6 棺、菫パイの夢、宰相夫人の呪い

 母国ぼこく写真館しゃしんかんになんかったことがかった。

 けれども、このくに伝統でんとう花嫁はなよめ衣装いしょうはもちろん、こんな写真のかたも、おかしぎる。

 方がいことなのか。

 生臭なまぐさい国であるのは、王制おうせい国家こっかであったころ統領とうりょう制国家になってからも、わらないのだろう。


 青白あおじろく仕げた化粧げしょうが、くろ一色いっしょくのドレスつかないように。

 細心さいしん注意ちゅういはらって、お色直いろなおし。

 写真館のおばあさんは自分じぶん出番でばんだとはりきるものばかりだとおもったけれど。

 まるで、死たいふくせる納棺師のうかんしのように、儀式ぎしきめいたお辞儀じぎや衣装へのれ方が独特どくとくだった。


 といっても、また黒一色の喪服もふくのドレスに着替きがえるだけ。

 ただし、最初さいしょた喪服のドレスよりもあきらかにスカート部分ぶぶんふくらんでいないドレスのすそ

 さっきのように、きずりもしない。


 そこへおじいさんがわたしをむかえにやって来る。

 おばあさんが更衣室こういしつのドアをけるまでおじいさんは、ってくれていたけれど。

 うーん。

 今度こんどは写真館のさらにおくにある、べっ室へソーレとわたしをれて行く。

 ソーレに合流ごうりゅうしたときにづいたけれど、ソーレはおじいさんと一緒いっしょにおちゃんでいたようだ。ただし、ソーレはあかちゃんのようなよだれかけをしていて。花婿むこ衣装をよごさないように、使つかっていたと。

 かおにしながら、わけつづけた。


 おもとびらさき

 そこには、葬儀屋そうぎやのような光景こうけいひろがっていた。

 ひつぎ

 棺。

 棺。

 ただし、どの棺もふたは開けっぱなし。

 死体なんてかくれていない。からっぽでかった。

 ただ、気になるのは、さまざまなサイズがあることだろう。

 どもの棺から、大人おとなの棺まで。

 そして、棺は木材もくざいの材しつえるものから。ぎゃくに、見えないように、黒一色なのにレースやリボン、フリルだらけの派手はでな棺まで用意よういされていた。


 わたしはおじいさんとおばあさんによってささえられて、dあいをのぼって、棺にしこめられた。

 撮影さつえい大道具おおどうぐの棺のなかで、目蓋をうつろに開くよう、指示しじけた。

 また、別の指示もくわわった。

 カメラマンのおじいさんの助手じょしゅをしていたおじさんが。ソーレに、わたしの顔をかくしているヴェールをそろそろめくるよう指示を出したのだ。

 真っ黒なヴェールがち上げられて。

 ヴェールのふちくちびるはな眉間みけんひたいれていった。


 ヴェールを持ち上げるのは、ばん共通きょうつうだろうか。

 それは結婚けっこんちかいのキス。

 わたしはいそいで、行動こうどうおこした。



 カメラのシャッターをおとんだ。

 写真撮影を中断ちゅうだんさせたのは、もちろん、わたし。

 しドレスのすそ両手りょうておもいっきり、たくしあげて、もがいた。

 納棺用のドレスでふくらみが無い。だから、なんとか、裾を持ち上げて、棺のそとの踏み台を足先あしさきさがす。

 でも、おばさんによって、片付かたづけられてしまっていた。


 ソーレがわたしのかたを棺のそこしつけようとするほど、あつをかけられる。魔術まじゅつじゃない。

 大人のおとこちからさえつけられた。

はなして」

いか?

