4 義眼の片隅に(後編)(ヴィーニュ王国カンタン・クノー宰相視点)

 宰相さいしょう護衛ごえいつとめている、王宮おうきゅう警察けいさつ警備けいびのピエール・ラロがさきほどから、なにかんがごとをしている。

 いったい、どうしたのだろう?


「ミエル・オス……どこかで、名前なまえを……どこだったか」

「どうした?」

嗚呼ああ、あのリストです!

 スッキリしました」

 いやいや。

 王宮警察官一人ひとりで、スッキリしたかおをしているが。

 わたし補佐ほさかんのシャルルは困惑こんわくしたままだぞ。

戦死せんししゃリストか?

 空襲くうしゅう被災ひさい者か?」

 私は椅子いすからがって、ラロにる。

 あのんでしまったという報告ほうこくけていない。

 しかし、何故なぜ密使みっしはミエル・オスにかんする定期ていき報告ほうこくおこたっているんだ。


「ヴィーニュ少年兵しょうねんへいのリストにおなじ名前のがいましたよ。

 プラトールですよね?」


 私は急激きゅうげきまいに、その両膝りょうひざをついてしまった。

 どうして。

 どうして、あの子は絶対ぜったい兵されないと、おもいこんでいたのだろう。

 私の、宰相のがんつくるほどの腕前うでまえ易々やすやすと派兵などされない。

 技術ぎじゅつしょくだから、選抜せんばつから除外じょがいされる。

 そんなこと、たり前だ。

 戦後せんご復興ふっこうかなめである義肢ぎしにん見習みならいを、どうして、派兵するなんて、検討けんとうする!

 どうして、選抜せんばつする!

 何故なぜ、出国を認めた!

 何故だ!


いろ識別しきべつ魔術まじゅつ解除かいじょしてください。

 義眼がまた割れてしまいます」

 色の世界せかいは何かと自由じゆうだ。

 この国の普通ふつうの義眼は色を認識にんしき出来ない。

 だから、色を識別するときだけ、常時じょうじ色識別魔術を発動はつどうさせていなければならない。


 仕方しかた無く、白黒しろくろの世界にあまんじるしかない。


 私はラロと補佐官のシャルルにかかえられて、なが椅子いすへと、だらしなくこしかけ、よこになる。

「……よし。

 クレメン統領とうりょうこく公式こうしき慰問いもんしよう。

 そして、ヴィーニュ少年兵がくなったつぐないをしてもらわなければならない。

 きみ同行どうこうしてくれるか?

 シャルル」

かまいませんが、身分みぶんしょうを作りえております」


 ひと呼吸こきゅうおいて。

 未来みらいかがやかせていない、うつろな目のまま補佐官はけた。

両親りょうしん戦争せんそう関連かんれん離婚りこんしました」

しゅうに?」

国際こくさいけっ婚でしたから。

 私も、ヴィーニュ王こくでは、戦時ちゅうわる目立めだちするかみの色やの色をかくしていましたが。

 大使たいしかん勤務きんむから、王宮勤務になって、両親りょうしん心配しんぱいしていたんです。

 でも、それがだんだん、口論こうろん発展はってんしました。

 両親のあいだ複雑ふくざつでした。意見いけんちがいや、文化ぶんかちがいで、めて……」

ちちはペスカトール王国へ。

 私はははとヴィーニュへのこることになりました。家名かめいはは家名かめい名乗なのることに。

 シャルル・レッドから、シャルル・ムーランと名乗りを変えました」

 うつろな目はわらない。

 シャルルは誤解ごかいされやすい人相にんそうだ。

 何もかんがえていないようにも見えるし。

 うらんでいるようにも見られてしまう。


同盟どうめい国だったが、今はペスカトールはもう」と私は言いかけて、やめた。

「ええ、ぼう国です。新興しんこうけん国に関与かんよしたい父も、この国を出て行きたがってましたし」


 しかし、シャルルは父親のことよりも、ミエルの安否あんぴが気になるようだ。

「その義眼職人の子はヴィーニュ少年兵のいでしょうか?

 そんなこと、みとめられるんですか?

