第8話 朝焼け

 朝焼け――


 オレにとって、「朝焼け」というのは、死の象徴であって、光出ずる希望でも、自分を象徴するものでもなんでもなく、ただただあまり目にしたくもない現象だ。掛け値無く。


 ――それでも、毎朝飽きもせずに朝焼けの青紫色を眺めているのは、一体何故だろうか。



1


「それは絶対あり得ないよ」

 ふと口をついて出たのはそんな言葉だった。自分でもその確信じみた響きに些か驚いて、次の言葉を紡ぐのに一拍間が空く。

「、だって、君はそんな人間じゃない」

薄闇から、鋭い眼光がデンテを射抜く。

「……どうしてそう言える?」

「見れば分かるよ。見なくても分かるけど」

 行動で。

 彼を発見してからずっと。依頼交渉の後に、目にかけずとも良いはずの文無しを雇い入れて。翌日は来てくれるか心配な感情を滲ませて自分を待ってくれて、魔獣討伐後のバルトに落ち着くように促して。

「君は、誰かを傷付ける気も無い、それとは真逆の人間だ。鉱石に凄く詳しくて、でもそれ一直線かと思えば人にもよく関わろうとする。たまに暴走して、魔獣に魔石を吸収させるという無謀にも程がある実験で手に負えなくなった魔獣から襲われても、何食わぬ涼しげな顔で助けた本人に相対する図太さもある」

 言われたことが予想外だったのか、つい一瞬前の雰囲気はどこへやら、セシルは焦った表情で横やりを入れようとする。

「ちょっ……! お前なんでそれ知って、」

「仕事の時は真面目になるかと思いきや、子供っぽく僕に喋りかけたり、苛ついたり、流石に戦闘では真面目だったけど、言葉遣いも荒っぽくて僕の想像していた所謂商人とか、職業人とは全く違う。ぶっちゃけるとあんまりこういう人との関わりのある仕事向いてないんじゃないかなーなんて思ったりとか……」

 セシルはデンテの言葉に露骨に肩を落として、不機嫌な顔で、

「散々だな」

 とだけ言った。

「……けれど、優しい人間だ」

 出会ってまだ1日の、しかも世間知らずの僕に言われても、説得力無いかも知れないけどね。とウインク付きで返す。

「……はー………」

 徐にセシルは地面にため息ともつかない息を吐いて、呟いた。


ピュピラ・ヴィルム真実を映す目


 聞き覚えのない言葉が不意に耳に飛び込んできて、顔を顰める。

「え?」

「お前の目は真実を映す目だよ。多分な」

 ま、お前の場合目っつーか全身で感じる別口の感覚器官って感じだけど。いやー驚いたなー。と、のんびりと付け加えた。

 さっきの凍てつくような口調と目はいつの間に消え去ったのか。態度と雰囲気がまるっきり反対である。

 おまけに驚きたいのはこっちだ。急に感じが激変して、今までの鋭い一触即発な空気はどこへ行ったとツッコみたい。そしてそのピュピラなんちゃらとかいう異言語はなんだ。明らかに公用語ではなかったし、造語という訳でもあるまい。

 自分は何を言おうとしていたのかさっぱり頭から吹き飛んでしまったデンテは、それまでの話題をすっ飛ばしてセシルに疑問を投げた。

「ど、どういうこと?」

 雰囲気をガラリと変えた本人は右上の方を見やりながらやけに煌めく黒の瞳をこちらに向けて来た。切り替えが早すぎるし、何より表情が先ほどより輝いていて明るい。先程まで夜の闇がどうたらとか考えていた己が馬鹿らしく思えてくる。

「いや、オレは信心深い訳でもないけど、ある神話にそういう目が出てくるんだ。曰く、人の本質を見透かして理解できる目だとか何とか。」

「はぁ。僕はそんなことできないけど……?」

「例えだよ、例え」

 真剣味のある目でこちらを見てくるセシルがだんだんこちらににじり寄ってきて、デンテは思わず一歩後ずさる。黒の瞳が月と星の光を集めた光を放って眩しい。

(う。)

「……結局君は何が言いたいんだよ」

 固まった思考を一部分だけ無理やり動かして結論を問う。負けるな自分、圧されちゃ駄目だ。

「解決にはお前の目が役に立つって話」

「解決? 何の?」

 と、ここでセシルが身を引き、当然のような顔で頷いた。

「決まってんだろ。この町にかけられたとある魔術のさ」

「『魔術』?」

 またも脳内に知識が存在しない単語に首を傾げる。

「……あ、そういやお前そっち系統の知識に疎いんだっけ。忘れてた」

「魔術って、えーっと……ハイヴィークさんが言ってた屋敷の防御がどうとかいうやつ?」

「それは魔法だな。魔術はその仲間みたいなもんで、まあ簡単に言うとどっちも魔力を使って使える能力だ。魔力は……人の生命エネルギーみたいなものかな」

 ふわっとしているが分かりやすい説明になるほどと返して、

「じゃあその……魔術? がこの町にかかってるから住民たちはおかしくなってるってことで良いの?」

 と確認する。

「そういうこと」

 セシルは満足そうにそう言って、再び口を開いた。

「お前が住民の性格の色味を見れるのなら、捜査にかなり役に立つ。……今のオレの目的とか、これからのこととか色々話すことがあるけど、ここで詳しく話すのも疲れるし、ちょっと移動してから話す」

