忌むべき仕事
「また何かございましたら、お気軽にお問い合わせくださいませ」
拓海は応対を終えると、ヘッドセットを外し、パソコン上の離席ボタンをクリックした。
席を立つと、
小休憩時に喫煙所を利用する者は多かったが、拓海は煙草を吸わないため、同じフロアにある休憩室にまっすぐ向かう。
休憩室に入って椅子に腰を下ろすなり天井を見上げた。もううんざりだった。一日に何本も電話を取って、無駄に時間を浪費している毎日に——。
役者として成功したいという気持ちが高まれば高まるほど、コールセンターで電話など取っている場合ではないと思うのだが、生きていくためには生活の糧が必要で、日々ジレンマに苛まれていた。
コールセンターでの仕事は、慣れれば慣れるほど、時間が経つのが遅く感じるようになっていった。始業開始から数時間は過ぎただろうと思って時間を確認すると、まだ三十分しか経っていなかったということがしょっちゅうあった。そんな日は、もう午前中から地獄だった。そんな状況の中で八時間も拘束されるのだ。正直、生き地獄でしかない。また、クズのような人間からの入電も多く、何年も続けるような仕事ではなかった。さらに最悪なことに、寝ているときにも電話を取っている夢を見ることがあった。そんな夢を見て起きた朝は、最悪な気分になった。眠っていた時間にも仕事をしていたようなものだからだ。そんな仕事を六年も続けているのだから、自分を褒めてやりたいくらいだった。
まさか自分が三十過ぎてコールセンターで働いているなどとは、子どものころには夢にも思っていなかった。小学生のときはサッカーをしていたから、将来はプロのサッカー選手になるつもりでいた。中学に入ったころにはサッカーから気持ちは離れてしまっていたが、それでも漠然とではあったが、二十代半ばくらいには何かしらで成功していると固く信じていた。
よくテレビのニュースとかで、小学生の将来なりたい職業ランキングなどが紹介されるが、最近では世相を反映してか、ユーチューバーが一位になったりしている。だが、逆に、なりたくない職業ランキングがあったらどうだろうか。コールセンターのオペレーターは、上位にランキングされるのではないかと思った。おそらく他には、介護士、警備員、清掃員、土木作業員、タクシー運転手などが入ってきそうだ。どちらにせよ、小学生がなりたくない職業の上位にきそうな職業に、今自分が就いているという事実に絶望的な気持ちになっていく。今の自分は、十代のころに思い描いていた理想の三十代と
同じフロアで働く、四十代、五十代の男たちを見ると、ああはなりたくないといつも思った。彼らは常に死んだ魚のような目をしていて、顔には生気がなかった。それが声にも如実に表れていた。
彼らは、
そんな彼らからは、希望はまったく感じられない。今後この先は、どうあがいても、落ちていくだけの人生が待ち受けているのは明らかだ。すでに彼らは他に行き場がない。転職するにしても、年齢的に、清掃員か警備員くらいしか選択肢がない。ならまだ、コールセンターのほうがましだと思い、今の仕事にしがみついているのだろう。とはいえ、自分もこのままでは彼らの仲間入りだ。自分がなりたくないと思っていたような大人に、自分がなりつつあるということは、まぎれもない事実だった。
今自分は底辺にいる。最底辺ではないだろうが、それに近い場所にいる。ここから浮上する見込みはほとんどなく、緩やかな下降線を辿っているような状況だ。一体こんな生活がいつまで続くのか。終わりが見えない——、それが死ぬほど辛かった。
そんな八方塞がりのときにやってきたのが、佐藤からの提案だった。それは神からの救済のように感じた。宝くじ級の幸運を、自らの手で引き寄せることができるのだから——。
現状を打開するために、佐藤の計画に乗るしかなかった。当然、危険な橋を渡ることにはなるが、人生を好転させるには、ある程度のリスクはあってしかるべきだろう。とはいえリスクは、慎重に行動しさえすれば、ある程度は抑えられるはず。そして慎重な行動の中には、美穂に会わないということも含まれている。しばらく彼女に会えないのは辛いが、計画を成功させるためには我慢するほかなかった——。
拓海はここで時計を見る。そろそろ休憩時間も終わりだ。このあと引き続き、四時間も電話を取らないといけないのかと思うとうんざりした。ゆるい監獄の中にいるような気分にさせられる。
だからこそ、こんな毎日に終止符を打つ必要があった。もうじき麗子が、顔に火傷を負ったと偽って、こちらの気持ちを試そうとしてくるはずだ。そこで迫真の演技をもって、永遠の愛を誓いさえすればいいのだ。見事に騙されたフリをして、あの女を腹黒く騙してやればいいのだ。
「麗子、こっちは準備ができてるぞ。さあ早く、子どもじみた嘘をつくがいい。嘘を嘘で、塗り固めてやるから——」
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