1 悪童は偶然を喜ぶ

支店してんばれた」のは間違まちがいない。しかし、総合そうごう受付うけつけ窓口まどぐち職員しょくいんに、そうつたえると。

全課ぜんか牛糞ぎゅうふんからのりを希望きぼうしていますよ。

 附属ふぞくこうも。本来ほんらいなら、南部なんぶ派兵はへい先発せんぱつ部隊ぶたいの部隊長にちょうする段取だんどりをすすめていたようですが。

 わたしはある御方おかたのご厚意こうい勤務きんむしております。

 いまこそ、そのおんをおかえしすべき瞬間しゅんかんなのでしょう。

 牛糞にあしえるとはおもいませんが。

 暗視室あんししつへおきなさい」

 ペラペラしゃべるおじさんはニッコリわらってせた。元敵国もとてきこく少年兵しょうねんへいたいしての「完璧かんぺきつく笑顔えがお」と侮蔑ぶべつ。わたしを牛糞あつかいするなんて。

 えてるな、人糞じんぷん


 つめたい石板せきばんゆかから紺色こんいろ絨毯じゅうたんかれた階段かいだんのぼっていく。

 水色みずいろ壁紙かべがみには、あおしろ星々ほしぼしくも絵柄えがらはない。

 暗視室はどこか。

 すれちがう職員が「あっちだ」と、おな方向ほうこうして、おしえてくれた。

 元敵国の子だとは一目いちもく瞭然りょうぜん。附属校の制服せいふく姿すがたでウロウロしているのだから。

 でも、いかなる暴力ぼうりょくけなかった。

 になるのは、受付うけつけで牛糞扱いを受けたくらい。

 おそらく、「暗視室」という言葉ことばに、みんな畏怖いふかんじている。



「暗視室」と部屋へやしるされたちいさな看板かんばん

 半開はんびらきのとびらをノックしようとしたが、なかから大声おおごえこえて来た。

「トレモンテ暗視室長。

『名も収容所しゅうようじょ跡地あとち廃墟はいきょでは、シーツをかぶった一角いっかくものたちがユラユラただよっている』。

 そう報告ほうこくがあがってきています!」

「ラピーノ補佐官ほさかん、ご苦労くろう

 名も無き収容所は内部ないぶ遺産いさんすすんでいる。

 からゆうび出して来た。

 修復しゅうふく不可能ふかのう

 放棄ほうき危険きけんだ。封印ふういんのぞましい」


 彼等かれらはあの収容所を始末しまつすることにしたようだ。対応たいおう遅過おそすぎるが、まあい。

 ヴィーニュ少年兵の入国にゅうこく審査しんさづけば仲間なかま百六十ひゃくろくじゅうにんしかのこらなかった。

 百人ちゅうよん十人は名も無き収容所からヴィーニュ王国おうこく強制きょうせい送還そうかんされた。

 少年兵の数合かずあわせで、子どもに変身へんしんした大人おとな魔術師まじゅつしが四十人もまぎれていたからだ。

 条約じょうやくとおり、少年兵を丁寧ていねいに扱うはずが。少々しょうしょう手荒てあらにしてしまったのは、大人と子どもの線引せんびきのためだった。

 ヴィーニュもクレメンも、国として最大限さいだいげん、やってはいた。でも、子どもからしたら、良い迷惑めいわくだった。


 クレメン統領とうりょう国にしてみれば、ヴィーニュ王国が何をかんがえているのか、さっぱりわからないはずだ。

 やはり、王国みんは、再戦派さいせんは圧倒的あっとうてきなのだろう。

 ヴィーニュ少年兵の中にも軍人ぐんじんや軍ぞくの子が大半たいはんめている。

「この平和へいわ仮初かりそめだ!また、戦争せんそうをするための準備じゅんびに過ぎない!」なんて、再戦派の活動かつどう活発化かっぱつかしているだろう。でも、彼等はいざ、徴兵ちょうへいになると、ごしになる。

 戦争にあこがれるけれど、前線ぜんせんは行きたくない。

 だれだって、そうだ。


 だからといって、クレメン統領国の潔白けっぱく証明しょうめいされたわけでは無い。

 こちらはこちらで、実習じっしゅう中のテロにづけなかった。

「【かみなりはな解体かいたい実習中、一期生いっきせい十九じゅうきゅう人も爆死ばくし危険性きけんせいがあったとは。

 しかし、この論文ろんぶん下級かきゅうがっ校でも、じょう級軍学校でもありません。どちらの学校の論文とも、形式けいしきちがいますから。

 論文指導しどう教官きょうかんの名もありません。どういうことでしょう?」

 なぞおとこはなしだした。さっきまでは、暗視室から、二人ふたり以外いがいひと気配けはいはしなかったのに。

「ソーレ。

 附属校は、そのような指導は受けていない。

 これをげたのは、砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してん附属校のヴィーニュ王国少年兵だ。