 付いてこい、とセシルはデンテに背を向けた。



2


 小道の脇に逸れた小さな公園に入る。丁寧に舗装された白砂利の散歩道と、樹木の緑葉のコントラストが美しい公園だ。日が昇っている時に訪れていたなら、青空と共に澄んだ空気の中で穏やかな一時を過ごせただろう。

 木々の静かなざわめきが耳に心地よい。

 ベンチにゆっくりと体重を預け、話に耳を傾けて、どこを見るでもなく視線を泳がせた後、目を瞑る。

「この町にとってオレは、言うなれば『部外者』でさ。実際に事件に遭遇した訳じゃないから何ともなんだが――


**********


 ――兎にも角にも。


 オレはお前の知る通り、鉱石専門の万屋みたいなのをやってる人間だ。

 みたいなもの……って、そこに突っかかるのかよ。大体分かってるだろ、本当に色々やってるんだ。魔獣退治から、売ったり買ったり、装飾とか加工とか職人じみた事やったり、相談受けたり色々。

 ……え? 魔獣にやってた実験? いや、それは今関係ないだろ。……何なんだその疑いの目は。


 ……オレはある人物から依頼を受けてつい先月にこの町にやって来た。どうもこの街は黒魔術――禁じられた危険な魔術の総称――の一つである「衝動の呪いカース・インパルス」をかけられているという報告があったらしい。

 まー、要は町の状態をどうにかしてくれって話だったんだが、オレは特別魔術的なものに詳しい訳でもなかったし、町に深い関わりがある訳でも――多少観光と仕事で訪れた事がある位で――なかったから、どうしようかなーと思ってた。

 ……なんでオレが頼まれたのか? うーん、よっぽど依頼者に知り合いが少なかったんじゃないか? 知らないけど。


 何週間かの個人的な調査を経て、ようやくオレはこの大がかりな魔術について幾つかの事実と手がかりを発見した。

 その一、この魔術はどうやら住民の精神に影響を及ぼす類のものらしいこと。攻撃的な性格に切り替わるほか、気分の高揚と低下が自分でうまくコントロール出来なくなる。多分お前のことを追い返したのは危害を加えないように必死だったからじゃないか? もしくはそれを秘匿しようとしたか……

 特に重篤だと殺人衝動に似たものを抱く奴もいて、実際に被害が出てるという噂も聞いた。……一応まだ死者は出てないはず。

 その二、町の住民全体を対象にした魔術ではないこと。これはすぐ分かった。領主であるロイターン・ハイヴィークが住民と比べてわりかしまともな精神状態だったから。……領主家の二人は魔術がかけられた時に町にいなかったんだろうな、それで難を逃れた。当代はつい最近国王の謁見に行っていたと言ってただろ? 息子に至っては王宮の見習い騎士だしな。

 その三、魔術の基本だが、魔力保有量の多い奴の方が少ない奴より魔術にかかりやすい。デンテが領主家二人に感じた「染まってる感」がこれに起因している。直接魔術にかかっていなくても、強力な魔術の発動下に置かれることで影響を少なからず受けてるんだろう。ちなみにこれを専門用語で「魔術汚染インフェクション」と言う。

 

 ……それでまあ、色々分かったことはあれども、これをどう解決すれば良いのかはさっぱり分かんなくてさ。せめて住民から安全に話を聞きたいなー、そうしたらヒントがあるかもしれないのになー、と思ってた所だったんだ。


**********


「そんなこと考えてたんだね……」

「そうそう。ここ数日大変で大変で」

 デンテはセシルの顔を若干呆れ顔で見、昼間に比べて随分饒舌に明るく喋るなぁと思った。昼間は割に口数が少なくてもうちょっと冷たい印象だった気がする。その最たる例が先程のあれだったのだが、今は鳴りを潜めて全く面影が見当たらない。

(夜になると気分が明るくなる性質なのかな)

「……なんか言った?」

「いや、別に」


**********


 ……まあ、良いけど。


 ――話を戻すが……これはちょうど2日前のことだ。

 この土地を治めるハイヴィーク家から突然連絡が入った。要件は一つ、「ある魔獣を討伐してくれ、代わりに貴殿の欲する報酬を与えよう」という内容だ。俺の欲する報酬は事件に関する情報だったから、ついに来たかって思った。

 ……もちろん、オレはこれまでもハイヴィーク家に接触を図っていた。なぜなら、あの家はこの辺一帯を総括して管理する役割を王家から直々に賜ってるからな。まあ一介の鉱石屋や住民なんかよりは事件について調査しているに決まっているし、それか家自体が事件の根幹に関わっていてもおかしくない。

