シオリ

「佐藤様、申しわけございません。ルリは急遽、休みになりまして……」

 店員の言葉に頭にかっと血が上った。

 佐藤はつい、われを忘れて声を荒げてしまった。

「おい、マジかよ? こっちはわざわざ店まで足運んだってのに何なんだよ」

 黒服の店員は身を低くして謝罪する。

「佐藤様、本当に申しわけございません。その代わり、めっちゃ可愛い子つけますんで」

「本当だな?」

「ええ。ルリと同じくらい可愛い子をつけるんで、任せといてください」

 店員のあとに続いてラウンジに向かうが、怒りは収まらなかった。

 事前に、直接ルリに、LINEで出勤状況を確認していただけに、彼女の不在は許せなかった。急な体調不良などはしょうがないことだが、休むなら休むで連絡を入れるのが筋だと思った。これまで彼女に費やしてきた金額を思うと、店の中で暴れ出したい衝動に駆られた。

 しかし、この店はキャストの質が高かったから、怒りに任せて他の店に行くよりかはいいと思い、怒りを押し殺した。常連として定期的に金を落としているため、そこそこの女はつけるだろうと期待してラウンジに入った。

 赤いソファに座って待っていると、期待通りの女がやって来た。目が大きくて表情に愛嬌がある。性格の良さが顔からにじみ出ていた。

 女は隣に座るなり、申しわけなさそうな顔をして言った。

「シオリです。はじめまして、ですよね? ごめんなさい、今日はルリさんに会いにきたんですよね? でもルリさん、急にお休みになっちゃったみたいで……。あたしで大丈夫ですか?」

 謙虚なところにも好感がもてた。

「ああ、問題ない」

 正直な感想だった。

「あー、よかったぁ」

 女は心底安堵したという風に自分の胸に手を置いた。

 視線を彼女の胸元に向けると、胸の谷間がくっきりと見えた。

「佐藤さん、ですよね?」

「そうだ。何で知ってんだ?」

「さっきボーイさんが教えてくれたんです。佐藤さんは大切な常連さんだから失礼がないようにって」

 、と言われて悪い気はしなかった。

「水割りでいいですか?」

 こちらがうなずくと、シオリと名乗った女は手際よく水割りを作りはじめた。

 作った水割りを置くと女は聞いてきた。

「あたしも、一緒に乾杯してもいいですか?」

「ああ。好きなの頼めよ」

 シオリと名乗った女はボーイにウーロンハイを頼んだ。

 女が頼んだドリンクを待つ間、年齢を聞き、女が二十五歳だということを知る。十代でも通用しそうなルックスだったため少し驚く。かなりの童顔だ。

 煙草を咥えると、シオリが素早くライターを差し出してきた。佐藤は火の点いた煙草を吸って、気持ちよく口から白い煙を吐き出した。

「ここで働いてどのくらいだ?」

「二か月くらいかな」

「前にもこういう店で働いたことあるのか?」

「うん。学生のときに、ガールズバーで少し。でもキャバははじめて」

 ここでボーイがウーロンハイを持ってきた。

 佐藤は女とグラスを合わせてから水割りを一口飲む。それから気になっていたことを聞く。

「さっき、あそこの席で、店員が客に謝ってたみたいだが、何かあったのか?」

「ああ、あれはですね——、えっと、ボーイさんから聞いた話だと、女の子ばっかりずっと喋ってて、お客さんがキレちゃったみたいですね。お前らは話を聞くのが仕事だろって。たまにいるんですよ、自分のことばかり話し続けちゃう子。あたしも女子だから気持ちわかるんですけど、お客さんからしたら話を聞いてもらいたくて来てるわけですから、基本、女の子は、聞く側に徹しないとダメですよね」

