2章 砂糖銀行シアン支店地下遺産課

0 南部派兵先発部隊

 五月ごがつとはまったちがう。

 強香きょうこうはな雨風あめかぜによっておおきくれている。

 ろく月の花々はなばな大輪たいりんで、色鮮いろあざやか。

 クレメン統領国とうりょうこくはどこも庭園ていえんや、花壇かだん、花ばちいろどられはじめる。

 せっかくの開花かいかも、残念ざんねん

 長雨ながあめ季節きせつも始まってしまった。

 それでもけじと、雨にえている。



 ヴィーニュ少年兵しょうねんへい一期生いっきせいりょうぐちわきかべに、てかけてあった園芸用えんげいようスコップ。それについていたはずの乾燥かんそうしたつちが雨をって、ドロドロにくずれてながれている。


 わたしはわすれずに、どろよごれたブーツのそこだけはブラシと流水りゅうすいあらってから、建物たてものなかはいる。


 砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してん附属校ふぞくこうでは。先日せんじつまで【かみなりの花】ばかり解体かいたい実習じっしゅうをしていたが、六月になると【ふえ】の解体実習が始まった。

 量産型りょうさんがた魔術まじゅつ兵器へいき安価あんかだけれど、不発率ふはつりつたかく、クレメン統領国の中央部ちゅうおうぶなん部は「地雷原じらいげん」としてしまった。


 寮のなかでは、男子だんしじょ子もおおきな掲示板けいじばん見上みあげている。

 まだいっげつしか訓練くんれんをしていないのに、成績表せいせきひょう公開こうかいされている。

 一位いちいから百六十ひゃくろくじゅう位まで、きっちり百六十人分にんぶん名前なまえならんでいるはず。

 成績表で一際ひときわ目立めだっているのは、名前ではかった。

 まずは、一つ。くっきりはっきりわかりやすい、ふとあかせん

 この赤線は十よん位と、二十一にじゅういち位のあいたっすぐかれてあった。

 それから、二つ目。八十位と八十一位の間には、緑のなみ線が引かれていた。


「十四位がなな人ってことね。

 シロップ。それよりも、貴方あなたの名前が無いわよ」

 あわ黄緑きみどり色のかみがクリンクリンにカールしているおんなの子。

 このアンジェリカはどんなときも笑顔えがおでわたしをむかえてくれる。


 わたしの髪はユニコーンの一角いっかくそっくりな、くすんだはい色。あの【灰のやま】の影響えいきょうで、どうしようもない急性きゅうせい症状しょうじょうが出るはずが。あらがったせいで、いまになってき出て来た、遅延性ちえんせい後遺症こういしょうだ。

 おな制服せいふくているのに、断然だんぜんみんな人気にんきのアンジェリカ。

 成績不振ふしんのわたしなんかとはなしているから、周囲しゅういが「ちこぼれにもやさしいアンジェリカさま」と彼女かのじょたたえている。


「アンジェリカは一位だね。おめでとう。

 わたしは最下さいか位でも無いの?」

二重にじゅう線でされている?」

「ううん。ほら、この成績じゅん位のかみ

 誰かが最下位のシロップの部分を切り捨てたんじゃない?」

 百六十位とわたしの名前の紙はだれかにやぶてられていた。

 まるで、価が無い、存在そんざいしないようなあつかいを味方みかたからけるなんて……。

 まあ、勝手かってやっているから、仕方しかたが無い。

 かねたアンジェリカが掲示板にあまっていた画鋲がびょうでそのはしを掲示板にとどめた。


 その成績表のよこには、皆まだ、注目ちゅうもくしていない。

戦闘せんとう跡地あとちにおける集団しゅうだん行動こうどうについて」のり紙。


 戦闘地域ちいきに、民間人みんかんじんはいない。戦、その跡地に、民間人がもどれば。不発ふはつ魔術に民間人がさらされてしまう。

 もし、あやまって、子どもが不発魔術をんづけたら?もちろん、爆散ばくさんする。

 成績上位者はわたしにつづいて、その貼り紙にも目をとおし始めた。


「ヤッホー、シロップ。

 あれ?アタシのこと、わすれちゃった?

 アタシもアンタほどまで成績くなかったけど、アンタが補習ほしゅう無いなら、アタシも補習無しってことね。

 ラッキー、ラッキー。

 先発せんぱつには、アンタは絶対いない。楽出来るのは、アンタといっしょの部隊だもん。

 シロップは風変ふうがわりな魔術に詳しいでしょ?