 婚いんみとめられたんだ。

 わたしからげることはゆるされない。

 大人しく、伝統てきな写真を撮ってもらうんだ」

 嗚呼ああたれる。

 それでも、かれ冷静れいせいだった。死に化粧を「大々だいだい的にやり直す」のが大変たいへんだと、一瞬いっしゅん思い直したのだろう。


 そして、わたしのくびを片手で、容易たやすく、めた。

 首は頬紅ほほべにくち紅もつけていない。しろ色とはい色と青色のおしろいだけが、おっと素手すでにつく。

 まるで、にわとりべるために、鶏の首を絞めるみたいだった。


 絞められたまま、納棺し直されて、夫となった男に口づけられた。

 この国は、わたしがくらしていた国とはまるでちがう。

 国にかえりたい。

 いますぐ。

 死んで帰れるなら。











 いやな写真を撮り続けて、気がつけば夜遅よるおそく。

 写真館からつかれて砂糖さとう銀行ぎんこうりょうへ帰るはずだった。

 でも、附属校ふぞくこうへのみちなりとは別の別館へとソーレはわたしを引きずって行った。

 二階にかいての建物たてものの共同玄関どうげんかんは、質素しっそではあったけれど、明かりがついていた。

 いくつかの郵便ゆうびんけ。

 そして、うちだん

 偽装ぎそう結婚した少年兵しょうねんへいと、パートナーの行いんのための、とく別な住居じゅうきょ

 もう、附属校にももど必要ひつようは無いのだとった。


 深緑ふかみどり色のドアを開けると、質素過ぎない、中りゅうきゅうのアパートメントの景色けしきひろがっていた。

 二人ふたりらしには最てき居間いま食堂しょくどう洗面所せんめんじょふた部屋へや

 ひとつは子ども部屋。

 もう一つは、ソーレの部屋だろう。

 食堂には、だれかが用意したゆう食。

 それらをすべて、冷蔵庫れいぞうこへ押しこんだのはソーレ。

 わたしたちは言葉ことばわさず、洗面所でみがいた。

 それは「夕食をる気が無い」ということ。

 それぞれの部屋にじこもることにした。






 気がつけば、寝入ねいっていて。

 ゆめの中というよりも、なつかしい景色けしきそのものを見ていた。


 義肢ぎし職人しょくにんまちには、病院びょういん以外いがい療養りょうようけホテルがいくつもある。

 そういうホテルには身体からだ不自由ふじゆうな人がおお宿泊しゅくはくしている。

 従業じゅうぎょう員が介助かいじょしてくれるけれど、ほとんどの宿泊しゃには、家族かぞくう。


 ホテルの中庭なかにわも、義肢をつ人や義がんを待つ人で、いっぱいだった。

 支配人しはいにんがベンチをやすし、ならべるから、舞台ぶたいの無い屋外おくがい劇場げきじょうみたい。


 朝早あさはやく起きても。

 義肢肢館の予約よやくをしてても。

 たいてい、あたらしい手あしもとめる依頼いらい人は、そとってたなくちゃいけない。

 予約に義肢館とホテルかん送迎費そうげいひ上乗うわのせすれば、ホテルまで、送迎しゃむかえに来てくれる。


 わたしは、義肢館街近くで一番いちばん上等じょうとうなホテル「ミルティーユ」の支配人にび出されて。

 はなれに宿泊しているおじさまいに来た。

 とっても、えらい人で。