「なるほどな。まあ確かに、金払ってまで、興味のない女の話は聞きたくないわな」

「ですよねー。でも佐藤さん、心配しないでくださいね。あたし、けっこう聞き上手ですから」

「そうなのか? 話好きって顔してるけどな」

「あ、わかります? そうですね、普段はずっと喋ってますね」

「シオリって言ったよな? なら今日は、シオリの話を聞かせてもらおうか」

「いいんですか? あたし、ずっと喋っちゃいますよ」

「ああ、構わないぜ」

「じゃ、佐藤さんが話したくなるまで、あたしが話していきますね」

 言葉通り話好きな女だった。

 高知県の出身だというシオリは、上京後、ホテル・観光の専門学校に入学したそうだ。だが、実家があまり経済的に余裕がなかったことから、学費の半分と生活費は、ガールズバーでのバイトで自ら稼いだとのことだ。専門学校を卒業後は、学校の紹介で不動産関連の会社に就職し、タワーマンションのコンシェルジュの仕事を二年ほど続けたらしい。入社してすぐに、事前に伝えられていた条件面と大きく異なることを知ったという。賞与も出ず、昇給もなし。先輩社員からは、長く勤めるところじゃないと言われたそうだ。大学生の就活なら、内定をもらったいくつかの会社から選ぶこともできるだろうが、シオリが行った専門学校では、基本的に内定を辞退することは許されなかったらしい。専門学校と企業との信頼関係に響くという理由からだったそうだ。

 シオリは専門学校でのエピソードも語った。通っていた専門学校では合宿があり、軍隊式のような内容だったという。ネット全盛のこの時代に、レポートは手書きでの提出を要求されたらしい。

 就職したタワーマンションでの業務は、ストレスの連続だったそうだ。とくに、宅配業者とのトラブルは日常茶飯事だったらしい。

 宅配業者が目的の部屋にたどり着くまでに、タワーマンションではいくつもの工程を経なければならない。一つのオートロックをくぐれば終わり、というわけにはいかないのだ。配達数で賃金が変わってくる宅配業者にとっては、時間のかかるタワーマンションへの配達は苦痛でしかないだろう。そしてその怒りの吐け口が、シオリのようなコンシェルジュに向かうというわけだ。

 目的の部屋までの行き方をていねいに説明しても、苛立った配達員から、「お前が運べ!」と怒鳴られることはしょっちゅうだったそうだ。働き出す前までは、こんなことで怒鳴られるとは思ってもみなかったらしく、入社直後に言われた先輩の言葉通りだったとシオリは言った。長く勤めるような仕事ではないと。

 家賃がバカ高いタワーマンションの受付で、小綺麗な格好をして立っていても、給料は手取りで二十万円弱。勤務していたタワーマンションの家賃の、半分以下だったそうだ。

 彼女は仮にお金持ちになったとしても、タワーマンションには住みたくないと言った。見栄だけで住むには不便すぎるというのが主な理由らしい。

 シオリは一息ついてから続けた。

「だからあたしは、もし宝くじが当たったとしても、絶対にタワーマンションには住まないって決めてるんです。見栄はってそんなとこに住んでも、毎日の生活が不便だったら意味ないじゃないですか」

 佐藤はずっとシオリの話に耳を傾けていたが、相手が話し上手だったからか少しも退屈しなかった。まだしばらく聞いていられそうだった。

「あ、ごめんなさい。あたしばっかり喋っちゃって……」

「気にするな。おれがそうしろと言ったんだからな。ところで酒、全然減ってないぞ」

「あ、ほんとだ。話に夢中で飲むの忘れてた」

 シオリが、まだだいぶ残っているウーロンハイを口に運んでいく。

 佐藤は、形のいい小さな唇がグラスに吸いついている様を気分よく眺めた。

「でもほんと佐藤さんって、聞き上手ですよね。あたし、つい話し過ぎちゃった。じゃ今度は、佐藤さんの番ですよ」

「おれの番と言われてもな」

 佐藤は満足していた。すでにルリと店への怒りは完全に消えていた。

 いつも指名していたルリは美人系だったが、シオリは可愛い系の女だった。どちらかといえば美人系が好みだったが、美形であればどちらでも構わなかった。シオリは充分に満足できるルックスをしていたし、サービスも満点だった。常に体を密着させた状態で、話しながらも執拗に太ももをポンポン叩いたり、優しくさすってくる。この店で、ここまでスキンシップをしてくる女は珍しかった。それにシオリは、過度にドリンクを要求してくることもなく、その点も好感が持てた。客が札束に見えているホステスとは明らかに違った。

 だが、もしかすると、シオリはルリの代役になったことに負い目を感じているのかもしれない。それで必要以上のサービスに徹しているのかもしれなかった。

 佐藤は新しい煙草を咥え、シオリが差し出したライターで火をつける。

 白い煙を吐き出すと、視線が自然とシオリの胸元に向かう。胸元が大きく露出しているピンク色のドレスを着ているため、胸の谷間がはっきりと見てとれる。巨乳といっても差し支えないサイズだ。幼い顔とのギャップが実にたまらない。目の前の谷間に、今すぐ顔を埋めてみたくなる。

