2 鉱山の小鳥

 暗視室あんししつから、ソーレと一緒いっしょ退たい室した。

 廊下ろうかには、ひとがいなくなった。

 でも、ところどころひらきかけたとびら隙間すきまからはたくさんののぞいている。

 だまっている人もいるし、だれかにヒソヒソはなしかけているこえもしている。


 地階ちかいへとつづく階だんは人にはきにくい場所ばしょにあった。

 くろつやめいた扉はかぎいし、ノブも無かった。


「『黒スミレはな開く 砂糖さとうけるかに漬けるかあせに漬けるかまようこと無かれ ただなみだに漬けよ』」


 ながったらしい文言もんごんあと、黒い扉から黒い花びらがブワーッとした。

 こんな花吹雪ふぶきびたことが無い。

 いきひまも無い。

 まえにもうしろへもが無い。

 花吹雪の旋回せんかいきこまれていた。

 そうおもった瞬間しゅんかん、黒い花吹雪はえていた。



 青白あおじろ月光げっこうのようなつめたいひかりまぶしい。

 いしかべつたっていくと、ゆるやかな石ざかくだっていく。

 階段というよりは段々があるさかのようにかんじだ。

 十歩じゅっぽすすんでは一段がる。

 また十歩進んでは一段。


 あっという間に、開けた空間に出た。

 書物しょもつならべられた書架しょか

 閲覧席えつらんせき

 あおかさのランプ。

 だけれど、それは金網かなあみ仕切しきられていて、進めない。

 ソーレは金網に鍵をさしこんだ。

御前おまえの鍵はそこにある」とわれた。

 ちいさな紺色こんいろ椅子いすうえにあったのは、しろな鍵。

 がつくと、ソーレがとおけた個所かしょはまた金網がある。

 わたしはこのどこに鍵あながあるのか、わからず、モタモタする。


 すると、わたしだけの鍵穴は意外いがいにも床面ゆかめんにあった。

 小さな鍵穴だけれど、白い鍵がしっかりフィットした。

 時計とけいまわりに回転かいてんさせると、開錠音かいじょうおんこえた。



 気がつくと、いっ歩もあるいていないのに、金網のこうがわ転移てんいしていた。

 不思議ふしぎかけ魔術まじゅつだ。


 ソーレはわたし専用せんようのキャレルに案内あんないした。

 もともとは一人ひとり用のパーテーションき閲覧席。

 軍学校ぐんがっこう備品びひんだったらしい。

 しかし、キャレルのつくえ部分ぶぶんにはあかい文字で「ヴィーニュへいことわり!」とがっていた。

 どうやら、長らくクレメンのわか訓練くんれん兵に可愛かわいがられてきたせいで、クレメンりく軍に執心しゅうしんしているようだ。

 わたしは素手すでで、キャレルの机の表面ひょうめん一撫ひとなでする。

 ゾワゾワゾワッ。

 ものでも無いのに、ふるえあがったキャレル。


「【しろやま】の魔術のいしずえは、人間にんげんくすぶるほね

 も無き収容所の、焼却炉しょうきゃくろから白く発光はっこうする骨をり出して、製造せいぞうされていた。

 人道的じんどうてき尋問じんもんはあくまでもおもてき。アイツ素材そざいあつめていただけだった。

【白の山】は潔癖けっぺきで、精密せいみつ

 だから、不純物ふじゅんぶつである魔術を除去じょきょする必要ひつようがあった。

 あの収容所には、妨害ぼうがい魔術を遮断しゃだんする暗室の役割やくわりがそもそもあった。

 そして、【白の山】をこんなところではなてば、どうなるか。

 危険性きけんせいちがえど。おなじ魔術道具どうぐつくえなら、わかるだろう」

 ソーレはわたしのをキャレルからきはがし、「御前が挑発ちょうはつしたのがわるいぞ、おづくえ」とパシパシ、キャレルの机部分ぶぶんひら手でたたいた。


偶然ぐうぜんですよ。偶然。

 汚染おせんされたユニコーンのつのまぎれていたなんて、わからなかったんですって。

 でも、ヴィーニュ陸軍捕虜ほりょの収容所ない死亡数しぼうすうよりは、入国にゅうこく審査しんさなんて。はるかに被害ひがいすくなくてみました。うしなったのはけがれた一角だけでした。

 あっ、でも、く無いか。

 そもそも、誰かさんがヴィーニュ兵の骨をあそこで戦争魔術にみこんじゃったのがいけなかったんですから。

 あんな戦争魔術を敵国てきこく空襲くうしゅうでばらまいちゃって。

 一角が汚染されちゃって。

 その一角を少年兵がちこんだって、められないでしょう」

 わたしはキャレルをもう一撫でしてやろうと手をのばしたが、これ以上いじょうからかうと逃げられてしまうので、やめにした。


 わたしたちが面白おもしろそうなことをしているから、ほかの人たちがちかくまでって来る。

 そのなかには、ソーレを「副課長ふくかちょう」としたう若々しいおとこがいた。

「悪どうをここで、あずかって、立派りっぱな軍人にしろってことですか?

