2 違う足音

 五月二日。

 しん国立こくりつ学校がっこう授業じゅぎょうはまだはじまらないけれど。

 空襲くうしゅうでボロボロになった学校の掃除そうじを、市民しみんみなさんといっしょに、することになった。


 れたまどガラスはガラスさんが。

 地面じめんまったままのフレシェットの残骸ざんがい退役たいえき陸軍人りくぐんじん協会きょうかいプラトール支部しぶ会員かいいんさんたちが。


 でも、詠唱えいしょう魔術まじゅつ一番いちばんおおきかったのは、屋根やねうえからこえたこえだった。

「「「すべてをまわウシした 全てを見極みきわめる牛の 全てをかみくだく牛の 魔術をくらくせ、闘牛の傘ブルアンブレラ」」」

 防空ぼうくう屋根の性質せいしつ付与ふよ修理しゅうり

 牛の舌みたいに、ながくベロンベロンとめくれ上がった防空屋根は近隣きんりんのお年寄としよりの詠唱によって、もともどっていった。


 教室きょうしつ天井てんじょうかべゆか黒板こくばん戦争せんそう魔術がのこっていないか、ひたすら鑑定かんてい

 あの最後さいごの空襲では、墜落ついらくして五鳩ごばと連合れんごう空軍くうぐんへいが学校にげこんだ。

 つかまったけれど、危険きけんわなかける猶予ゆうよはあった。

 でも、そんな心配しんぱいはいらなかったみたい。結局けっきょくなになかった。



 お昼休ひるやすみ。

 学校からは鑑定魔術を頑張がんばった子どもたちに、ご褒美ほうびのビスケットが一袋ひとふくろずつくばられた。そして、空襲にはかけなかったかみパック牛乳ぎゅうにゅう

 簡易かんい給食きゅうしょくだけれど、いろいろなことが再開さいかいしている。

 戦争ばっかりしていたら、あまくてやわらかいクッキーが甘くてかたいビスケットだけになっちゃうもんね。

 ……あれ?

 わたし、味覚みかくがおかしくなっちゃった?

 でも、わたしの舌はおかしくない。

 みんな、ビックリして、塩味しおあじになったビスケットにおどろいている。

 でも、これはこれで美味おいしいから。

 そのときは、食用しょくよう砂糖さとう不足ぶそくなんて、にしていなかった。


 ビスケットを誤嚥ごえんしないよう、生徒せいと見守みまもっていたアンヌ先生せんせいきゅうに生徒のだれかにかっておこした。

 へんだな。

 だれもビスケットを床にとしていないし。

 牛乳だって、ゴクゴクんでいる。


「どうして、そんなことしか言えないの!

 戦争がわったのに。

 なんて、こころつめたい!」


 わたしはガミガミ怒り出した先生にバレないように、となりせきにいたブリギッタに何があったかいてみることにした。

「どうしたの?」

「アリオンがフェリシテの足音あしおとちがうから、外国製がいこくせいくついてるってめつけて」

「……」

 嗚呼ああ、わたしがなおした「ひだり足」。

 最後の空襲で瓦礫がれき下敷したじきになって、左足とサヨナラした子。

 でも、わたしのつくった義足ぎそくがフィットしていて、通学つうがくとリハビリ通所つうしょ両立りょうりつ出来ると判断はんだんされたようだ。

 まだ、いっげつっていないのに、すごく頑張がんばさんだ。


「アリオンって鈍感どんかんだから。自分じぶんも履きたいって言って。

 アンヌ先生もいっぱいいっぱいでしょ?

 旦那だんなさん、戦地せんちからかえって来ても、ミエルのところにばかりかよってたってうわさだもん」

 そこへ隣の教室からだろうか。

 全然ぜんせん面識めんしきい子がわたしの席へって来る。

「ねえ、ねえ。

 わたしの従兄いとこが義肢作りにこっちにして来るんだ。

 もう、ミエルは義肢を作らないの?

 見習みならいのだと、やすく作ってくれるの?」


 隣の教室の子のみみをつまんで、あっというに教室のそとまみだしたアンヌ先生。

 今度こんどはわたしにかって、怒鳴どなはじめる気でいるらしい。

 教室の誰よりもはなあなふくらませて、先生の鼻の穴のなかのきれいにととのえられた鼻毛はなげまでしっかりえてしまった。

「ミエル!!!

 ここは新国立学校です。

 戦後復興ふっこうでにぎやかなまちになりましたが、まだ戦災せんさいくるしむおおくの人々ひとびとが残っています。

 貴方あなたは戦争中も戦争がわってからも、生身なまみ人間にんげんと向きっていないから、おかしくなっちゃったのね。

 でも、大丈夫だじょうぶよ。

 先生が貴方と心をって、きちんとしたただしい心の学生がくせいにしてみせるわ」




「ミエルがさわってたのは、先生の旦那さんの『あたらしい足』じゃん」




 アンヌ先生のところまで、あしで来た校務員こうむいんのジャネットさんが先生のうでにしがみついたけど、駄目だめだった。

 先生は何度なんども、何度も、素手すでなぐつづけた。

「あんなの、人間にんげんじゃ無い!

 人間にもどしてよ!

 ああああああ!!!!」

 先生は心身しんしんともにつかっていた。

 戦争がわったのに、家に帰れば、戦争の雰囲気ふんいきをまとったままのおとこひとくらしている。


 男子だんしにもこう言われてしまう。

「御前、学校じゃ無くて、義肢かんのほうがいんじゃない?

 職人しょくにん可愛かわいがってもらえるじゃん」



 そこへ、おかあさんが両手りょうてって、あらわれた。

「お母さん?」

むかえに来たの。

 おねえちゃんはさきいえかえしたわ」

おおきなかばん

 今日きょうはおいわいの料理りょうり仕込しこみがあるの?

 いえにそれをってかえれるの?

 わたし、つよ!」

「そうよ。オスのお祝いなの……」

 お母さんはわたしのみぎ手をいて、ずんずん玄関げんかんまで向かってしまう。

 わたしたちをいかけて来たのは、わたしを殴り続けていたアンヌ先生だ。


勝手かってに帰るなんて!」

むすめを殴るような先生がいる教室には通わせません。

 もちろん、義肢館の職員しょくいんの子がひどい目にあっていると報告ほうこくしなければなりませんね。

 そうなれば、この子が作った義足だって、返還へんかんしてもらえますから」

「お母さん!」

 義肢生活せいかつしゃささえ始めたばかりのアンヌ先生に、何てことを、お母さんをてたんだろうか。

「戦争は終わったのに、まえを向いてあるけない人だっているの。

 でも、だからって、口答くちごたえが出来ないちいさな子どもを殺しても良いなんて。

 ありえない」

「わたし、んで無いよ」

大好だいすきな先生に殴られるなんて、死ぬよりもショックなことよ!

 貴方だって、大好きな先生の旦那様だから、無理むりを言って、夜間やかん空襲警報けいほうあいだもずっと義肢作りの手をめなかったのに!」

 でも、お母さんだって、それはおとうさんが話した、おさけの席での自慢話じまんばなしいただけだ。

 アンヌ先生とおなじ、あのミニラジオの音楽おんがくも、義肢を研磨けんまするおとも、空襲の雑音ざつおんも、職人の息遣いきづかいも。

 何も、いていないのに。


 でも、わたしが何をおもっても。

 お母さんはわたしを学校かられ出した。

 家とはちが方向ほうこうへ。

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