 あまりにも長く注視していたため、シオリが両手で胸元を隠す。

「やだ。あんまり見ないで」

「見るのはタダだろ?」

「そうだけど、ちょっと恥ずかしいかな」

 佐藤はウーロンハイが入ったグラスを見て言った。

「もっと飲んでいいんだぞ」

「ほんとに? 嬉しい!」

 シオリは残っていたウーロンハイを飲み干すと、ボーイにおかわりを頼んだ。再びウーロンハイがテーブルに置かれる。彼女はグラスを手に取ると可愛らしくグラスを合わせてくる。

「いただきます」

「ああ」

 再びシオリの胸元に視線を向ける。美しい形で盛り上がっていて、白い谷間は何時間でも見ていられそうなほどエロティックだった。ガン見していても、シオリはもう胸元を隠すことはなかった。遠慮なく白い肌を堪能する。細い首筋も魅力的だった。しゃぶりつきたくなる首筋だ。金髪に近い明るい髪から覗く、丸みを帯びた小ぶりの耳もいい。彼女の耳たぶを舐めてるところを想像するが、それは今夜にでも実現しそうな気がした。

 こちらが話さないでいると、シオリは再び自分の話をしはじめた。彼女には二つ下の従姉妹いとこがいるらしく、その従姉妹にはすでに娘が二人いるらしいが、娘二人の父親は違うとのことだ。従姉妹は大学在籍中に同級生との間に子どもができて結婚したが、すぐに離婚して、数年前に再婚して二人目の娘が生まれたという。シオリが先日帰郷した際に従姉妹に会ったら、従姉妹はすっかりお母さんの顔になっていたとのことだ。そんな話を聞いていたところで、黒服のボーイが声をかけてきた。

「シオリさん、お時間です」

「あ、はい」

 シオリはボーイに返事をすると、こちらの顔を見て甘えた声を出した。

「ねえ佐藤さん、あたし、もうちょっと一緒にいたいな」

「ああ、かまわないぜ」

「うれしい」

 シオリは満面の笑みを見せると、ボーイを呼び寄せて指名をもらった旨を告げた。

 水割りを飲み干すと、シオリが新しいのを作ってくれた。

 シオリは、まだ半分以上残っているウーロンハイをゆっくりと喉に流し込んでいく。グラスを持つ白い指、細い腕、豊満な胸、長い首筋、短い顎先、厚ぼったい唇、すべてが艶っぽかった。

 シオリは話し方や雰囲気からメンヘラっぽい印象があった。メンヘラ女を落とすのは簡単だ。強気で攻めればたいてい落ちる。だがメンヘラ女は、下手に執着されるとあとが厄介だ。こちらの気持ちが切れても簡単には別れられない。だが、そんな不安も、むくむくと湧き上がってきた性欲が脇に押しやる。メンヘラ相手には、最初から割り切った関係を強調しながら関係を持てばいいと自分を納得させる。落とせるときに落としておかないと、こんなチャンスはそう何度もこない。これまで大金を費やしてきたルリは、肩は組ませてくれるが、いまだ太ももすら触らせてもらっていない。コスパを考えると相当悪い。もし今夜、シオリと関係を持てれば、これまでの出費を多少なりとも相殺できる——。

「シャンパン、入れてやろうか?」

「えー、いいよー。そんな無理しなくてー」

 佐藤は心底恐縮しているシオリを横目で見ながらボーイを呼びつけた。それからメニューを見て五万円のシャンパンを頼んだ。

 シオリが感激したように瞳を輝かせている。胸に手を当てて、全身で感謝の気持ちを表している。佐藤は心底喜んでいるそんな姿を見て満足した。

 ボーイが足早にシャンパンを持ってきて慣れた手つきで開栓した。

 二つの細いグラスにシャンパンが注がれ、シオリと二人して再度乾杯をした。シオリは一口飲んで、おいしい、と表情を緩ませる。瞳は潤んでいた。あと一押しだ。五万円の元はどうにか取りたい。

「ところで佐藤さん——」

 シオリが話しかけてきたところで、近場にいた中年男が派手なくしゃみをした。

 佐藤は隣の席に目を向けた。くしゃみをしたのは、髪が細くなって頭皮が目立ちはじめている痩せた男だった。男はヨレた白シャツを着ていたが、サラリーマンというよりは公務員といった感じがした。卑屈な目つきをしていて、うだつの上がらないような雰囲気を醸し出している。この店では偉そうにしているが、上司には媚びへつらうようなタイプの男だろうと思った。虫唾が走るという形容詞がぴったりの男だった。