 街中をあるくと、目立めだつんだって。

 だから、ホテルの別館のコテージを貸し切っている。


 おじ様は、コテージせん用の庭のひく果樹かじゅになっている、こん色のれている。

 紺色の実と青むらさきの実をゆび先で触れて、実をっぱる。

 かわあついから、実がつぶれることは無い。

 れた紺色の実だけ、ポロポロと、おじ様の手のひらちて来る。


 青紫の実が熟れていないのは、ヴィーニュの子どもならまあまあっている。

 大人なら、絶対ぜったいに知っている。

 なつたのしむ果じつ

 ちいさい実だけれど、青紫色のは夏のあらしでもえだから絶対に落ちない。無理むりんで食べると、っぱいし、しぶい。

 おじ様のように、すべての実を摘もうとするのは変。


「おじ様。

 はじめまして、パント義肢館の見ならいのミエルです。

 その目、どうなさったの?」

わかい頃、戦争せんそうでね。

 これは紺色かな?」

「うん。熟れてるから、大丈夫だいじょうぶ

 ひだりの目、いたいい?」

「いや……だが、ついつい左眼を無くすまえ生活せいかつくせけない。

 今回も思わぬ段転倒てんとうした。

 くう把握はあく距離きょり感覚かんかくむずかしい」


「でも、おじ様はお料理りょうり、とっても上手じょうず

 昨日きのうは、義肢館にパイを持って来てくれたでしょ?」

「パイはにおいと音で、き上がりもかるからね。

 ちなみに、パイをとどけたのは私のつまだよ」

 おく様はあたりにいない。

「妻は宿泊せずに、見いにって、最終列しゅうれっ車で帰ってしまったよ」

 また、おじ様が青紫の実を摘まんで、引っぱった。


「その義眼。色は見えないの?」

目なんだ。

 この義眼もそうだけれど、世界中せかいじゅうの義眼は色を再現さいげん出来ない。白黒なんだ」

「……じゃあ、わたしがつくってあげる!

 色の再現でしょ?

 じゃあ、一日かな。

 安全あんぜん試験しけんのほうが間がかかるかも。

 明後日あさっての夜しち時に、パント義肢館に来てね!」

 おじ様はわたしの話をまるでしんじてくれなかった。

 あたらしい義眼を使つかはじめる前まではね。




 おじ様と出会った日のつぎの日の、そのまた次の日。

 一日目におじ様とお話しして。

 二日目に色までわかる義眼を作って。

 三日目の夕方ゆうがたまで安全試験をかえして。

 おとうさんに「不えい生はいけない」とお風呂ふろに入るよう言われて。

 約束やくそくの七時に遅れそうになった。


 パント義肢館で一番きれいな応接おうせつ間を貸し切って、義眼をおじ様にわたした。

 おじ様がふるい義眼をはずした瞬間、奥様はとってもかなしそうに「うううう、かわいそうな人」と嗚咽おえつらした。

 そんなー、ひどいなー。

 子どもだましじゃないのに。

 ほら。

 ほら。

 おじ様はポカーンとしている。

 ね?

 これこれ、この顔だよ。

「……どうです?むすめの作った義眼で、見えますか?」

 一瞬、わたしを見つめていたけれど。

 すぐおじ様は目をらして。

 一人立って、窓辺まどべでシクシクいている奥様を、ソファーから見上げた。


「……見える!

 妻のすみれ色のひとみが!