 もしかしたら、アタシたち後発こうはつ一緒いっしょに、戦闘地域で合流ごうりゅう出来るかもね」

「先発、後発ってくすりみたいね。なんの話?

 っていうか、貴方、誰だっけ?」

「アタシ、ソモン。

 入国審査にゅうこくしんさで、きなものは何ってかれたから、ソモンってこたえたら。まえの名前、されちゃった。でも、アイツ、『サーモン』にしようとしたから、『ソモン』をし通したの」

 嗚呼、おもい出した。こっちのくに移送中いそうちゅう、ずっと自慢じまんばなしをしていた子。

 誕生日たんじょうびケーキよりも高額こうがくなスモークサーモンでケーキをつくらせた、港町みなとまち出身しゅっしん言葉ことばがきついのではなく、港町特有とくゆうなまりがなく聞こえるだけ。い子。

 あの性根しょうねわるい子ほどでは無い。


 クスクスわらごえ背後はいごから聞こえる。

 成績せいせきん中くらいなのに、今回こんかいたまたま、ギリギリ上位半分はんぶんにもぐりこめたようだ。

 上機嫌じょうきげんなファミーユはれ馴れしくアンジェリカと無理矢理むりやりうでんで話し始める。いや、もう、これは自慢話だ。


らないの?

 一期生を上位半分と、位半分に分けて、じっ戦が始まるの。

 明日あした編成へんせい部隊ぶたいの子たちが先発部隊よ。すぐに、魔術遺産いさんの解体に派兵はへいされるんだって。

 二週間にしゅうかんくらい活動かつどうして。そのあとは、後発部隊とちがいでここへ戻って、また座学ざがくと解体実習~。

 シロップ。

 貴方のからっぽのあたま一緒いっしょにされなくて、本当ほんとうかったわ~」


「こら、ファミーユ!えらばれたからって、自慢しない!

 皆も、時間じかん自学じがく自習じしゅうするまりよ!」

 チャンベッラ教官きょうかんよりもまともな、マッジョーレ教官。

 彼女は掲示板前で集合しゅうごうしている少年兵たちの中から、悪目ちしている子を選んで、一人一人しかっている。

 マッジョーレ教官に名指なざしされて説教せっきょうされている仲間なかまを見て、ほかの子たちはきゅう大人おとなしくしたけれど。ファミーユはわたしをさげすむのに夢中むちゅうで、最後さいごまでマッジョーレ教官に気づいていなかった。


「シロップ、支店してんからしだ。

 今すぐ、みず色のとびらえなさい」

「はい、マッジョーレ教官」

 教官のささやきは他の子には聞こえないように、という配慮はいりょだろう。わたしも小さく返事をした。


 わたしはアンジェリカに「バイバイ」とって、支店へかう。でも、アンジェリカはファミーユの腕を振りほどいてから、わたしの左手首ひだりてくびつかんだ。

「シロップ、どこへ行くの?

 まさか、脱柵だっさく?」

ちがうよ、アンジェリカ。マッジョーレ教官が言った通り、支店に呼び出された。だから、行く」


 アンジェリカはうわさによると、ヴィーニュりく軍のフィヨン少将しょうじょうむすめ

 母親ははおやからぜん一期生にくばるようにきつく言われたのだろう。

 すごく面倒めんどう見が良いし。

 ヴィーニュ少年兵の象徴しょうちょうてき存在。

 この笑顔えがお素敵すてきな子が一人いるだけで、世界せかい平和へいわになっちゃいそうだ。


「最下位のくせに。

 アンジェリカ様に可愛かわいがられているからって、調子ちょうしにのらないで」

 ファミーユが急にひくこえでわたしのブーツをグリグリみつける。

「あー、やめたほうが良いよ。

 ブーツの底はしっかり泥落とししたけれど、こうの部分は泥だらけのままだから」

 ファミーユは掲示板前の絨毯じゅうたんに泥のついたブーツの底を何度なんども何度もりつけて、「馬糞ばふんでも踏んだの!?くさい!!臭いわ!!!」と半泣はんな状態じょうたい


 花壇の草取くさとりと害虫がいちゅう捕殺ほさつをお手伝てつだいしていたんだ。

 うん。

 わたしが踏んだのは馬糞じゃない。

 ぎゅう糞とウシ尿にょうじった堆肥たいひをいっぱい踏んでいた。


 わたしは無詠唱むえいしょう浄化じょうか魔術でパパッと自分じぶんのブーツの甲の部分だけキレイにして、水色の扉へスタスタ出かけてしまう。

 パニックをこしたファミーユは教官のちからりて、キレイにしてもらえるだろう。

 何も心配しんぱいはいらない。

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