5 偽装結婚(前編)

 少年兵しょうねんへいは、砂糖銀行さとうぎんこう施設外しせつがいへの外しゅつ許可きょかをもらえない。

 奉仕ほうし外では、無理むりだ。

 戦争せんそうわっても、国民こくみん感情かんじょうおだやかではない。


 今後こんごはソーレがいるかぎり、奉仕以外での外出申請しんせい緩和かんわされる。

 そうわれても、結局けっきょくのところ、自由じゆうい。


 そとさわがしい。

 防護服ぼうごふくひとたちと、砂糖銀行いんいをしている。

 なにかの薬剤やくざい散布さんぷしたいのか。砂糖銀行員にたいしても、散布のノズルの先端せんたんのヘッドをけている。

 その動作どうさづいて、ワラワラとあつまってていた行員たちがくち両腕りょううでおおう。


「あいにく、こちらには家畜かちくなどおりません!」

「そこらじゅうに、ころがっているじゃありませんか。

 ここは昼夜ちゅうやわず対戦争遺産いさん研究けんきゅう拠点きょてんでもあります。危険きけんです。

 野生やせい動物どうぶつ保護ほごしないでください。また、敷地内しきちないでこういう死骸しがいつけた場合ばあいそく衛生所えいせいじょにご連絡れんらくを!!」

 衛生所のしょく員は、隊列たいれつからはずれて、上司じょうし指示しじどおり、薬剤を散布していく。

 みち

 雑草ざっそう

 かべ

 まど

 玄関げんかん

 嗚呼ああ廊下ろうかも液剤まみれになっていく。


「家畜伝染病でんせんびょうですか?

 いま流行りゅうこうしているのは、五線譜ごぜんふ病ですね。

 でも、五線譜病の場合は、パウダーけいを玄関や家おくまわりに散布する程度ていどですけど」

物知ものしりだな」

「家畜伝染病は義肢ぎしにんにもかかわりがありました。

 義肢の相性あいしょうで、ウシ以外の動物由来ゆらいものしがるかたはいらっしゃいましたし。

 はだ馴染なじまない場合は相性のべつの動物由来の素材そざいでテストしていました。

 ウシの素材だけでも、防疫ぼうえき面倒めんどうなんですけどね」


 ソーレは行員にはなしかけはじめた。

「防疫キャンペーンか?」

「はい。

 しゅう戦後の混乱こんらん悪用あくようして、こういうときにかぎって、生物せいぶつ魔物まもの密輸みつゆえるんです。

 このあいだは、ユニコーンの密輸未遂みすいさわぎがあったとか」

 ……。




 ソーレとわたしは、偽装ぎそう結婚けっこん証明しょうめいのために、おでかけをすることになっったのだけれど。

 まち一軒いっけんある写真館しゃしんにはすぐにいてしまった。

 ショウウィンドウには、軍服ぐんぷく質素しっそなドレス、あかちゃんの写真がかざられていた。

 屋根やねと真っ赤な外壁がいへき

 この地域ちいきによくある煉瓦れんがづくり。

 ドアをけると、ドアベルが「チリンチリン」とるはずだった。でも、何もらない。

 かすかなほこりっぽさと。

 レコードからながれる、雑音ざつおんじりの輪舞曲ワルツ

 玄関をとおさいに見げてづいた。

 ドアベルの打音だおん部分ぶぶんはずされたまま。

 空襲くうしゅう警報けいほう優先ゆうせnするための、店側みせがわによる「くにへの誠意せいい」だ。


 絨毯じゅうたんはベットリとみのあとがある。

 掃除そうじをしたばかりなのか、石鹸せっけんにおいがっている。


 今日きょうは奉仕かつ動では無い。そんなふうよそおっているおでかけ。

 写真館では、おじいさんに出迎でむかえられた。

 あしきずっている。

 義そくではないけれど。

 足にトラブルをかかえているようだ。

 職ぎょう病だな。

 足を見るくせがなかなかけない。


 あたま包帯ほうたいいたおじいさんはおじさんにささえられて店のおくから出て来た。

さいにやられてしまいました。

 来週らいしゅうには、ショウウィンドウをられるやもしれません。

 もしかすると、貴方方あなたがた最後さいごのお客様きゃくさまになるやもしれませんね。

 いらっしゃいませ。

『写真館』へようこそ」

 おじさんは義足で間違まちがいない。それも粗悪そあくな義足だ。

もと従軍じゅうぐん記者きしゃ息子むすこのマリオともうします。

 ちちのジーノはこう言っておりますが、わたしあとぎますので、どうかご安心あんしんを」なんて、おじいさんのよわ気な商売しょうばい姿勢しせいさえぎるように、そうって笑顔えがおを見せてくれた。


