいて、何とかみぎ手を私の顔にけてのばす。

 しかし、その手のこうに、使用人の短剣が深々ふかぶかさり、貫通かんつうした。

「キャアアアアアアアア!!!!!」


 すぐに魔術で止血しけつされるも、短剣は刺さったまま。

「御前は。

 あの子がいのちけてとどけた義眼を、どうして、そんなまつあつかえるんだ!

 ちか寄るな」


 私は廊下をあるき出す。

「どこへ行くの?」

すこしでも、彼女の救済きゅうさい政策せいさくる」

「やめてください!」

「御前に何がわかる!」


 女はそれでも、使用人を振りはらって、毅然きぜん起立きりつする。

少年しょうねん兵の帰還きかん政策なんて、無ですよ。

 おう殿下でんか調印ちょういんなさったんですから」


「戦争がわったのに、どうして……どうして、人をきずつける?」


 こたえはかなくても、わかっている。

 嗚呼ああ面倒めんどう会話かいわだ。

「戦争が終わったのに、しあわせになってはいけないのですか!

 家族の平穏へいおんを手にしたいだけ。

 そんなこともねがってはいけないのですか!」


 この宰相屋敷は、けっ当初とうしょ用立ようだてた。

 いつのにか、壁紙かべがみが何度もわり、調度ちょどひんは女の趣味しゅみ

 質素しっそに、節制せっせいを。

 戦時中でも、壁紙を交換こうかんし、はなやかさをとうとした。

 この女は、戦争でながれたなど、かんがえていない。


「あの子は御前のせいで、結婚させられた!」

「結婚?

 どういうことです?」





密使みっしからあずかった。

 少年兵は魔術遺産いさんしょ理だけのはずだったのに!」




 女の顔に、写真しゃしんげつける。

 ミエル・オスの婚いん写真だ。

「死にしょうをして、納棺のうかんされ、死に装束しょうぞくで、接吻せっぷんされていた」




「いつも、父親ちちおや毒薬どくやくを持たされていた。

 職人として死ねるように。

 辱められないように」




「これで、満足まんぞくか!」

「そんな……」

「まだ、南部なんぶばく死したほうがマシだった。

 あの子はもう、毒薬を持っていない。

 あちらのくに入国にゅうこくする前に、こちらの憲兵けんぺいたちが没収ぼっしゅうした。

 あちらの国の入国審査しんさに、毒殺魔なんて尋問じんもんけさせないためだ。

 派兵が尋問ごときで死んでは、派兵計画けいかくがやりなおしになるからだ」

 女は何かを想像そうぞうして、口角こうかくをあげた。




てき国のおっとから、恥辱を受けているんだ。

 あの子は、私にそんなことを知られたくなかっただろう」




 また、口角をあげて、鼻のあなふくらませた。

「あの子の父親は、義肢職人。

 跡取あととりをあの子に指名しめいしていた。

 だから、家の中でも、師弟してい関係かんけいだったのさ。

 だが、周囲しゅういの子は父親かはは親がちょう兵されているか、戦死している。

 親が近くにいるだけで、まれたはずだ。

 戦傷せんしょうしゃぎていたのに、義肢職人はふるいやりかたのまま。

 誰もしあわせにならなかった。

 あの子は同級生どうきゅうせいいじめられないために、ひっ死で彼等かれらの親がまともにくららせる義肢を用し続けた。

 だが、牛骨ぎゅうこつ由来ゆらいだ。家族は気味わるがる。

 ウシ一頭いっとうの死で、義肢しか出来ない。

 魔術なら、あたらしい足がえてくるような魔術を開発かいはつすればいのに」




「あの子は父親の職業が無くならないように、そこまでしなかった。

 その心が同級生にけるから、さらにきらわれた」




 使用人は女にふたたびにじり寄る。

 まだ、短剣は三本さんぼんのこっている。

 グザッ。

 グザッ。

 グザッ。


 ちいさい頃、収穫祭しゅうかくさい大道だいどう芸人げいにんがナイフげを披露ひろうしていたのを思い出す。

 そんなふうに、あざやかないち芸だった。

 使用人は、口元くちもとりょう手でおさえて、クスクスわらっている妻の。

 ひだり|《ルビを入力…》手のこう

 右足の甲。

 左足の甲。

 それぞれに、短剣を投げた。


「……御前は季節きせつうつろいで体調たいちょうくずしたままだ。

 あまり、そとの風に当たるべきではない。

 静養せいようすると良い」

「……何ですって?」

 妻はいたみをかんじず、止血もされている。

 しかし、次第しだいに、ゆかひざをついてたおれた。

「嗚呼。

 少なくとも、少年兵が無事ぶじ帰還するまでは、静養すべきだろう」

「少年兵の第一じんの子が一人ひとり死んだのよ!」


「ならば、ミエル・オスの死をねがい続けろ。

 私もそうするよ。

 一刻いっこくはやく、彼女のひつぎ国土こくどしためてやりたい」




ちょう男以外、子どもたちを使用人屋敷にあつめなさい」

長男のルネ様は、御学友がくゆう別荘べっそう滞在たいざいしております」

「ならば、母親の生涯しょうがいにわたる静養をつたえるように。

 それ以外は使用人屋敷の地下ちかに、じこめておけ」

「おわかれの時間はもうけないのでしょうか?」

「母親をくるしめたくないのであれば、ひかえるだろう。

 母親をわすれるまでは使用人屋敷の地下から出すな」

 使用人にさらなる指示しじを出して、宮殿きゅうでん執務しつむ室へもどることにした。



 補佐官ほさかんかないかおをしている。

「よろしいのですか?」

もっとうつくしいすみれ色を知っているかい?」

おく様のひとみかなうとは思えませんが。

 しかし、それをえる色なのでしょうね。

 ミエル・オスの義眼はほうですね」

 しかし、補佐官は見当けんとうちがいをしている。

 こので、もっとうつくしい色。

 それは。




「私がつくったパイをべてくれた、あの子のしたの色だよ。

 いつかけて食べた後も、美しい色だった」




「私がめたんだ」


 貴方の舌を染める。

 それが私の父の、母へのプロポーズだった。

 軍人だった。

 軍人じゃない親なんて、すくなかった時だい

 父はせいのパイで母の心をとした。

 あの女の舌を染める前でかった。


 希望きぼうが少しでもあるならば。ミエルの奪還だっかん作戦さくせん立案りつあんは、おそくは無い。

 どう時に、後継者であるルネをそだてなければならないのだから。

 もし、すべてが片付かたづいたら、あの子を私の屋敷にむかえようと思う。

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