 嗚呼!」


 奥様は自分からおじ様に近づかず、窓辺で両手をおじ様にのばしたままうごかない。

 すぐに、窓辺で、おじ様をきとめて、ほこらしげにこう言いはなった。

「夫は、私と結婚しきの前に兵がまって。

 結婚する前に視力しりょくうしなって。

 両からはん対を受けました。

 でも、私は彼をあいすると誓ったんです。

 たとえ、色が見えなくても。

 そんなこと、愛にはおよびません」



「まあ、おあついことですわ!」




 心配しんぱいして、義肢館にやって来ていたおかあさんが色いこえをあげる。

「菫色の再現が素ばららしい。

 昔の妻とわらない」


「あら、お上手ね。

 小さな職人さん。

 補正ほせいをかけているのかしら?」

 奥様はソファーにすわったままのわたしを見下ろして、ニッコリわらっている。

 真面目まじめこたえる気がしないけれど、お母さんににらまれているから、仕方無い。

「そうですね。

 人によって、色の感じ方に個人こじん差があります。

 そのバランスを計測けいそく測して、違和いわ感なく使用出来ます」

「じゃあ、小さな職人さんの目と同じでは無いのね。

 良かったわ。

 私の夫は王命おうめいを受けてまつりごとを行う宰相さいしょうですもの」

 宰相にまでのぼりつめる人の妻に気を取られず。

 わたしは職人の仕ごとくすことが出来た。

 良かった。一日目に会わなくて。






「あら、夢でもかっ手に夫をもてあそぶ気?」






 中にみずびせられたような……。

 少し前のことをり返っているだけなのに。

 あの、つねに勝ち誇った声色のおんな

 嗚呼、耳元みみもとで。


「愛されない子、かわいそうな子、宰相に見落とされた子。

 少年兵なのだから、さっさと死になさい」


 ネチネチささやかれるなんて……。












「システィーナ!」

 気がつくと、あのアパートメントの子ども部屋だった。

 ソーレがこわい顔をしながら、天井てんじょう近くを見上げている。

 魔けのオーナメントがユラユラれている。

 スプーンよりは大きめの手かがみくらいの大きさ。

 ベッドサイドの魔石のランプをけると。


「ヴィーニュ王国宰相夫人ふじんのろい」とぎん色の文字もじひかかがやいている。

 その魔除けのオーナメントは揺れ動いていたのに。

 すぐに、動かなくなる。


 ソーレの持っていた小瓶こびんの口が開いた直後ちょくご。真っ白な砂糖のつぶたちが魔除けのオーナメントのまわりをグルグルまわる。

 くさい。

 そして、あまったるい臭い。

 みるみるうちに、オーナメントが綿飴わたあめおおわれてしまった。

「……悪趣味あくしゅみな結婚の前祝まえいわいだな。

 うなされていたぞ、システィーナ。

 すまない、勝手に部屋に入った……」


 ソーレはまだのこった仕事をアパートメントに持ち帰って、一人淡々たんたん業をしていたようだ。

 手には書類しょるい作成さくせい痕跡こんせきと思われる、インクよごれ。

「写真館で。

 無理理口づけたのは、わるかった。

 ああでもしないと。

 ……かせたな」

 ソーレの手で目尻めじりをこすられればこすられるほど、目尻が汚れていく。

 仕方無く、ソーレはわたしに魔術を使おうとするも。

 天井の数々かずかずのオーナメントが一斉いっせいにソーレに向かって光を放ち始める。

「妻に危害きがいを加えるつもりは無い!

 彼女の顔のインク汚れをすだけだ」とは言ったものの。

 オーナメントに許されず。

 ソーレはぬるま清潔せいけつなタオルを洗面れて持って来て、わたしに顔をくよううながした。


「結婚写真さえあれば、御前は、この国でも、どこでも、うたがわれずにむ」

「そうでしょうか?

 偽装結婚のうわさひろまりますよ」

「さあ、噂なんか気にするな。

 何せ、俺たちはしばらくは新婚りょ行だ」

「新婚夫婦を隠れみのに、国内外で暗躍あんやくするってことですね」

 偽装夫婦の秘密の会話かいわに、オーナメントは警戒けいかいやわらげる。

 まあ、魔術を使ってはいないが。国内外をおびやかすような、危けんな話をしているのだけれど……。

 わたしをまもるための魔除けであって、世界を守るための物ではないのね。


 あっ。

 窓の外の屋根にとどまっていた黒いとりたちがいなくなっていく。

 どこへ飛んでいくのだろう。

「ちなみに。

 何の夢を見たら、そんなにあせをかくんだ?」

「菫パイの夢でした」

「そんな夢で?

 嫉妬しっとくるう宰相夫人なわけが無かろう」

 いいえ、ソーレ。

 たったそれだけの夢すら。

 彼女には見れぬ夢なのだから。

 彼女はほん物の菫パイを食べたことが無かったはずだ。


 戦争のあいだは、なまの紺色の実か、その実で作るジャムをめただけの「菫色のパイ」の意味いみしかなしていなかった。

 戦争中、彼が作った菫パイで唯一ゆいいつ菫のはなの砂糖けがトッピングされたのは一度きり。

 高価こうか希少きしょうのある菫の花の砂糖漬け。

 まるで、わたしが食べたあのパイは、菫ばたけのパイだった。

 ふふふふーん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る