1 反魔術遺産条約第十六条

 おとうさんと「いえ」から瓦礫がれきまちあるいて、パント義肢ぎしかんへ「同伴どうはん出勤しゅっきん」した。


 市営しえい住宅じゅうたくはフレシェットのせいで、全焼ぜんしょう

 市営住宅ちかくの国立こくりつ学校がっこう地下ちか避難ひなんじょが義肢職人しょくにん家族かぞくの「家」だった。

 終戦しゅうせんも、避難所からパント義肢館がよい。


 お父さんの作業さぎょうだいとはべつ事務じむづくえには。しわ新聞しんぶん、ミルデュー新聞一紙いっしかれていた。

 老舗しにせ全国ぜんこく大手おおて紙で、もともとは葡萄ぶどうしゅ業界ぎょうかい新聞紙。葡萄ばたけ病害びょうがい記事きじや病害予報よほうなどに発展はってんした経緯けいいがある。

 国民こくみん大半たいはんは葡萄農家のうかでは無いけれど、「はやさと正確性せいかくせい情報じょうほうもう」にかなわない。


戦争せんそうなかくぞ!」というよくある地方ちほう新聞しんぶんあるけれど。

 戦後はヴィーニュ軍省ぐんしょう直轄ちょっかつの「出版しゅっぱんぶつ検閲けんえつ機関きかん」が閉鎖へいさ

 それにともない、ミルデュー新聞も「自由じゆうな戦後社会しゃかい」な記事きじ広告こうこくくされる。


 お父さんはそれでも、こうった。

「『傷病しょうびょう退役たいえき軍人ぐんじん協会きょうかい』と『パント義肢館』の広告こうこく一面いちめんしたからされたが、最後さいごひとまえのページにある」

「ラジオらんうら?」

 わたしはどもけの音楽おんがく番組ばんぐみきだった。空襲くうしゅうなかでも、ミニラジオのおかげで、義肢作りで失敗しっぱいしなかった。


「そうだ。

 最初さいしょ最後さいごしかまないものおおい。

 ばし読みだ。

 最初と最後のページだけキレイであかるい戦争なんて無い時代の化粧けしょう紙面しめん

 だが、時間じかんけば新聞をひらいて読む若者わかものもいる。

 手足てあしあご身体からだのどこかをうしわなかった若者がな」

 お父さんはもうすでに、パント義肢館の玄関げんかんさきれつをなしている義肢ちのお客様きゃくさまとどかぬように、新聞を一時的いちじてきりたたんで、事務机のしにれてしまった。

「さあ、ミエル。

 今日きょうでパント義肢館の義肢職人見習みならいもおしまいだ。

 みんなにご挨拶あいさつしなさい」


 づけば、お父さんの作業台のまわりには、同僚の職人が集まって来ていた。

「職人の皆さん。

 四年間よねんかん、お世話せわになりました」

 わたしは方々ほうぼう何度なんどもペコペコあたまげた。

嗚呼ああ、ミエルおじょうちゃん。

 義わりにしていたあのちいさなおんなの子が!

 戦争を生き抜いた!

 あの地獄じごくの空襲を生きびた!

 なんと言う奇跡きせき!」

 感極かんきわまった職人のダンさんにきしめられる。

 わたしのほっぺをパン生地きじのように、ネッチャネッチャねるのはやめてもらいたい。



 それから、開業かいぎょう時間じかんまえに、わたしは私物しぶつのエプロンとぬぐい、鉛筆えんぴつ、ミニラジオをかばんの中にめて、パント義肢館の裏口うらぐちからび出した。

 イライラした義肢待ちのお客様はもちろん、お客様のいのご家族かぞく様からも「作って!作って!」とおどされるからだ。


 そこから五分ごふんあるけば、おおきなとおりにぶつかる。

 ここはアンクル通り。

 ここは新聞社や出版社、本屋ほんやなどがならぶ。


 地元じもと紙のベキーユ新聞は廃刊はいかんにはならなかったけれど。

 従軍じゅうぐん記事がおおかった「マルシュ紙」は廃刊を発表はぴょうした。目下もっか、新しい時代の新聞のそう刊を準備じゅんびしているそうだ。


 わたしのお父さんのように、新聞購読こうどく再開さいかい出来ているのは、まだほんの一部いちぶ

 羽虫はむしが飛んでいるから、まだくずれた建物たてものの中からたすけ出されていない人々ひとびとのこっているのだろう。

 まだ、まだ、わたしの心の中での戦争はわっていないんだとおもう。


 でも、ベキーユ新聞社本社ほんしゃのビルディングまえには仮設かせつ掲示板けいじばん用意よういされていた。

 政府せいふ広告?

