1 ユニコーンは死んだ(前編)

 よる少年しょうねんへい徴兵ちょうへい令状れいじょうって、えきから鉄路てつろでヴィーニュ王国おうこく西端せいたんへ。

 くに西側にしがわ国境線こっきょうせんからは輸送車ゆそうしゃでピストン輸送ゆそう

 亡国ぼうこくカティージのクレマトリアとうげ経由けいゆして、クレメン統領国とうりょうこく入国にゅうこくした。

 山岳さんがく鉄道てつどうがあったはずだけれど、峠の中腹ちゅうふくからは「やまとんがり」がくなってしまったので、線もばされてしまっていた。

 南北なんぼくながい国で、東西とうざいにははばかせていなかった。だから、越境えっきょうというよりも、たんなる「峠え」の時間じかんだった。



 わたしたちヴィーニュ少年兵二百めい無事ぶじ、クレメン統領国へ到着とうちゃくするも。国境こっきょう警備隊けいびたいの入国審査しんさけなかった。

 わたしたちの入国の管理かんりは、クレメン統領国の秘密ひみつぐん一括いっかつで管理したかったらしい。

 儀礼ぎれい捕虜ほりょの管理は砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してんだけれど。



 連行れんこうされた、収容所しゅうようじょでは。

 世界せかい魔術まじゅつ戦争せんそうちゅうは、おおくの戦争犯罪はんざい者が収容されていたそうだ。

 それらをいちいち自慢じまんばなしとしてかたつづける、収容所の下級かきゅう職員しょくいん非常ひじょうベルをらした。






 たかがユニコーンのぬいぐるみ一体いったいごときで。






 あきらかに下級職員とはちがう、「仕事しごと中毒ちゅうどく」が尋問室じんもんしつにやってた。

 わたしは椅子いすすわったまま出迎でむかえなんてしなかった。

 手足てあし使つかわずに、魔術は魔術で蹂躙じゅうりんする。

 なにかに蹴飛けとばされ、何かにみつぶされ、何かにたれ、何かにしばられた状態じょうたいで。

 それでも、わたしは相手あいてに「こんにちは」と挨拶あいさつをしてみようとこころみた。

 だけれど、そんなことも出来なかった。

 くことも、はなすことも、ゆるされない拘束こうそく魔術をすぐにかけられたようだ。

 おとこはわたしがリュックサックにめこんでいたユニコーンのぬいぐるみをいてからも。一角いっかく部分ぶぶんやわらかい中綿なかわたまわして、「本物ほんものつのはいっているはずだ!」とさわぎ出す。

 おかしいにまっている。

 義肢ぎし職人しょくにんおくもの風習ふうしゅうを「よくわからない」ははが。空襲くうしゅうげた、ユニコーンの本物の角りぬいぐるみを魔術で簡単かんたん修復しゅうふくしてしまった。

 だから、たしかに、ユニコーンの気配けはいはあるものの、本物ほんものかんはあるものの。

 やはり、あれはただの中綿としてしか、いま存在そんざいしていない。


「これはユニコーンの角、まさしく本物のユニコーンの一角!

 戦復興輸出入ゆしゅつにゅうのチェックがあまくなる。

 好機こうきのがすまいと、小遣こづかかせぎか?

 いくらで、一角の密輸みつゆった?

 わけを言ってみろ」

「いいえ、名も無き収容所の所長しょちょう殿どの

 まず、わたしはいかなる密輸などけておりません。

 そして、貴方あなたたちが引きいたのは、ぬいぐるみです。

 ユニコーンの角も、たてがみも、血肉ちにくも、ほねも、かわも、ひづめも、ふくまれていません」

 仕方しかたが無い。

 わたしの母は、あるはずも無い「ぬいぐるみの中綿」を再現さいげんしてしまった。


 軍用ぐんようブーツのカツカツおとみみひびく。

「しかし、このぬいぐるみには隠蔽いんぺい魔術の痕跡こんせきがある。

 どのような魔術をかけた?」


「……そうですね。

 隠蔽魔術。

 そうしないと、大変たいへんだったんだとおもいます。

 でも。くわしく話しても、よろしいのですか?」

 わたしは男に話して良いか、確認かくにんった。

 男は「はやく話せ!」と怒鳴どなかえすだけ。


「そのぬいぐるみはユニコーンのかたちをしていました。

 でも、げました。

 戦争中にてき国クレメント空軍くうぐんによるだい空襲くうしゅうで、えたからです。

 あの空襲はひどいものでした。

 人間にんげん以外いがい、燃えくされました。まあ、若干じゃっかん、人間も。

 でも、世界市民しみんみんな、あるいは大半たいはんが、魔術師です。

 燃えたものでも、燃やすまえの状態にもどすことが出来ます」

 ……けれども、こんなわかりやすい「戦争中のよくある話」と、「その空襲体験たいけんだんがどうして、ユニコーンのぬいぐるみと関係かんけいあるかどうかの疑問ぎもん」は、ざりわなかったようだ。


「ふざけるな!!!」


 男はまた怒鳴る。

「ぬいぐるみ、早く元に戻したほうが良いですよ。

 そうしないと、貴方あなたが隠蔽魔術と確認してしまった魔術の痕跡こんせきえてしまいます。

 ほら。

 もう、世界せかい修復しゅうふくのタイムリミットをこします。

 そこまで、このぬいぐるみは『わり』の状態でしたから」

 ユニコーンのぬいぐるみの中綿からフワッフワッと、いやにおいがしはじめる。

 しろだった中綿は、げた臭いをひろげながらくろ変色へんしょくしていく。

 嗚呼ああ、このぬいぐるみは空襲の魔術でおかしくなったまま。

 まだ、空襲にのこされている。


「燃えている!