 シオリが仕切り直すように背筋を伸ばして聞いてきた。

「ところで佐藤さんは、どんな仕事してるんですか?」

「営業だよ」

「すごく羽振りいいですけど、営業の仕事ってそんなに儲かるんですか?」

「いや。本業のほうは普通だな。ちょっと他に、副業をやってるんだ」

「副業って、どんな?」

「それは秘密だ」

「えー、気になるー」

 ここで佐藤は、シオリの剥き出しの膝頭をつかむと言った。

「今日、アフターどうだ?」

 シオリは少し驚いた顔をしたあと困ったように言った。

「いいけど……。でもあたし、今日ラストまでだから、少し待たせちゃうよ」

「なら閉店まで、いっしょにいてやるよ」

「ほんとに?」

「ああ。お前がいやじゃなければな」

 シオリの瞳が潤んだ。

「いやなわけないじゃん……」



       *  *  *



 体を交えたあと、佐藤はソファに座ってくつろいでいた。

 とりあえず、シャンパン代の元は取れたと思い満足していた。

 室内の照明は落としたままだった。

 今までベッドの上でぐったりしていたシオリが起き上がってきた。全裸のままだ。薄暗い中でも、細い体に大きすぎる胸は迫力満点だ。こちらが座っているソファに、シオリが体を押し込んでくる。大きめの一人掛けのソファに、シオリの尻がギリギリ収まった。

 シオリがこちらのバスローブの間に手を伸ばしてきた。

 彼女は薄い胸毛をさすりながら言った。

「男らしくて素敵」

 佐藤は煙草に火を点ける。照明を落とした室内に、一瞬ライターの火が大きく浮かび上がった。

 煙草の煙を大きく吐き出してから聞く。

「いつも客と、こんなことしてるのか」

 シオリは強く否定した。

「そんなことないよ。こういうことしたの、佐藤さんがはじめてだよ」

「本当か?」

「ほんとだって。だってお店でも言ったけど、あたし、キャバで働いて二か月くらいだよ」

「でもその間に、言い寄ってきた男は何人もいただろ?」

「いたけど、エッチしたいって思った人は、佐藤さんがはじめてだよ」

「そうか」

「あたし、そんな軽い女じゃないんだよ」

 確かにシオリは尻軽女には見えなかった。だが、尻軽だろうがなかろうが、セックスができればどっちでもよかった。

 佐藤はシオリの胸を揉みはじめる。球体に近いピンク色の乳首が、ツンと上を向いて硬くなる。

「あ、もっと強くもんで……」

「こうか」

「そう……。そのくらいがちょうどいい……。ああ、気持ちいい……」

 佐藤は胸から手を離すと、今度は下腹部に指を伸ばす。薄い隠毛をかき分けて中指を彼女の中に侵入させる。中指で中をかき回すと、分泌液が立てる卑猥な音が聞こえてきた。

「やだ。恥ずかしい……。くちゅくちゅ言ってる……」

 シオリは恥ずかしそうに顔を手で覆う。

 佐藤はそんな反応に気を良くして、指の動きを激しくさせた。さらに大きな音が、シオリの股の間から聞こえてきた。

「やだ。だめ。そんなに音、立てないで……」

「こんなにくちゃくちゃ音立てやがって、変態女だな」

「お、音、立ててるの、佐藤さんのほうでしょ……。あ、やだ、やばい……」

「気持ちいいか、シオリ」

「あ、うん、気持ちいい……。でもあたし、シオリじゃない……。ミホって呼んで……」

「ミホっていうのか?」

「そう。あ、あん、気持ちいい……。ああ……。やだ……。頭がぼうっとしてきちゃった……」

「これはどうだ?」

「ああやだ。気持ちよすぎるぅ……」

 ミホと名乗った女は、うっとりと目を細めた顔で淫靡いんびな視線を向けてくる。

 彼女から漏れ出る体液がソファを濡らしているのがわかる。

 佐藤は気分が盛り上がってくるのを感じながら、曲げた中指を固定し、中を掻き出すように、腕全体を使ってリズミカルに前後に動かしていく。すぐに彼女の股間から、透明な体液が気持ちいいくらいに溢れ出てきた。

「ああ、ダメ、それはダメ、それはダメだってえ……」

 ミホと名乗った女は、悲鳴に近い声を上げてのけ反った。

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