 ううん、一面、政府発表はっぴょう号外ごうがいだ!

 一週間いっしゅうかん前の号外配布はいふよりも人だかりになっていない。

 でも、何だかになる。

 ワクワクする。

 号外には、文字もじよりもインパクトのある巨大きょだい写真しんぶん掲載けいさいされる。

 一週間前の号外では、世界各国かっこくの終戦宣言せんげん会議かいぎ集合しゅうごう写真しゃしんだった。


 わたしは号外をくばっているお兄さんにかって、せいいっぱい手をのばした。

 お兄さんはくちも、手足も、みみ無事ぶじ

 身体からだのどこもケガしていない。

「号外~、号外~」


 わたしよりもさきに号外を手に入れた大人たちがヒソヒソはなしている。

「『はん魔術まじゅつ遺産いさん条約じょうやく』?」

「魔術遺産って、不発ふはつ魔術のことか?」

「不発魔術もそうだけど、戦争魔術もだってさ。

 殺傷性さっしょうせいたかいから、『生産せいさん輸出入ゆしゅつにゅう売買ばいばい譲渡じょうと取得しゅとく相続そうぞく所持しょじ使用しよう』がきんじられるって。

 終戦後も小規模しょうきぼ戦闘せんとうおこ残党ざんとうがいるらしい。

 はやめに条約がむすべて、ヴィーニュも安泰あんたいだ」

 ええ?

 空襲は起きていないけど、やっぱり戦争大好だいすきな人がまだ戦争を続けたがっているんだ。

 もう、喧嘩けんかしなくてくなったのに。


「何だ、『だい十五じゅうごじょう れいりょ』の解説かいせつは!」


 だれかが本当ほんとうおどろいたこえげた。

 それから、皆の目も第十五条の条文じょうぶんっている。

「……つまり、『危険な魔術遺産は元敵もとてきこくの儀礼捕虜により解体かいたい処理しょりすることで、戦後復興ふっこう平和へいわ促進そくしんする』ってことか?」

「儀礼捕虜ってなにかしら?」

「さあ、捕虜ってことは、ヴィーニュ軍のつかまった将校しょうこうさんだろう?

 国際法こくさいほうでさ、捕虜のあつかいはめられている。心配しんぱいないさ」


 でも、なんだか、この号外、おかしい。

 号外の写真はきらびやかな子どもたちがうつっている。

 写真のしたには「グリサン・フュメの反魔術遺産条約締結ていけつ会にて撮影さつえい」と明記めいきしてあった。


 みじかい記事をむと。

 わたしとおなじくらいのとし王女様おうじょさまがご両親りょうしん国王こくおう様と国王様にわって、反魔術遺産条約の第十ろく条だけ調印ちょういんされた。

 元敵国のクレメン統領とうりょう国からも、調印した子がていたようだ。

 女の子。

「……アルパ統領息女そくじょ様」

 ほかの子どもも緊張きんちょうしたかおあつまっていた写真には、大人が写りこんでいなかった。

 どうして、こんな大事だいじな平和な条約に、国で一番いちばんえらい国王様がサインしにかなかったんだろう。

 ……あっ、他の第一条から第十五条、十なな条は国家こっか元首げんしゅがサインしたんだ。



 わたしは見当けんとうもつかなかった。

 でも、きっと、この写真を見ただけで、この条約のおそろしいかけに気づく、心優こころやさしい人たちがいたはずだ。


 ◆◆◆


 反魔術遺産条約

 第十六条 少年しょうねんによる平和奉仕ほうし

 0こう 締結国の国家元首は、反魔術遺産条約第十六条0~16項のみ、みずからの子に締結をさせなければならない。

 1項 締結国の未来みらいあるすべての少年は、締結国民を代表だいひょうして、さきの世界魔術戦争の反省はんせいをしなければならない。

 2項 締結国より選抜された少年は、平和協力きょうりょく絶対ぜったい奉仕ほうしをしなければならない。

 3~16項 【砂糖さとう銀行ぎんこう戦後機密きみつ情報じょうほうのため、開示かいじ。】

(ベキーユ新聞号外掲載の「反魔術遺産条約」一部いちぶ抜粋ばっすい


 ◆◆◆

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