1 ユニコーンは死んだ(中編)(チャンベッラ教官視点)

 同年どうねん五月三十一日。

 ボヴァン大陸たいりくクレメン統領とうりょうこくウニしゅうシアンぐん

 砂糖さとう銀行ぎんこうシアン支店してん附属ふぞくこう


 銀行とっても。

 十万フォーリ紙幣しへい・一万フォーリ紙幣・千フォーリ・百フォーリ・十フォーリ・一フォーリは見当みあたらない。

 がクレメン統領国で使用しようされていた紙幣・金貨きんかひしぎん貨・銀貨・どう貨・小切手こぎって。およびつう単位たんいフォーリ。それらを今後こんごつかわない。

 戦後せんごより通貨が一新いっしんされた。

「砂糖」があらたなおかねになったのだ。


 きゅう銀行はのきなみ解体かいたい

 銀行口座こうざは「砂糖への換金かんきん」を承諾しょうだくしなければ、永久えいきゅう凍結とうけつ

 げん金をれた財布さいふわって、三連さんれん砂糖かんあるくことになっている。

 レジスターはすでに、砂糖銀行窓口まどぐちレジスターとおなじタイプ。

 レジスターには、しろな砂糖と、銀いろがかった砂糖と、あおい砂糖がみっつにかれてまっている。


 銅貨に替わるピュアは、真っ白ぎる、純白じゅんぱく糖。

 銀貨に替わるシルは、銀色がかった雪夜せつや糖。

 金貨に替わるフォーゲは、青い勿忘わすれな糖。

 紙幣に替わるキャンデは、いまだおにかかったことがいが、すみれの砂糖けだそうだ。

 まあ、キャンデになれば、銀行にあずけっぱなしになるのだろう。



 終戦おっととも陸軍りくぐん残務ざんむ処理しょりわれるかとおもいきや。

 夫は戦争せんそう末期まっきわかおんな出会であってしまった。おまけに、かれは陸軍を普通ふつう除隊じょたいしていた。

 戦後離婚りこん経験けいけんしてあさいが。

 おおきな混乱こんらんも無く、教官きょうかん生活せいかつはじまった。

「ルーメ陸軍少尉しょうい」とばれるのにれていたのに。いまは、少尉とはばれず、「チャンベッラ先生せんせい」だ。


 ただ、そんな呼びかたなんて、どうでもい。

 わたしのなやみはただ一つ。

 儀礼ぎれい捕虜ほりょであるヴィーニュ少年兵しょうねんへい一期生いっきせい最下位さいかいしゃシロップのあつかいに悩んでいる。

 なんで、あの子は、一番いちばん簡単かんたんな【かみなりはな】を解体かいたい処理しょり出来できないのかしら?



 実習室じっしゅうしつでは、十九回目かいめ爆発ばうはつ事故じこおそれて、シロップの周囲しゅういの実習だいいている。

 おかげで、教官きょうかんよう見本みほん台のちかくまで、少年兵がせきめてすわるものだから、異様いよう圧迫感あっぱくかんがある。

「さあ、ヴィーニュ少年兵。

 詠唱えいしょうはゆっくりぎず、いそぎ過ぎず。

 明確めいかくくちうごきで。

またたく花を暗闇くらやみかくせ 雷鳴らいめい暗幕あんまくつつみこめ 暗闇ダーク装束ドレス』。

 さあ、つづけて」


 あちらこちらで、【雷の花】にてきした解体詠唱が正確せいかくに始まり、そしてわる。

 でも、あの子はまた、詠唱をとなえようとしない。



 ヴィーニュ少年兵シロップ。

 附属校入校にゅうこう当初とうしょから、奇行きこう目立めだつ子ではあった。

 口のなかをケガしていたらしいが、徹底的てっていてきに教官に応答おうとうせず、無視むししていた。

 最近さいきんはようやく、挨拶あいさつわす程度ていどにまでいてきていた。


 ただ。

 このあいだ休日きゅうには、自主じしゅ訓練くんれんもせず、図書館としょかんへもかず。

 あさからもりはいって、えだひろって来たかとおもえば。

 夕方ゆうがたにはもうちいさなひつぎ完成かんせいさせていた。


 教官の間でも、「素行そこうわるいのか、少年兵の適性てきせいが無いのか」はっきり意見いけんかれていた。

「もしや、強制きょうせい送還そうかんでも良いから、帰国きこくしたいのか」と同情どうじょうされる始末しまつ


 寮内りょうないでも、なにかと問題もんだいきている。

 今朝けさなんて。

 一期生が食堂しょくどうあつまらず、もうそろそろで朝食ちょうしょく時間じかんが始まる。

 集団しゅうだん行動こうどういて、連帯れんたいうながしているのに。

 軍事ぐんじ教練きょうれん全然ぜんぜん上手うまくいっていない。そう、教官のまとめやくであるトラモントたい尉に、下位かい教官が指導しどうされてしまうのに。


 あさから、「そんなものてて!」と一期生たちがシロップの寮しつまえ文句もんくを言っている。

 わたしがめにはいろうかとしていたら、「あらそってません。チャンベッラ先生は関係かんけい無いでしょう」と一期生に邪魔じゃまものあつかいされてしまう。


「シロップ、なにをしているの?