 まだ、ぬいぐつみが燃えているぞ!

 せ!」

 尋問室からの異臭いしゅうに気づいた職員たちが消火しょうか魔術で、燃えつづけるぬいぐるみをどうにかしようとする。

 あるものみずをかけ続けた。

 べつの者は「魔術遺産」の鑑定かんてい魔術を詠唱えいしょうし出した。


 わたしはふくそでで、口元くちもとをおさえて、姿勢しせいひくいままにする。

「それがなかなかえないようです。

 消したとおもっても、くすぶってはまた燃える。

 それをなおしてくれたひともぬいぐるみに定時ていじに魔術をかけていました。

 燻ぶりにたいして、上書うわがきをおねがいします」

 けっして、母がなおしたことは口に出さなかった。

 こののろいのような魔術遺産としたユニコーンのぬいぐるみが母まできずつけるのでは無いかと思ってしまったからだ。


きている!生きている!」


 職員が燃え続けるぬいぐるみにおびえ始める。

「いいえ、ユニコーンはんでいますよ。

 まあ、そもそも生きてはいませんから。ぬいぐるみですから。

 さあ、いてください。

 みなさんは優秀ゆうしゅうな魔術師ですよ」

 わたしが「どうにか出来るはずだ」とすすめても、だれ一人ひとり高度こうどな魔術を披露ひろうしようともしない。

 嗚呼、前線ぜんせんや敵国空襲で使用しようされた非人道ひじんどうてき戦争魔術なんて、この名も無き収容所の職員は、らないのか。

 名も無き……とは言いつつも、なまぬるい。


「この国にちこんだ御前おまえがどうにかしろ!」とぬいぐるみを指差ゆびさしながら、わたしにわめく職員もいる。


「ですが、わたしは知りません。

 国では、このようなおそろしい魔術なんか空襲以外いがいで、かけませんでした。

 貴方はヴィーニュ少年兵の尋問をする権限けんげんあたえられた軍関係かんけい者でしょう。

 この魔術は、軍転用てんようか。

 あるいはそもそも、軍事施設しせつ開発かいはつされた戦争魔術か。

 さあ、どうぞ。

 貴方の国から、わたしたちの国へとやって来た魔術です」

 もう、誰も話せる状況じょうきょうでは無かった。

 わたしをかかえてれ出した紳士しんし的な男性だんせい職員の左手ひだりて薬指くすりゆびには、ピカピカの、あたらしい結婚けっこん指輪ゆびわがはめてあった。

おれたちの子にさわったら、大変たいへんだ。

 きみちかづくな」

「でも!」

 あとからけつけたじょ性職員はわたしを介抱かいほうしようとしたが、それを紳士はこばんだ。

 よく見ると、その女性の左手薬指にも、紳士と同じ指輪がしてあった。

 ちいさな白いはな連結れんけつして、ぎんの指輪をくるりとかこんでいた。

 白い花輪はなわ模様もようが、まぶしいくらい、ひかかがやいていた。



 一日いちにちしかいなかった、名も無き収容所には、いくつもの尋問室と収容室があった。

 わたしがれられた部屋へやは、使つかふるされた尋問室だった。

 そして、ユニコーンは死んだ。

 名も無き収容所は、きっと、おそらく、あともうすこ稼働かどうする。

 それだけ。

無事ぶじに」入国をませて、砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してん附属校ふぞくこうにゅう校。

 日夜にちや、魔術遺産解体かいたい処理しょり仕方しかたまなんでいる。

 いまは、魔術遺産の解体処理実習じっしゅう中。

 水色みずいろ校舎こうしゃかいの実習室で、左手薬指に結婚指輪をしていないチャンベッラ教官きょうかん

大丈夫だいじょうぶだろうな、ルーメ夫人シニョーラ・ルーメ?」

「ラーモ。もと共同きょうどう開発者だからといっても、まえかたはやめてくれる?」

「嗚呼、すまん。

 しかし、秘密ひみつ軍からの監視かんしきびしくなる一方いっぽうだ。失敗しっぱい許容きょよう出来ない」

 教官たち二人ふたりはわたしをながめながら、こそこそ話していた。


 まえには、【かみなりはな】という、比較的ひかくてき危険きけんでは無いとされている魔術遺産。

 わたしは十八かいも【雷の花】解体処理実習をけている。

 さあ、こん回も爆発ばくはつするはずがないのに、爆発するぞ。

 いいや、「爆発させる」がただしい言葉ことばだろう。

 これは正しい手順てじゅんこそ、正しくない。

 あとは、回のおたのしみ。

 ふふふふーん。

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