5 偽装結婚(後編)(砂糖銀行シアン支店暗視室長クレート・トレモンテ視点)

「すまないな、トレモンテ。

 いや役目やくめしつけた……」

 一国いっこく統領とうりょうがシアンをおしのびで訪問ほうもん

 そして、こちらにかける言葉ことばが「嫌な役目へのねぎらい」だ。

 終戦しゅうせんしたとはいえ。

 ヴィーニュ少年兵しょうねんへいかんする奉仕ほうし事業じぎょう平和へいわ国際政策こくさいせいさく一部いちぶだ。

 だが。

 一国のあるじがたった一人ひとりの少年兵にたいし、「無効むこう」の調整ちょうせいねがたのだ。

 あちらのくに宰相さいしょうであるクノー閣下かっかは、言葉ことばえらんではいるが。

 こちらの統領閣下は、派兵の拠点先きょてんさきである砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してんに、このことを丸投まるなげした。

 ただ、状態じょうたいわるくしたクノー閣下はお忍びは無理むりだということが、この事態を複雑ふくざつにしている。

 トップ同士どうしでまとまるはなしがまとまらない。


 <電話でんわ会談かいだんもうわけない>とクノー閣下のこえは、かすれていて。

 健康的けんこうてきではかった。

「行いんによる調査ちょうさでは、信用しんようなりませんか?