 ……それはひつぎのつもり?

 なにれているか、せなさい!」

 シロップがみんなに見せまいとしていたひつぎのような木箱きばこ

 棺には、ズタボロにかれた一角獣いっかくじゅうのぬいぐるみがおさめられていた。

 たしかに、ユニコーンだったのだろう。

 一角の部分ぶぶん根元ねもとから引きちぎられた状態じょうたい

 ぬいぐるみの腹部ふくぶからかれている。

 ぬいぐるみをふくらませてあるはずの中綿なかわたられているせいで、しぼんでいた。

 まるで、ユニコーンのかわだ。


 自分じぶんでやったのか?

 いや、だれかにぬいぐるみをこわされたのだろう。

 第一だいいち印象いんしょうからして、風変ふうがわりな子だったけれど。


 少女しょうじょには、くぎとハンマー。

 器用きようひつぎふたに、くぎちつけていく。

 なんて、気持きもわるい子だろう。


「そのぬいぐるみ。

 母国ぼこくからしたのでしょうけれど。そういうものに、危険きけん魔術まじゅつ遺産いさんはいっているかもしれない。そう、うたがわれたのでしょう。

 中を裂かれて、さぐられても。

 それはヴィーニュおう国がクレメン統領国と敵対てきたいしていたから。

 仕方しかたが無いのよ。

 さあ、みんな

 朝食の時間におくれるわよ!」


 でも、あの子は食堂へはなかった。

 どこかへってしまった。

 あの棺はどうなったのだろうか。



 バーンッ。

 バババババッ。

 パラパラパラッ。

 爆発おんと、まどガラスにぶち当たった衝撃しょうげきげずに、まどガラスをわくごとらす。

 そして、まど付近ふきんまっていたほこりゆかってる。

 いまは、目のまえで、シロップを指導する自分がいる。

 そして。今日きょうもまた、シロップは実習に失敗しっぱいしたのだ。

「また、爆発?」

「解体失敗、なん回目?」

「もう、十九回目。

 だから、連続れんぞく十九回。記録きろく更新こうしんだって」

 ほかの少年兵も、恒例こうれいになってしまった爆発に慣れてしまったようだ。

むずかしくない課題かだいなのに」とクスクスわらっている。


「シロップ!!!!」


 うわそらというよりも、何かを思いつめているかおでシロップは実習室をくまなく見渡みわたした。

 それから、「後片付あとかたづけがありますので、実習評価ひょうかかんしてはおちください」とこちらに対して、「失敗にかんする指導を今はけ入れる時間は無い」とあんはなった。

 十九回目の爆発音に、他の教官もべつ教室からやって来て、シロップを観察かんさつしているが。

 教官ぜいは何もわからない。

 シロップが何かを熱心ねっしんに記録して、真面目まじめぶっている。

 それがまった理解りかい出来無かった。



 実習時間終了しゅうりょう間際まぎわ

 爆発の後片付けを器用きようえたシロップを手短てみじかしかってはみたが、おそらく、この子はニ十回目の爆発も予定よていしているところがある。

「一期生の、魔術遺産解体処理実習は今回こんかいで十九回目。

 かならず、貴方あなたは、実習中に、だい爆発を引き起こしています。

 何故、教官が指示しじした手順てじゅんどおりに解体しないのですか?

 わたしにミスがあるのですか?」

「それが暫定的ざんていてき解決かいけつさくだからです。

 では、失礼しつれいします」

 ……はなしにならない。


 そこへ、トラモント大尉がやって来た。

 わたしはすかさず自分にが無いことを主張しゅちょうする。

「ヴィーニュ王国の子どもはおとぎ話が大好だいすきな、ロマンチストだと思っていましたが。

 あの子は、再戦派さいせんはのテロリストなのかもしれません!!!」

 そう言った直後ちょくご、トラモント大尉の背後はいごから何かがかって来た。

 それは、わたしには、ユニコーンのつのに見えた。すべて見たわけでは無いけれど。角はたしかに見た。

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