閑話 風吹く虚で
「しりとりやーめた。」
「…………もう?」
「だって、あきちゃったんだもん。」
ふん、と子供はそっぽを向いて立ち上がる。
「……じゃあ、なに、するの?」
「えー? ……んー、なにしよっかなあ。」
「べんきょう、とか。」
「またー? もうまいにちやってるじゃん、やだよ。もっとたのしいことしようよー。」
「おにごっこ。」
「きみとぼくのふたりだけで? すぐおわっちゃうよ。おとなはいっしょにやってくれないし。」
「おえかき。」
「……ぼく、え、へたなのわかってるでしょ。やだ。」
「……おひるね?」
「だーっ、なんかそうゆーのはきぶんじゃないの!」
「えー……」
もう1人の子供が考え込んで、唸っているのを横目に、子供はまたその隣に座り込んだ。
「……べんきょう、そんなにたのしい?」
「……たのしい。」
唇を尖らせて子供は言う。
「へんなのー。」
芝生が春の風に吹かれて、伸びやかに揺らぐ。
「ねえ、***はしょうらいなにになるの?」
「……きまって、ない。」
「まほうつかいとか?」
その言葉にもう1人の子供は首を傾げて、
「むずかしい。」
とだけ言った。その一言に込められた意味を汲み取って、子供が言う。
「いっぱいべんきょうすればなれるよー」
「……そう?」
「うん。せんせいがいってた。いっぱいべんきょうすれば、なんでもなれますって。おうさまいがいは。」
「おうさま。」
「おうさまはおうじさまじゃなきゃなれないんだって。」
もう1人の子供はあやふやな記憶を掘り出して、
「……たしかに。」
と相づちを打った。
「ぼくおみせやさんになりたいなー。おきゃくさんがいっぱいきて、いっぱいおかねもらうの。」
「おかね、もらって。なにつかうの?」
「うー、いろいろあってこまる……けど、いちばんはケーキかな! あまくておいしい。だいすき。」
「あー……」
ふふふ、と嬉しそうな子供を見ながら、もう1人の子供は何ともつかない言葉を発した。
「くらくなってきたねー。」
「うん。」
「ゆうやけだねー。」
「……うん。」
「ゆうやけってしってる?」
尋ねた子供に見栄を張りたくなかったのか、もう1人の子供は素直に、
「…………ううん、しらない。」
と答えた。
そっかーしらないかー、と頷いて、子供は夕焼けの橙色が広がる辺りを指差す。
「あれがゆうやけ。」
「……なんであかい、の?」
「しらない。でも、いつもおひさまがなくなるときにあかくなる。なんでかはわかんないけど。」
「……おひさまが、でてくるとき、は?」
「え?」
「おひさまがでてくるときは、なにいろ?」
「うーん、わかんないけど……ぼくのよそうでは、あおだね。」
「なんで?」
「あかのはんたいはあおだから。」
真面目腐った顔をした子供を一瞬ちらりと見て、もう一方の子供はこう答えた。
「あかのはんたい、は、みどり。」
「…………」
「?」
子供は、どうしたのか、と言いたげなもう1人の子供をじっと見つめて、つい目を吊り上げた。
「だいじょうぶ?」
「…………べつに。」
「……よかった。」
懐かしい記憶。幼い頃の、何も考えていなかった頃の自分。弱くて、ちっぽけで、何かを守る力も知恵すら持っていなかった自分。……そんな感傷に浸っている今の自分を、彼は許してくれるだろうか。
案外笑って許してくれるかもしれない。
……否、彼が許してくれようとくれまいと、自分が己を許さない限り、自分はこの場に縛り付けられたままなのだ。見てくれが変わっただけの、ただの子供という立場に。
永遠に、隙間風の空いた心を大切に抱えて。
虚の中で。
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