 ミエル・オスの派兵工作こうさくに、こちらがわ一切いっさい関与かんypしていません」

 <いや。

 貴方あなた極秘ごくひ調査には、とても満足まんぞくしている>

 ならば、いまさら派兵を一人分ひとりぶんして、国させてほししい……。

 そんな我儘わがまま何故なぜ


 まあ、こちら側の情報じょうほう提供者ていきょうしゃによると。

 クノー夫人ふじんとクノー閣下、少年兵シロップこと、もとミエル・オスの三名さんめい三角さんかく関係かんけいだとか。

 まあ、こいらないどものはつ恋に、クノー夫人が嫉妬しっとしたことが派兵の発端ほったんらしい。

 情をはさんで、子どもを死地しちに投げだすとは、悪女あくじょかがみ

「……あまり、クノー夫人を色眼鏡いろめがねやからやしたくありませんので。

 当該とうがい少年兵に関する資料しりょうは、今後こんご開示かいじ出来ませんし。

 しからず」

 <ええ、公表こうひょうのぞんでおりません。

 こちらの派兵工作資料もすべてそちらにわたすようにとのことでしたので>

 極秘の電話会談は私的な、「ミエル・オスの派兵工作」に関する情報共有きょうゆうはじまり、わった。

 結局けっきょく、クノー閣下も、少じょを取りもど勇気ゆうきが出なかったのだ。


 電話さきでは、クノー夫人とおもわれる、さけごえがかすかにこえた。

 嗚呼ああ

 何故、離婚えいこんしないのか。

 どうして、おたがいをきずつけうのか。

 国の国境こっきょうちがって、はなれることが出来るのに。


 すっかりめてしまった、ティーカップのくちでまわしていると。

 やっと、夫人の声が聞こえなくなった。

 電話会談は夫人の叫びで九度くど中断ちゅうだんしている。


「クノー夫人のご実家じっかとう資先の幽霊会社ペーパーカンパニーから、パント義肢館ぎしかん多額たがくかねけ取っていました。

 おかげで、パント義肢館は増改築ぞうかいちく発注はっちゅう

 見習みならいのさい用も始めました。

 ミエル・オスは、その義肢館に所属しょぞくするおろかな父親ちちおやに、られた。

 違いありません。

 クレモンテ室長しつちょう、これ以上いじょうなにき出そうとしているのです?」

 ラピーノ補佐官ほさかんはこらえしょうが無い。

 声のおおきさをとしつつ、電話会談中の私に話しかけて来る。


「室長。

 ミエルのあねが少年兵の選抜せんばつ拒否きょひしたのが原因げんいんでは無いということですが。

 何故、ヴィーニュ王国の宰相閣下のつまが、そこまでムキになられたのでしょう?」


 ラピーノ補佐官を一睨ひとにらみして、ティーカップから手を離すと。

 かれは私の補佐らしく、冷めたティーカップをデスクからげる。

 しかし、ティーカップをソーサーごとち上げたまま、私のまえをウロウロし始める。

「夫をまどわす少女が目ざわりだったのでしょうか?」

 これはラピーノ補佐官の野次馬欲やじうまよくのための電話会談では無いのだが。

 私のそばで、統領閣下はあたまかかえていてくれてかった。

 もし、統領閣下が頭を抱えていなければ。ラピーノ補佐官が目の前をしつこくウロウロするので、うっとおしくてたまらなくなっていただろう。


 たりさわりなく、電話会談を終了しゅうりょうすることを宰相に伝える。

「それでは、失礼しつれいします。

 ……ラピーノ君、ヴィーニュの密使みっしは?」

「あそこにます!」

「ここにんでくれ」


 ラピーノ補佐官が顔面蒼白がんめんそうはくの密使の一人をれて来た。

 いつもは、交代こうたいで、あるいは複数ふくすうで、ミエル・オスを監視かんししているはずだ。

 その監視のかずおおさから、王族おうぞく庶子しょしかとかん違いするところだったが。

 宰相閣下はミエル・オスにれているのだから。

 仕方しかたが無い。


 密使は死を覚悟かくごして、まく引きの魔術まじゅつをかすかに待機たいきさせている。

「電話会談では、こちらの秘匿ひとくしている追加ついかの資料について、『おつたえしわすれた』。

 君はミエル・オスを、我々われわれ砂糖銀行シアン支店よりも『たくさん知っている』。

 そうだな?」

「……」

 幕引きの魔術をかくさず、待機しだした。

 ラピーノ補佐官が統領閣下の目の前で、あちらの密使をなぐたおそうとするも。

 血気けっきさかんなこぶしは、密使の幻影げんえいをすりけた。


 一瞬いっしゅんで、とり変身へんしんした。

 見事みごとな変身魔術だ。

 しかも、無詠唱むえいしょう


「カンタン・クノーは何故、ミエル・オスを少年兵の名簿からはずさなかった?

 ヴィーニュ王国は宰相の妻が牛耳ぎゅじっているのか?」

「……」

 烏にふんするヴィーニュの密使からは、返答へんとうは無い。

「カー」と一声ひとこえいてくれれば良いのだが。


「この写真しゃしんを宰相閣下へとどけろ。

 そして、御前おまえたち密使は、もう、ここへ近づかないように。

 目障りだ。

 つぎ、御前たちのような密使を見れば、微塵みじんにする」

 デスクから茶封筒ちゃふうとうを取り出して、元敵もとてき国の使者に渡す。

 烏は封筒の中身なかみも見ずに、全てをさっして。

 つばさばたかせ、統領閣下のかかえるあたまき出す。

 統領閣下は抵抗ていこうしなかった。

 仕方無く、そのあまんじてつぐな姿勢しせいの閣下の頭から、一羽の烏をやさしく抱きしめて、封筒をくわえさせた。

 その瞬間、いきなり密使が人型ひとがらに戻ったので、私はよろけてしまった。

「……私は、少しでもしあわせな写真を渡したつもりだ。

 クレメン統領国が背負せおうのはおさないシスティーナ・ソーレ夫人の今後だ。

 ミエル・オスの派兵は、ヴィーニュ王国の宰相が一生いっしょう背負いつづけろ」




「……」




かならず、宰相閣下に手渡せ。

 システィーナ・ソーレ夫人をはずかしめたくない」

 密使は暗視あんし室をび出して行った。


「わあ、カラス!?」


 夜間やかん警備けいびの行員が廊下ろうかで何かとすれ違って、それを「烏」だと言った。

 封筒をかかえた人間にんげんでも無く。

 封筒を咥えた烏でも無く。

 ただただくろな烏を見たようだ。


 ソーレ夫人。

 クノーにとっては、天才てんさいがん職人しょくにん

 いや。あのおとこにとって、ソーレ夫人は、まもるべき存在そんざいだった。

 クノー夫人の目を気にしながら、きちんと守るべきだった。

 もう、おそい。

 何もかも、見あやまった。

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