 まさか、クレメン統領国への技術流出りゅうしゅつで、派兵はへい人数にんずうすくなくしたのでしょうか?」

「いいや、それは無い。

 ミエル・オス。

 世界最高さいこう傑作けっさくウシ由来ゆらいの義肢で有名ゆうめいな、職人だった。

 技術流出など、王陛下へいかゆるさないはずだ」

 国王と王女はまともでは無いが、王妃陛下はまともである。

 王妃陛下は戦後も、おおくの義肢・義使用しよう者を慰問いもんしている。


「国のたからをどうして?」

「わからない。

 名簿にあれば、私の宰相職とえに、名簿から除外じょがいした。

 私が決裁けっさいした名簿には、彼女かのじょの名前は無かった。

 ありえないミスだ。

 ラロ、ほかに、なにらないか?」


「派兵直前ちょくぜんすう時間じかんで、名簿がき換えられたのは、二百にひゃく名中一名だけだったそうですよ。

 そうそう、うつくしきまいあいとユニコーンの物語ものがたりです」

 ラロは得意とくいげにはなし始めた。


あねであるパメラ・オスが派兵を拒否きょひして、両親も喧嘩けんかになって、父親ちちおやがミエルをかせたんですよ。

 戦争へ行かなかった義肢職人とその家族かぞくは、義肢使用者とその家族にうらまれてますし。

 そして、入国にゅうこく審査しんさちゅう収容所しゅうようじょ魔術まじゅつ遺産いさんさせて。

 なんと言うか……父親の真意しんいを知ってか知らずか、まあ、そういうことです」


「どういうことです?」

「シャルル。

 あの子は、『くにたよらず、終戦後の清算せいさんも出来る子』だと言うことだ」



 各々おのおのかんがえをめぐらせているあいだに。

 宰相さいしょう執務しつむしつ空気くうきわった。

 魔術の気配けはい

 ありえない。

 ここは王宮殿でんの中。

 王宮防空圏ぼうくうけんの、国内こくない重要じゅうよう結界けっかい長年ながねんり巡らされて……。


 コトンッ。

 なが椅子いすよこになっていた、私のはらうえに、なにかがちて来た。

閣下かっか!」

 王宮警察として、素早すばやはこかかえて、宮殿のそとてようとしたラロ。

 しかし、くろい箱にれようとした瞬間しゅんかん、ラロはすぐに箱からはなれて、ゆかって、した。

 のろいのたぐいでは無いが。

 ラロは何かしようにもうごけない。

 そんなかんじで、床に伏したままジタバタもがいていた。


「これ、なんです?」


「……いや、あやしいものでは無いよ。

 すこし、せきはずしてくれないか?」

「戦後の混乱こんらんです。

 とどものすべて、王宮警察が調しらべなければなりません」

 ラロはシャルルのりて、何度なんどがろうとするも、駄目だめだった。


「いや、そうなると、ラロに報告ほうこく義務ぎむ発生はっせいする。

 これはいのちけた物だ。

 ごんようたのみたい」

「では……そうですね。

 私は両手りょうてかおおおいましょう。

 見なかった、かなかったことにいたします」

 ラロは何とか床にうつせになったまま、顔を両手で覆った。

「そうしてくれると、たすかるよ」


 あては箱に明記めいきしていない。

 しかし、わかってしまう。


「ミエル・オスからだ」


無茶むちゃです。

 クレメン統領国の少年兵は親や家族、友人ゆうじんに会いたがって脱走だっそうしないように、国とのやり取りはきんじられています。

 亡くなった少年兵の遺留いりゅうひんだって、一点いってんしかもどって来ませんでした。

 もとてき国からの小包こづつみ・手紙てがみ爆発性ばくはつせい魔術が仕込しこんであって、先日せんじつも王警察の鑑定かんてい中に爆発ばくはつさわぎがありました」

 シャルルは宰相補佐官として、「わなですから、破壊はかいします」と箱にけて消失しょうしつ魔術をかけようとした。

 しかし、何もきない。

「だが、王宮では無いだろ?」


 私は箱にくっついていたメッセージカードをげてみせる。




「『これはミエル・オスの生前せいぜん遺留品であることをみとめる。

 砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してん行員こういん クレート・トレモンテ』」

 黒い箱には、メッセージカードがついていた。




「……クレメンの軍脳ぐんのうが?」

「軍脳。

 ……あっ、聞いてません!見てません!」

 ヴィーニュふく葡萄ぶどう連合軍れんごうぐんおそれた、クレメン統領国の軍脳クレート・トレモンテ少将しょうしょう

 退役たいえきしていれば、退役少将か。

 ならば、何故「退役少将」と書かなかった。

 この箱は、「私的してきさ」がつよいのか?



 黒い箱のふたけておどろいた。

 二十四にじゅうよん灰色はいいろ小箱こばこがギッシリめられていた。

 義眼一つ一つが、衛生面えいせいめんを考えて、一つ一つ灰色の硝子がらすばこの中でピタリといたまま動かない。

 なまめかしくかがやく、義眼。


 かざの無い「砂糖銀行」と印字いんじされた、封筒ふうとう便箋びんせん

 何も書かれていなかった。

「何でしょう?

 かけのある手紙にはおもえませんが」

 灰色の箱からゆうの義眼をそれぞれ取り出して、がんにはめこむ。


 つぎの瞬間。

 私の目には、灰色だったはずの硝子箱が「すみれ色の硝子箱」としてうつった。

 そして、何も書かれてなかったはずの便箋に、こん色の文字もじが浮かび上がる。



 彼女かのじょはまだ死んでいない。

 死んでいないのに。

 どういうことだ。

 この手紙の内容ないようは。

 彼女をもどすことは、平和へいわちかった国際こくさい条約じょうやくはん魔術遺産条約」をつぶすことになる。

 それは国家こっかあだもの

 たった一人の子どもか、くにの平和か。

 天秤てんびんに、かけろということか。

 何故だ。

 軍脳。

 貴様きさまは何を知り、私に何をつたえたい?

 何故、ミエルの届け物を見逃みのがし、私にメッセージカードを見せたのだ?

 

 完璧かんぺきな義眼の片隅かたすみに、菫の幻影げんえいっている。

 この手紙をんでいるあいだだけ、何故か漆黒しっこくの菫がヒラヒラとあいらしくう。






 親愛しんあいなるおじさま


 教会菫チャーチ・ヴァイオレットは見えていますか?

 最後さいご予備よびこわれるころだと思いまして、予備の義眼を左右一ダースずつご用意よういいたしました。

 どうか、わたしのことは死んだ者とお思いください。

 もう、お会いすることはかないません。

 おじ様のパイをもう一度いちどべたかったです。

 さようなら。


 ミエル・オス

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る