 よわい十……さいだったか?」

「いえ、室長。まんいっ歳です。

 今月こんげつ誕生日たんじょうびむかえます」

 ラピーノ補佐官ほさかんというわかひと面識めんしきは無いが、わたしの個人こじん情報じょうほうにぎっているのは彼で間違まちがいない。


「シロップを、砂糖銀行シアン支店地下ちか遺産課へ配属はいぞくさせるように」

「暗視室長。地下遺産課は危険しょくです」

「ソーレ、同情どうじょうはいらない。

 出来れば、あの悪魔あくまにははやんでもらいたい。

 我々われわれが【しろやま】をらせるまえから、一人ひとりで戦争ごっこをしていた悪童あくどうだ」


 コンコンコンコン。

 わたしはかろやかに扉をノックした。

「扉がひらきっぱなしでしたのですが。こちらが暗視室ですか?」

「シロップ。

 こちらに来なさい」

「はい」

 この部屋の中で一番いちばんえらい人。声色こえいろからして、この人がトレモンテ暗視室長。

 すわれとは言われなかった。

 仕方しかた無い。応接おうせつソファーのちかくで、直立ちょくりつ不動ふどうつ。


 御三方おさんかた優雅ゆうがに、紅茶こうちゃんでいらっしゃる。

 れたばかりで、しろ湯気ゆげらめいている。

わたしは砂糖銀行シアン支店暗視室長のクレート・トレモンテだ。

 早速さっそく質問しつもんをしても良いかな?」

「はい、トレモンテ暗視室長」

「シロップ。

 君は名も無き収容所の暗室で、ユニコーンのぬいぐるみを放牧ほうぼくしたか?」

「いいえ。入国審査のさいに、名も無き収容所職員にうばわれました」

「君は附属校内で、故意こいに、十九の魔術遺産を爆発ばくはつさせたか?」

「いいえ。ただしい手順てじゅん馬鹿ばかみたいに解体処理しょりすれば、爆発するよう改造かいぞうされていましたので。

 適切てきせつに、解体失敗しっぱいの『爆発』をえらびました」

「改造魔術遺産が十九も少年兵の実習にまぎれこませたのは誰か?」

見当けんとうもつきません」

 名も無き収容所の所長が関与かんよしているのはわかっているが、とくに気にもならない。きっと、もう、どうにもならないのだから。


「ラピーノ暗視室長補佐官だ。

 君の実験じっけんレポートはとても素晴すばらしかった。

 即席そくせき魔術。

 補給ほきゅうが無い戦闘せんとう地域ちいきで、よくあるはなしとまとめてあったが。

 ここは、砂糖銀行シアン支店附属校だ。

 君の故郷こきょうではない。

 戦争など、きてはならない」

「もちろんです、ラピーノ暗視室長補佐官。

 かい戦しなければ、戦争ではありません。

 そして、しゅう戦しなければ、戦争ではありません」

 何のことだ?

 そんなかおつきのラピーノ補佐官。

 これだから、空襲くうしゅうらないおぼっちゃんは……。


「君はクレメン統領国・ヴィーニュ王国のりょう国の英雄えいゆうだ。

 儀礼ぎれい捕虜ほりょすくうということはまさしく、世界せかい平和へいわへの奉仕ほうし

 だが。

 組織そしきでの集団しゅうだん行動こうどう適性てきせい皆無かいむ、という評価ひょうかただしい」

 トレモンテ暗視室長は、ラピーノ補佐官が使つかえなくなると、率先そっせんして、仕事しごとすすめる。

 嗚呼ああ、仕事をまかせられない人だ。

 した人材じんざいそだちにくいから、この人の下にいる人たちは後々あとあと苦労するだろうな。


 これからの季節きせつあつくなる。

 潮風しおかぜく南部。あちらへの派兵を回避かいひ出来たのなら、及第点きゅうだいてん

「南部派兵先発部隊には選ばれませんでしたが。

 後発こうはつ部隊の編制へんせいまでは、附属校で待機たいき必要ひつようがあるのではないでしょうか?」

 後発部隊にも選ばれなければ、どうなるだろう?

「それも一興いっきょうだ」とちちなら、言うだろう。

 まあ、いろいろな偶然ぐうぜんかさなる。

 入国審査も。解体実習のさわぎも。何もかも。そう、戦争だって、たまたま悪い偶然が重なっただけ。

 世界は偶然でまわっている。

 この世界にきる以上、この偶然によろこつづけなければ。


「君にふさわしい『地獄じごく』を偶然用意よういした。

 頑張がんばたまえ。

 いや、頑張るな。

 絶対ぜったいに、頑張ってはいけない」


 ふふふふーん。

 トレモンテ暗視室長は、わたしを、ソーレとばれた男にたくした。

 右手みぎて粗悪そあく義手ぎしゅだ。

 かわいそうに。

 あんな義手を使つかい続けるなら、戦死せんししたほうがマシだったろうに。

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