 ソーレ副課長、冗談jおうだんじゃない。

 ヴィーニュへ強制きょうせい送還そうかんしてください!」

 ハキハキしゃべっているつもりのくちの中はすべてのをワイヤーでっぱって、歯列しれつ矯正きょうせいをしている。

 詠唱えいしょう魔術が不得意ふとくいなのか、あるいは戦傷せんしょう退役たいえき兵か。

「ボッカ、だまれ。

 かれはバルダッサーレ・カステッラーニ。シロップがはいるまでは、彼がここで新人しんじんだった。口さきだけはデカイから、『ボッカ』。

 おれはミルコ・ファントーニ。仲間なかまからは、『ルーポ』。喋るよりも、みつくのがはやいってことさ」

 口を黒いマスクでおおったルーポはボッカを引きずって、自分たちのキャレルへとこうとする。しかし、ボッカが抵抗ていこう

 次第しだいに二人はなぐいをしそうないきおいで、こぶしかまえてにらう。


「シロップの強制送還はありえない。非公開こうかいの軍ぽう裁判さいばんけっぴろげになってしまう。

 丸裸まるはだかの軍法裁判など、ごめんだ。

 そこで。

 課長である私、セラフ・サントが。馬車ばしゃうまにも軍馬ぐんばにも競走きょうそうにもなれない駄馬だばに。

 調教師ちょうきょうしをつけてやろうではないか。

 副課長」

 きつく黄金おうごんじりのちゃ色いかみいあげた女性じょせいがわたしのうなじを片手かたてでつかみあげ、ズルズル引きずる。

 まあ、仕方しかたが無い。口が達者たっしゃでも、所詮しょせんはヴィーニュ少年兵。

 少々しょうしょう乱暴らんぼうあつかわれても、文句もんくを言えないということだ。


むちつもし。

 あしるのも良し。

 落馬らくばばされてぬのも無しだ」


 地下ちか遺産いさん課のオフィスエリアのそばに長い廊下。

 そこには、「遺体いたい安置あんちしょ」にはいりきらない、不可解かかいな死をげたであろう「封印ふういんみ遺体収納しゅうのうぶくろ」がやまみされていた。

 全国ぜんこくから、こういう遺体を収ようして、調査ちょうさしているのだろう。

 魔術遺産そのものを見つけるのはむずかしい。

 こういう死しゃ調しらべたほうが見つけやすいのかもしれない。


「シルヴァーノ・ソーレ、地獄じごく用意ようししてやれ」


 なんとも、本人ほんにんを前にして、けでは無いだろうか?


「暗視室の茶葉ちゃばは、シゾーさんでしたね。

 こちらでは、カッティージの茶葉に再会さいかい出来るとは。

 あの亡国ぼうこくの茶ばたけをスパッと完全かんぜんえたことは茶葉ふん争を一つしたということ。

 妙案みょうあんでしたが、今後こんご収穫しゅうかくは不可。残念ざんねんですね」

最上級さいじょうきゅうの茶葉だ。

 みな、悪たいをつきたくなる年頃としごろでね。

 無礼ぶれいな態をどうかゆるしてしい。

 地下遺産課長のセラフだ。

 君も一杯いっぱい、どうかな?」

結構けっこうです。

 ペスカトールもカティージにはおとるが、茶葉せい産国だった。ただ、ペスカトールは病害びょうがいみずかひろめていたのに。カティージを病害発生はっせいげんとして、責めに責めいた。

 ペスカトールなどからの経済けいざい制裁せいさい反発はんぱつしたカティージがせん布告ふこくをしたのはどの国々くにぐに想定内そうていないでした。

 かおりは良いですが、弱毒じゃくどく性。目まい・痙攣けいれん下痢げりしびれ。

 子どもには注意ちゅうい必要ひつようです」

 病害駆除くじょ防疫ぼうえきで、はらわれた国土こくど

 それなのに、のこっているはずは……ある。

 クレメン統領とうりょう国ならば、ありえる。

 子どもには毒があっても、大人おとななら嗜好品しこうひんとしてたのしめる。


愛好あいこうには、刺激しげき的なあじだ。

 チーズだって、カビきん腐敗ふはいしているじゃ無いか」


 セラフ課長はわたしのあご無理むり矢理やり上下じょうげいっぱいに開き、茶葉をすりつぶした「リーフスムージ」をドロドロゴボゴボながしこんだ。

 紅茶こうちゃむというより、「草団子くださんごべる」に近かった。


「ようこそ、地下遺産課に。

 ここでは悪魔でも歓迎かんげいされる。

 さて。

 鉱山こうざんに持ちこんだ小鳥ことりは毒気にくものだぞ?」


「【いおああ】」


 ゴボゴボ言いながら、簡単かんたんにも魔術遺産【白の山】を発動はつどうさせる。

 毒み出す前に、はいにして、魔術を解除かいじょすれば、【白の山】とともに、痕跡こんせきせる。

 空襲で放置ほうちしっぱなしにするから、【白の山】は大規模だいきぼ被害ひがいをもたらした。

 この魔術遺産のスイッチングさえわかれば、扱いやすい魔術は無い。


 わたしの口の中、食道しょくどうの中から、「リーフスムージ―」は焼失しょうしつした。

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