 だが、相手はそれに対してことごとく黙殺を決め込んでた。全然返事もしないし、紹介状を依頼主から貰って突きつけたりもしたんだが、やっぱり変わらず。どうしても教えられないやましい情報を抱え込んでいるのは目に見えてた。

 でもどうにもあの家は権力の及ぶ範囲が広い。下手なことするとオレの立場も危うかったから、しばらくは放って置こうと思ってたんだ。

 で、色々調べた挙句、捜査が行き詰まってたところにさっきの連絡だ。オレは喜び勇んですぐ飛び込もうとしたんだけど。

 間の悪いことに、そこでデンテの依頼も受けちゃったんだ。要らん好奇心で雇うんじゃなかったってちょっと思ってた……けど、どうせだったらどれぐらい使えるかも見れるし、もう一緒に連れてくかー……って感じで館まで付いて来てもらって、戦闘も大体お任せしてたって訳。

 結果、無事に依頼は完了して、報酬を手に入れることができた。


 お前の評価?

 ……まあまずまずってとこじゃないか?ちゃんと判断力もあって、身体能力も高い。オレはあそこまで飛んだり跳ねたりは出来ないから、正直あの魔物に対して有効だったのは魔石による攻撃しかなかったし。デンテの攪乱と回避は必須だったよ。

 それに関しちゃあのバルトって奴も……や、あれはまた別のベクトルだからオレはいまいち判断できないな。火事場の馬鹿力でもあったと思う。

 ……え?なんだ、気付いてなかったのか。あの、魔獣が吸収してしまった魔石、例の魔術汚染インフェクションを食い止めるために必要だったんだ。多分。

 あの魔獣はとんでもなく凶暴でしかも巨大だったから、通常仕留めるのは一個小隊、兵50人ぐらいで討伐するのがやっとってとこだろうな。魔法使いがいればもっと少なくできるけど。

 ともかく、ハイヴィーク家だけでは到底退治なんて無理だった訳だ。なんせ使用人もほとんど出払って――というか自分で追い出したんだろうが――いて、当主とその嫡男しかいなかった訳だから。

 他の土地から兵を募る、ましてや王宮から兵を募るなんて、自分たちが隠していることを知られてしまう絶好の機会チャンスになってしまう。そこで、事情をそれとなく知っているオレに頼る他なくなり、オレが金で動く性格じゃないと分かってた彼らは、情報を渡すか、誇りプライドを守るかでさんざ迷った。が、最終的に情報を提供する方に傾いた、こういう流れだった筈。

 バルト、尋常じゃなく焦ってただろ。

 父親が得体の知れない魔術にかかるなんて忌避すべきことだと思うし……きっと、親の役に立ちたかったんだろうな。


**********


「この木箱、多分この中身は魔法のかかった魔道具だ。特定の人物にしか情報を渡らせないようにしてるんだと思う」

 ハイヴィーク公から受け取った木箱に視線を落として、セシルが言う。

「へー。魔石もそうだけど、魔法にも色々種類があるんだ」

「今こうしてる間にも、研究が進んでるからな……魔法は魔力の使い方次第で、何通りもの能力や効果を持つみたいだし。オレは専門じゃないから詳しくないけど」

「あ、鉱石屋だもんね一応」

 思わず零れたデンテの言葉に、苦虫を嚙み潰したような顔でセシルが食い気味に反論した。

「一応ってなんだ一応って。これでも生計を立てられる程度には仕事だからな」

 ごめん、と頭を下げつつ、聞くのを忘れていたことを問う。

「……で、これからどうするの?主に僕」

「どうするっつったって、解決に向けて頑張るしかない。……一緒に」

 だって、デンテはうちの従業員兼、オレの暫定助手だからな。

 そういってセシルは笑った。今までの愛想笑いとか、不敵な笑みとは違った笑み。心の底から楽しみでたまらないといった風なあどけない笑顔だった。どうもそれはこれから血の香りがする呪いに立ち向かうようにはどうしても見えなくて、デンテは微妙な心境で、それに苦笑いを返した。


 気付けば、闇だった夜は既に明けつつある。黒々とした空は一様に朝焼けの薄紫に覆われ、その上から更に濃く、深く、その朝焼け色を焼き付けた。デンテは眩しい日の光に目を細め、目がそれに慣れるのを刹那待つ。顔を上げて日に逆光になった少年の表情は見えにくくなるものの、その瞳だけは変わらず輝き続けていた。

 デンテは不意に肩を少年から少し引いた。幼い顔立ちの、その大きく開かれた瞳に、また何か、見覚えのないものが映ったような気がしたからだ。否、映ったのではない。色。光を反射してデンテの網膜に飛び込む少年の瞳の色が鮮やかに変貌した。

 それは鮮烈で、

 強烈な、



 朝焼け色バイオレットだった。







 ――かくして出会いPrologueは終わりを告げて、ようやく舞台Main storyの幕は上がる。

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