第6話 端々の欠片と意外性
1
大丈夫か、と青年に声を掛ければ、「僕は大丈夫」と存外しっかりした返答が返ってきた。顔色が若干青いので恐怖に駆られているのかと思っていたが、いきなりの襲撃に腰を抜かしただけのようだ。
流石あの鉱石屋の助手だと心の隅で感嘆しつつ、傷の痛みから回復しつつあるのだろうか、暴れかたが先程より弱まっている例の魔獣を見やる。
10本程の脚を持つ蜘蛛のような大型の魔獣だ。おそらく魔石を取り込んだ影響で数日前に屋敷を襲った時より数段大きく変化している。
更にその脚の先に大きな爪を認め、デンテに迂闊に近づくと返り討ちにされかねないと溢した。
デンテは浅く頷いて、
「そうだね……それに、あの速さだと近づいてもすぐに逃げられちゃうかも」
と呟いた。
魔獣の速さに己が追い付ける前提の発言に強烈な違和感を抱き、思わずその旨について聞き返そうとした時、向こうから少年らしい響きを持った声が緊迫感を持って響いた。
「お前ら! そっちは誘導と囮役を頼む!オレは隙を見てあいつに攻撃する!!」
気を付けろ!もう回復してこっちに襲ってくる!と叫んだのはセシルだ。
と認識したのと同時に、完全に回復した魔獣がむくりと起き上がってこちらを向く。数十秒前にセシルに開けられた風穴は跡形もなく消え去っていた。
「了解した!」
肌で感じる、学生の時とも、今王宮で軍から直に受けている訓練とも違った実戦の空気。微かに震える両手に活を入れ、自分を叱咤して心を落ち着ける。
完全に恐怖が薄れた訳ではない。
だがやるしかない。己が家の誇りの為にも。
再び剣を握りしめて、魔獣を見据える。
「……バルト・ハイヴィーク、推して参る――!」
2
深い闇の中で、強く煌めく流星が幾つも流れる。一瞬一瞬の光がデンテの視界の端に映り、思わず瞬きを繰り返してしまう。
「凄い……」
デンテは、数刻前にバルトが発した「私はまだ見習いでして……」という言葉が謙遜であったことに確信を抱く。素人目からしても素晴らしい剣技だ、とデンテは思った。
素早く振り下ろされる脚にも怯まず、その剣で受け流して避ける。なまじ大きい図体であるためにその一撃一撃の重さはかなりのものとなっている筈だが、バルトは危なげないながらも避け続けている。
全力で食らい付くようなバルトの剣に少し良くない物を感じつつも、デンテも魔獣の眼前へ移動した。どうやって目を引こうか考えあぐねる。
と、ついに魔獣が痺れを切らしたのか、3本の脚を駆使してバルトに猛攻撃を食らわせんと重い脚を持ち上げた。
頭上から降り注ぐ殺意の雨。
バルトは目を見開き、愕然として動きを止める。
「しまっ……!!」
その瞬間、デンテはバルトを脇に抱えて全力で跳躍した。上空に広がる空が視界いっぱいに広がる。綺麗な青空……ではないが、満天の星空である。眼下にはぽつぽつと人家の灯りが見える。
中々見ることの出来ないこの景色がデンテは好きだった。まあ、まさか昨日に続いて今日も見ることになろうとは思わなかったが。
体に強く風が当たり驚いたのか、バルトが首だけをこちらに向ける。
「……えっ!? こっ、これは……!?」
「あっ、大丈夫?」
「えっ……あっ、はい!」
と、頷くバルトを確認して、重力に任せて降下する。
昨日セシルに同じ様な回避をさせた時、彼は気を失ってしまったから、心配であったが、バルトは平気なようで内心ほっとする。
下の魔獣を見やると、困惑したように動き回っている。どうやら無事に魔獣の追撃から逃れられたらしい。
バルトの剣技には目を見張るものがある。ここで攻撃を食らわれて倒れられると戦力が大幅に削られてしまうのは避けたい。回避が間に合って良かった。
それにしても、彼は些か焦りすぎではないだろうか。急な戦闘になったとはいえ、時間に追われている様子ではなかったと思ったが……
木を片手で掴み、くるりと一回転してから勢いを殺して地面にそっと着地する。地面がこちらを踏み返してくる感覚を感じながら、バルトに問いかける。
「その、僕は経験が少ないから、気のせいだったら申し訳ないんだけど……少し焦りすぎじゃない? あそこまで接近しても囮が倒れたらまずい。あの魔獣を倒すことが目標でしょ?」
刹那、バルトは躊躇ったかのように目を伏せてから、
「……確かにその通りだ。すまない」
と答えた。
その顔に焦りを滲ませて、彼は何を思っているのか、デンテにはまだ計ることはできなかった。
「じゃあ、僕があいつの気を引きつつ逃げ回るから、攻撃をお願い。僕はいざとなったら上空に回避もできるから」
魔獣と付かず離れずの距離を保ちつつ、出来るだけその場から離れないように誘導する。セシルは不意打ちのできる場所へ移動したらしく、目視できるのは自分とバルト、そして魔獣だけだ。
何回か隙を見てバルトと攻撃を叩き込んだりしたが、魔獣の体部分の装甲は硬く、何度攻撃しても全く効いていないようだった。
もしかしたら魔獣への有効な攻撃手段は、先程セシルが放った攻撃しかないのではないのではないかという思考が浮き上がったが、首を振って振り払う。自分には殆ど知識が無いので憶測に過ぎないのだ。憶測で動くのは危ない。
さっきバルトに焦りを指摘した立場で僕はなんて事を考えるんだ、とちょっとへこんだ。
*
バルトと連携して魔獣の周りを動き回ること数分。
「グッ……!? ガッ……」
不意に魔獣が呻き声をあげた。
「! バルトさん!!」
「ああ、分かってる!」
バルトは魔獣の後脚の1本――地面ごと抉れ、バランスを崩すギリギリで持ちこたえている――に向かって勢いよく滑り込み、その長身の剣をあてがい、思いっきり押し切った。
魔獣のけたたましい鳴き声が、普段は閑静な筈の森に鳴り響く。鼓膜を酷く震わせるその声に思わず眉間に皺が寄った。
麻痺しかけた鼓膜に新しい音が届く。
「デンテ! 反対側の頭から向かって右側1本目の付け根!関節から約1メートル!!」
「了解!!」
指示を頭に叩き込んで再度跳躍。着地点を調節しつつ魔獣の頭上へ。
「……っ!! でやっ――!!」
右足を真っ直ぐ張って魔獣の脚へ振り落とす。
渾身の一撃。瞬間の爆風。
叩き込んだ攻撃は完璧に急所に入ったようで、その手応えについつい笑みが零れる。
前脚と後脚を崩された魔獣は、重く低い音を轟かせて勢いよく崩れ落ちた。
「……ナイス」
やおら右隣を見れば、黒髪の少年がいつの間にやら立っていた。手元には煌々と輝く石。先の攻撃に使用したものだろうか。あの時は衝撃でよく見えなかったけれど、この魔石――説明されなかったが多分そうだろう――を飛ばしていたのだろう。
が、見るからに先程の軌道で見た光よりもより苛烈に、より爛々と輝いているようだ。セシルの幼さが残る、しかし薄く自信の乗った顔がよく見える。
体の重心を下げ、セシルは右手で石を真っ直ぐに弾く。石は真っ直ぐに翔び、魔獣の右胸に吸い寄せられるように勢いを増した。橙の炎が加速するにつれて更に光を放ち、流星の如く流れて行く。
「――
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