塩と蜜 砂糖銀行戦後機密情報録

雨 白紫(あめ しろむらさき)

序章 反魔術遺産条約

0 人の足と牛の足

 ピッチョーネれき元年がんねんがつ一日ついたち

 ボヴァン大陸たいりくヴィーニュ王国おうこくプラトールパントどおり。

 パント義肢ぎしかん


 一週間いっしゅうかんまえに「世界せかい魔術まじゅつ戦争せんそう」がわった。



 わたしがまれそだったくには、ひがしのヴィーニュ王国。

 いつも仲良なかよ出来できないくにがあった。それが西にしのクレメン統領とうりょうこく


 東西とうざいこくはさまれているきたのギザギザしていた山脈さんみゃくくにと、みなみ海辺うみべくには世界魔術戦争ちゅう滅亡めつぼう


 北の亡国ぼうこくカティージは山岳さんがく地帯ちたいせんでまったいらけずられてえた。

 南の亡国ペスカトールは沿岸えんがん地帯戦でまっ平だったところがえぐられて、あたらしいたにが出来た。今現在いまげんざい淡水たんすい泥水でいすい海水かいすいと戦争でのこったものでいっぱいいっぱい。

 このみずうみ(あるいはぬまいけ)には、まだだれ名前なまえをつけていない。



 世界魔術戦争のはじまりは、いつもの、カティージたいペスカトールの紛争ふんそうだったとされている。

 だんだんと長期ちょうきしていたけれど、この両国りょうこくがいつもはしないことをした。

 世界の国々へ「同盟どうめい密約みつやく」や「参戦さんせん」の勧誘かんゆうおこなったのがいけなかった。

 戦争魔術はあらたに開発かいはつされるし。

 魔術兵器へいき工場こうじょうもうかるし。

 魔力まりょくれをふせぐ「マナポーション」はホームメイドの時代から、工場大量たいりょう生産せいさん時代じだいになった。


 どの国も派兵はへいおとこが国のなかからいなくなって、おんなどもが労働ろうどうささえた。

 使つかえそうな人間にんげんはまともな軍事ぐんじ教練きょうれんけずに、誰でも、前線ぜんせん後方こうほう支援しえん国家こっか奉仕ほうしいられた。


 ヴィーニュ王国は南のペスカトールひきいる葡萄ぶどう連合軍れんごうぐん

 クレメン統領国は北のカティージ、ガッロ、シゾー、ヴォヤジュールとともに、ばと連合軍。

 ポヴァン大陸は兵だけではなく一般いっぱん市民しみんながぎた。



 まち冗談じょうだんうおじさん連中れんちゅうは、こんなはなしをしている。

「この大陸にかんしてえば、きている人間よりも生きているウシのほうがおおくなった」

「おい、御前おまえ

 人のあしと牛の足のかずを、ちゃーんと、かぞえられるのか?」


 ふつうのおじさんなら、「人の足が二本にほん、牛の足が四本よんほん。牛を二人ふたりぶんで数えていないぞ。馬鹿ばかにするな」とおこって返事へんじをする。


 でも、ここプラトール市のおじさんのこころは「石膏せっこうのようにもろくだけるけど、女にかためてもらった心はガッチガチになる」そうだ。

「人の足は一本いっぽん、牛の足は二本だろ」

 兵士の足も片足かたあし義足ぎそく。牛のうしあしも義足にするいきおいの、義肢ぎしづくりのプラトール市を「こんな故郷ふるさとにしやがって」と皮肉ひにくじり。

 こんな冗談がこえてたんだ。

 すこしずつ、プラトール市は元気げんきもどしつつある。



 終戦しゅうせん直前ちょくぜん十日とおか前。

 あの、最後さいごのプラトール空襲くうしゅうこわがっているひまかった。

 最新鋭さいしんえいの魔術で夜空よぞら花火はなびげたようにあかるくなった。

 それからたくさんそそいだ爆裂ばくれつ魔術「フレシェット」は建物たてもの道路どうろと、人をきずつけた。

「フレシェット」はヴィーニュの軍の魔術だったけれど、どこからか他国たこくへと魔術がぬすまれてしまっていたのだろう。

 パント義肢館の地下ちかかい避難ひなんすることも出来ずに、義手ぎしゅと義足にうもれながら、もうふるえもせず、たええず義肢作りを手伝てつだつづけた。

 おとうさんは義肢職人しょくにん

 戦争がわっても、義肢を必要ひつようとする人々ひとびとくなるまで、作り続けなければならない。



 この一週間は戦勝せんしょう記念きねん週間でも無いし、終戦しゅうせん記念週間でも無い。

きゅう国立こくりつ学校がっこう退学たいがく週間およびしん国立学校編入へんにゅう準備じゅんび期間」とされた。

 でも、教科書きょうかしょだって出来がっていないし。

 学校だって、まどガラスが新しいガラスでまらない。


 お父さん一人ひとりじゃ、担当たんとうする傷病しょうびょう退役兵たいえきへいの義肢作りがいつかない。

 わたしが学校へかよはじめたら、また何人なんにんも義肢を日数にっすうがかかり過ぎて、リハビリがおくれてしまう。

 誰も義肢なんて作りたがらない。


 戦争は終わった。

 戦後せんご復興ふっこう

 でも、それはめくれ上がった道路をどうにかしたり、くずれた建物をピカピカにしたりするだけ。

 戦争でたたかった人たちのことを、はやわすれたいみたい。

 忘れたふりなんか、しない。

 でも、みんなが忘れたがっている。

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