「結婚写真を」

かしこまりました!ただいま、準備じゅんびいたします!」

 店の奥へとえていったおじさんは、無理理義足の足をまえほうり出すようにして、はずみをつけて、いそいであるいてった。

「……ですが」

 写真館のおじいさんはちいさなおんなの子を見て、怪訝けげんかおをせずに、それでも、言いにくそうに、言葉ことばえらぼうとしている。

父子ふし家庭かていそだった。

 戦死した父親ちちおやは私のもと上官じょうかん

 この結婚は、元上官の遺言ゆいごんなのです」

「おいたわしいことです。

 しかしながら、おじょう様。

 良い方に見初みそめられましたね」

失礼しつれい

 つまに、簡単かんたん化粧けしょうたのめますか?」

「ええ、もちろんです」

 おばあさんがちかくの眼科がんか処方箋しょほうせんふくろって、かえって来た。

「お客様が入っていくのが通りから見えたけれど。

 昨日きのう今日きょうでしょ。

 おねがったら?」

「御前は化粧としドレスの準備をたのむ」

 おじいさんの目力めぢからは目のわるいおばあさんにとどいたかどうかわからない。

 それでも、おばあさんはわたしのひだり手を引いて、奥の更衣室こういしつへとれて行ってくれた。


 ソーレが貸しドレスを「伝統的でんとうてきな物に」と注文ちゅうもんをしに、更衣室をたずねて来たので。

 すこし、おばあさんにはせきを外してもらって、貸しドレスを選んでいる風を装って、内緒ないしょばなしをする。

ともだちが死んだばかりの状況下じょうきょうかわるいな。

 レンズにかって『わらえ』とは言わないが。

 おすまししててくれ」

「……いえ。

 ちがいます。

 おどろきました」

「何に?」

「こちらは花嫁はなよめ衣装いしょうくろなのですね」

 写真館の一家いっかに聞こえないように、小声こごえでソーレにささやく。

「嗚呼。

 結婚しき壮大そうだい生前葬せいぜんそうでもあるからな。

 戦前から海外かいがい文化ぶんか流入りゅうにゅうしてすたれて来つつあるが。

 やはり、婚れい衣装は黒にかぎる」


 そして、ソーレは淡々たんたんとこうつぶやいた。

御前おまえが死ねば、墓標ぼひょうに死亡日時ぼうにちじと『ソーレ夫人ふじん』としてきざまれる。

 こん後は、出張しゅっちょう時は『システィーナ・ソーレ』と名乗なのるように」

いや」と、一瞬いっしゅん何故なぜか言ってしまった。

 わたしはこの国ににゅう国した時てんで、覚悟かくごはしていたつもりだった。

「ワガママはれられない」

外国人がいこくじんなのはまるわかりでしょ。

『システィー・ソーレ』で」

みとめられない。

 システィーナ・ソーレ夫人」


 さらに、わたしは驚いた。

 葬式のような黒いドレスに、はなやかな花嫁の化粧がわないのは何となくわかるが。

 死に粧のように、肌は相当そうとう青白あおじろ上げられた。

 赤い頬紅ほほべにくち紅は一切使いっさいつかわない。あかみはあるが、あるのは紫色むらさきいろのパレット。

 くちびるは、真っしろりつぶされただけではない。唇のしわまでのばして、ねん入りに赤みをしていった。

 どんどん血色けっしょくの悪い死に顔に調整ちょうせいされる。

 特に、おばあさんは結婚式用の写真に慣れているのか、かなり「盛っている」。

 これでは、ソーレは死体をかかえて写真をってもらう殺人鬼になってしまうのではないか。


 しかし、深々ふかぶかかぶせられた黒のレースヴェールで、その「死人顔」はほぼかくされた。

 うーん。

 微妙びみょうけている。

 やっぱり、こんな化粧、としてもらいたい。


 貴族きぞくのお嬢様がおしになるドレスよりもすそきずるので。

 わたし以上におばあさんがたくしあげなければ、撮影さつえい場所ばしょまであるくことは出来なかっただろう。



 最しょの撮影までに十分じゅっぷんも、ヴェールをなおしたり、表情ひょうじょう指導しどうもされた。

 バシャン。

 バシャン。

 さらに、もう一度いちど

 バシャン。


しん旅行りょこうはそろそろ、復活ふっかつしているでしょうか?」

「ソーレ様、もちろんでございます。

 写真館から、ご紹介しょうかい可能かのうでございますよ。パンフレットがり上がっておりますから」

「それはありがたい」

 なんて、ソーレがパンフレットを物色し始める。

 おかしい。

 もう、帰るのではないだろうか?


奥様シニョーラ

「……え?」

奥様シニョーラ

 お着換きがえをませましょう」

「わたし、ドレスはもう着ていますけれど?」

「お色直いろなおしをどうぞ」とおじいさんにうながされ、おばあさんと一緒いっしょになってドレスをたくしあげて、また更衣室にもどることになる。

「何枚、撮るおつもりですか……ソーレ!」

「あと、二着にちゃくほど」

 おばあさんにまえを向いて歩くよう注意ちゅういされ、ソーレの冗談じょうだんじみた「二着」に言いかえすことが出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る